第10話『筒形の郵便ポスト』
里奈の物語・10『筒形の郵便ポスト』
朝から調子が悪い。
てか、調子が悪くて目が覚めた。
身体がドンヨリむくんだように重くて、頭も微妙に痛い……アレが始まったかな?
引きこもるようになってから、感じが違う。
身体はもちろん、脳みそまでがラードになってしまったように不快。
とりあえず運動不足なんだ。
奈良にいた頃は完全な引きこもりだったけど、今里に来れば、多少は出歩いて良くなると思ってた。
一昨日は、選挙の投票に行く妙子ちゃんに付いて投票所まで行った。あの三十分ほどが、今里に来て最長の外出。
あとはせいぜい伯父さんの家の周り。万歩計付けても千歩にもならないだろう。
トイレでしゃがむと、大きな風船が萎むようなガスが出た。
「そんなオナラすんのは運動不足の証拠やな。ジジムソぉならんとってや」
おばさんの声がした。
あたしってば、伯父さんのスリッパ履いてきたんだ!
「アハハ、還暦過ぎるとあちこちだらしななってくるなあ!」
「アハハハ」
リビングに行くと、伯父さんとおばさんの気遣い……ありがたいんだけど、顔どころか首まで熱くなる。
でも、朝の連ドラを観ているうちにいつものペースに。NHKは受信料だけの仕事はしていると思った。
「里奈ちゃん、この手紙出してきてくれへんかな」
お茶を淹れながらおばさんが、五十通ほどの手紙の束を持ち上げる。
「ちょっと向こうやけど、三丁目まで行ったら、昔のポストがあるで」
「昔のって、筒形で帽子被ってるみたいな?」
「うん、この近所では、あそこだけや。終戦直後からあるから、ちょっと見ものやで」
伯父さんとおばさんの気配りが嬉しくって、手紙の束を持って玄関を出た。
気配りの意味って分かるわよね? 単に運動不足の指摘だったら、素直には聞けない。
三丁目は城東運河の、その向こうの向こう、鶴橋に近いところにある。
「うわー、こんなの奈良にもないよ!」
○○さんは、この島で、たった一人の郵便屋さんです……というCMを思い出した。
思ったよりも低い背丈、変色して赤さびが出ているポスト……定年後も働いている昔気質な郵便屋さんに思えた。
手紙を入れると「ドスン」と手応え。箱型の「バサッ」という感じよりも奥ゆかしい。
十二枚写メる。あとで伯父さんたちに見せて気配りに応えようと思う。
「ポストといっしょに撮ったろか?」
びっくりして振り返ると『閉店大売出し』の法被着たオジサンが立っていた。
オジサンの向こう側には、道路を挟んで靴屋さん。
店のあちこちに『閉店大売出し』の張り紙。店の中も外も乱雑に靴や靴の箱が積まれていて、いかにも倒産しました的。
「このポストも来月には無くなるさかいな」
「無くなるんですか!?」
「うん、残して欲しいとは言うたんやけどな」
オジサンは小さくため息をついた。ポストもオジサンも健気に思えた。
「じゃ、このスマホでお願いします」
「よっしゃ、ポストもお嬢ちゃんもベッピンに撮るさかいな」
「あ……」
「うん?」
「あの、こっちから、お店をバックにして撮ってもらえませんか?」
「え……うちの店を?」
「はい、両方とも素敵ですから!」
「そうか……おおきに、お嬢ちゃん」
ポストと並んで閉店間近の靴屋さんをバック、久しぶりの笑顔で写真が撮れた。
そいで、伯父さんちに帰ってから、お財布持って靴屋さんに行き、ハイカットのスニーカーを買った。2200円、閉店大売出しにしても安かったよ(^0^)。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます