第7話『空飛ぶ鉄瓶・1』
里奈の物語・7『空飛ぶ鉄瓶・1』
誰かの眼差し(まなざし)で目が覚める……と言ったら笑われるかな?
あたしは、それで目が覚めたことがある。
うんと昔、まだオムツとかしてたころ……ちょっと信じられないだろうけど、あたしは覚えている。
思い込みかもしれないけど、十七年の人生で、数少ないイイコトだったから。
ホワホワとした温さで目が覚めた。
冷めた目の先に、お父さんとお母さんの顔があった。二人とも顔いっぱいの微笑みで、あたしを見ていた。
あたしが居ることで、二人とも幸せなんだ……そのことが、とっても嬉しい。
あたしは存在していていいんだ……!
そんなこと、赤ん坊が思うなんて、ね……ありえない?
でも、きのう東からお日様が昇って一日が始まったのと同じくらいの、確かな記憶なんだよ。
それと同じくらい温かい眼差しで目が覚めた。
「あ…………あなた?」
その子は、胸から上が黄色い切り返しになったワンピースを着て、机の上に座っていた。
「いいお天気ね。昨日までの雨が嘘みたい」
そよ風が人の姿になって口をきいたら、こんな感じ……。
その子が誰なのか、そんなことどうでもいいと思っちゃうぐらいの爽やかさ。
「カーテン開けるよ……うんしょ、うんしょ」
その子が歌舞伎の緞帳のようにカーテンを開けると、ベランダのサッシもいっしょに開き、秋の風が日差しといっしょに、部屋に注ぎ込んだ。
「うわ……」
穴から出てきたモグラみたくたじろいで、お布団を被る。
そのお布団の上を、なにかがよぎった。
「こんな朝は、飛ばなやもったいないね!」
「え、飛ぶ?」
お布団ずらして、目を上げるとベランダの向こうに黒々とした特大の甕の口が浮いていた。
「さ、乗って」
その子は、ヒラリと甕の口に飛び込み、あたしにオイデオイデをした。
「これって……大きな鉄瓶……はてな?」
振り返ると、机の上のはてなの鉄瓶が無かった。さっき、お布団の上をよぎった……。
「そうよ、こんないい日は、鉄瓶だって空を飛ぶ!」
「そうなんだ!」
二人を乗せたはてなの鉄瓶は、そのままグーンと秋の蒼空に舞い上がった。
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