第3話『連ドラみたいにはいかない』

里奈の物語・3

『連ドラみたいにはいかない』



 天井が違うのにびっくりした。


 あたしの部屋は、ただのアイボリーだけど、目が覚めて見えたのは淡いグリーンだ。


――……そうか、あたしってば、伯父さんの家『アンティーク葛城』に来てるんだ――


 妙子ちゃんにブタ鍋つくってもらって、いろいろ喋って、お風呂に入れてもらって、

 あがったら、そのまま寝ちゃったんだ。


 ベッドの脚から伝わる気配、もう、みんな起きてるんだ。


 あたしは、キャリーバッグからダンガリーのシャツとストレッチジーンズを出して着替えた。

「……おはようございます」

 リビングの戸を開けて、とりあえずの挨拶。朝寝坊をしたようなので、きまりが悪い。

「ごめんね、里奈ちゃん。きのう店の前で四時間も待ってくれてたんよね」

「あ、いえ……」

「もうちょっと寝てたかったんちゃうか、起こしてしもたんやったら、ごめんな」

 伯父さんもおばさんも、気遣いの第一声で始まった。

「さ、朝ごはん。おばちゃんらも今からやさかいに」

 そう言えば、お味噌汁の香りがする。

 ごはんの準備くらいは手伝うつもりでいたので、アセアセだ。

 夕べの晩ご飯といい、朝ごはんといい、あたしはなにもしていない……サゲサゲになってくる。

「里奈、さきに顔洗うか?」

 やばい、あたしは、いつも朝ごはん食べてから顔を洗っている。

 それも、学校に行かなくなってからは忘れることがある。だって、起きるのは、たいてい昼前なんだから。

「あんた、洗面所教えたげて、その間に朝ごはん用意しとくから」

「せやな。里奈、おっちゃんと一緒においで」


 洗面を終えて、リビングに戻ると和風の朝食ができていた。何か月ぶりの当たり前の朝食。


「口に合うた? 味付け関西風やから、違和感とかなかった?」

「大丈夫です、お母さんも大阪の人間だから、味付けは関西風だし……」

 お母さんは言葉やファッションとかは東京だけども、食事は関西風だ……初めて気づいた。

 ポワンと何かが浮かんで、形になる前に弾けてしまう。あたしのポワンは当てにならない。

「昨日は、鉄瓶のええのが出てたから、京都で二軒回ってた。ひょっとして里奈が来るんちゃうかとは思うてたんやけど、かんにんやで」

「ううん、そんな……あたしこそ、行くって言いながら、何べんもすっぽかしてきたから」

 明るく言おうとしたけど、気持ちがついてこない。

「無理に合わせることないから。里奈ちゃんは、ここにノンビリしにきたんだから、ノンビリが自分の仕事だと思って楽にしてね」

「はい……あの、妙子ちゃんは?」

「あ、もう会社に行っちゃった。今日は出向初日だから」

 おばちゃんは、なぜか東京弁になった。妙子ちゃんのことは、あたしには眩しすぎることが分かっているような気がした。


 気持ちが悪くなってきた、食べたばかりの朝ごはんが逆流しそう。


 気まずくなりかけたとき、ツケッパのテレビが朝の連ドラになった。

 連ドラは好きだ。奈良にいるときも昼の再放送で観ていた。

 出てくる人は、みんないい人。努力は必ず報われて、ハッピーエンドはお約束。


 たった十五分だけど……十五分だから入っていける。伯父さんたちも連ドラ好きでよかった。


 そして、これは言える。あたしのこれからは、連ドラみたいにはいかないよ……。



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