第5話『野生の菊』
里奈の物語・5『野生の菊』
テロのニュースばっかり。
先月は大学ラグビーとマンションの杭打ち偽装だった。
嫌なニュースばっかり……え、ラグビーはいいニュースだろうって?
水を差すようで悪いけど、あたしはかなわない。
なぜって?
説明が難しい……。あたしには、パリの同時多発テロもラグビーの熱狂も同じ。
言わなきゃよかった、もう変な奴と思ってるでしょ?
伯父さんちは、表が『アンティーク葛城』、裏が別棟の住居。
住居側の前は、幅5メートルほどの生活道路、で、道を挟んで町工場の裏手に面している。
伯父さんたちは、この生活道路を裏道と呼ぶ。たしかにお店の有る方が表で、車も人の通りも多い。
でも、そっち側は人も車も景色の一部。生活には関りのないVRゲームの映像のようなもの。リアルの姿をしていてもPCのアルゴリズムで動いてるNPC。
こっち側は違う。通る人も自転車も「地域のそれ」だ。予想していたより「地域のそれ」だ。目を合わしたりすると挨拶、挨拶ですめばいいが、踏み込んだ会話を吹っ掛けられて、ゲロが出そうになる。
朝からハイテンションで挨拶を交わす声や、ご近所同士の話し声、登校する子どもたちのさんざめきがする。
うっかり外に出ると、この「地域のそれ」に襲われる。
けども、「地域のそれ」には波がある。八時半を過ぎると、それこそ波が引くように静かになる。
子どもたちは学校だし、男たちは通勤電車の中、奥さんたちはパートに出かけたり、それぞれの家で掃除や洗濯。
その隙を狙って表に出る。
昨日は手ぶらだったけど、今日は、はてなの鉄瓶をぶら下げている。
鉄瓶には水が入っている。はてなの鉄瓶なので「はてな」という、なんだか女の子の名前。
漢字にしたら「果奈」とかね。
水漏れとかするんだけど、短時間なら問題ない。
「アッ…………!」
出かけた悲鳴を飲み込んだ。
昨日見つけた野生の菊が、無残に踏みしだかれている。
菊は、町工場の塀と道路の間の僅かな隙間から生えている。
スコップを持ってきて移し替えてやることができない。
引っぱれば、プツンと切れてしまうだろう。だから、こうやって鉄瓶に水を入れて世話をすることにしたんだ。
それが二日目で無残なことになってしまった。
どうしていいか分からなくて、はてなをぶら下げたまま立ちつくした。
はてなから、ポタリと水がしたたり落ちる。まるで涙を流しているみたい。
不登校とはいえ高校生。あたしは泣くわけにはいかない。
泣いたっていいのに、へんなプライド。
「里奈ちゃん、どうした?」
後ろで伯父さんの声がした。
「ううん、なんでも……」
なんでもないわけはない。大きなドンガラをした女の子(といっても150センチ)が鉄瓶をぶら下げてションボリしているんだ。
「ああ、菊か」
伯父さんは事態を飲み込んで、事態を収拾してくれた。
一筋向こうへ回って、町工場に話しを付け、丁寧に塀の向こうから掘り起こして小さな植木鉢に移し替えてくれる。
その間、わたしは家に駆け戻って心臓バックンバックン。
伯父さんと町工場の人の会話が切れ切れに聞こえる。「うちの姪が……」「ああ、そういえば……」とかの内容が耳につくと、マジで朝ごはんが逆流してくる。
ウップ……。
トイレに駆け込んで水を流す。
それを待っていたように雨が降ってきて、水を流す音はかき消される……。
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