第4話『はてなの鉄瓶』

里奈の物語・4『はてなの鉄瓶』





 伯父さんちに行くと言いだして、ずっとすっぽかしてきた。


 だから信用してもらえなくて、当たり前。

 だいたい、伯父さんちに行ったって、あたしの不登校が治る保証はない。


 何もしないで引きこもっているよりは、希望があるような気になれる。お母さんもあたしも。

 

 本当は『西の魔女が死んだ』とか『思い出のマーニー』みたく、田舎に行くのが正当なんだろうな。


 でも田舎はいやだ。


 自然の中でノビノビなんかできない、三日も居たら、あたしなんか飲み込まれて消えてしまいそう。

 人も少ない分だけ距離が近いに違いない、縁側にとなりのお婆ちゃんとかが来て「おはようさん」とか、想像しただけでダメ。

 おはよう、こんちは、さようなら、程度の挨拶で済む人間がワヤワヤと居た方がいい。

 好きな海老センが無くなったら、ジャージとかで買いにいけるコンビニがなければだめだ。


 大阪市の東のはしっこの今里はうってつけ。


 うってつけと言っても、ずっとすっぽかしてきた。



 13日の金曜日に、やっと実行できた。

 13日の金曜日なら、状況が悪くなっても「あんな日だったから」と言い訳ができる。

 13日の金曜日だったら、なんか悪魔的な力が働いて、結果的にグッドになるかもしれない。



 あたしは引きこもりのマイナス少女。13日の金曜日は年に一二回しかこないマイナス日。


 マイナスとマイナスを掛ければプラスになる……………かも。


 それに、伯父さんちが『アンティーク葛城』という骨董屋というのもいい。

 由緒やイワクとかがありそうなアンティークたちは、それだけで、あたしの周りに結界を張ってくれそう。


「うわー……鉄瓶がいっぱい!」


 お店のバックヤードには、鉄瓶が棚いっぱいに並んでいる。伯父さんが京都で仕入れてきた鉄瓶たち。

「伏見の町屋から出てきたんや、昔は茶道具屋さんやったようでな、明治時代の売れ残り……」

 そう言いながら、伯父さんは、バケツの上で鉄瓶を逆さにする。ドボドボと鉄瓶の口から水が吐き出される。

「おとうちゃん、この二つあかんわ」

 おばさんが指し示した鉄瓶の下はジットリと水で濡れていた。

「わしの方も二つあかんわ。4/90、まあまあの歩留まりやな」

 そう言うと、伯父さんは水漏れ鉄瓶を金づちで叩いた。

「キャ!」

 鉄瓶はあっけなく割れてしまった。びっくりして声が出てしまった。

「良品と紛れるとあかんからな」

 そう言って、もう一つの不良品をムンズと掴んだ。

「あ、壊すんだったら、もらえませんか!?」

「え、こんな水漏れをか?」

「う、うん……筆指しに……いいかなって」

「そうか、ほんなら……」

 伯父さんは、修正ペンを持つと、鉄瓶と蓋に小さく印を入れた。良品に紛れないようにしたようだ。


 四つあった水漏れは、おばさんも金づちを持っていたので、あたしがもらったものだけが助かった。


 あたしは、すぐに部屋に持ってかえり、机の上に置いてみた。

 ここに来て、まだ二日目の机は殺風景。その机の上で頼もしい存在感。

 鉄瓶は、お湯を入れて、お茶に出来なきゃ存在意味がない。でも、この鉄瓶は、それができない。なんだか親近感。

 だから、他の水漏れは金づちで叩き壊された。よくぞ生き残った。


 あたしは、この存在感だけでいい。


 で……どこから漏れたんだろう?


 漏れたところは、ジメっとシミになっているので、ティッシュで拭いてみる。

「あれ……?」

 穴もヒビも入っていない。引き出しにルーペが入っているのを思い出し、それで拡大してみる。


 やっぱ、分からない。


 あたしは、好きな落語にひっかけて『はてなの鉄瓶』と名付けた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る