第2話『従姉の妙子ちゃん』

里奈の物語・2

『従姉の妙子ちゃん』





 里奈ちゃん……?


 声をかけられたのは、アンティーク葛城の前で四時間近く待ってからだった。

「あ…………」

 顔を上げたそこには、リクルート姿のひっつめ頭が立っていた。

「分からへんか?」

 そう言うと、リクルートはひっつめ頭を崩して眼鏡をかけ、口をωにしたた。

「え……妙子ちゃん?」

 互いの正体が分かると同時に晩秋の雨が降ってきた。


 七年ぶりのアンティーク葛城はなにも変わっていない、妙子ちゃんがドアを開けた瞬間に分かった。

 店内の様子ではなくて、空気の匂いで分かる。


「あいかわらず、骨董品の臭いでしょ」

「好きよ、この匂い」

「ふふ、そうなんや。そやけど住居部分はちゃうねんよ」

 妙子ちゃんが、壁際の紐を引っぱるとタペストリーが巻きあがり、ドアが出現。

「こんなところにドア!?」

「へへ、どこでもドア」


 なんと、裏の家が売りに出たので、五年前に買って、元の店舗兼住宅と繋いだのだ……妙子ちゃんの説明。


「ここ使って。兄貴の部屋やったけど、半年も居てへんかったからサラ同然」

「うわ……こんなにいい部屋」

 妙子ちゃんは、三階の六畳の部屋を提供してくれた。妙子ちゃんの部屋は廊下を挟んだ向かいだ。

「近いうちに片付けるから、辛抱してね。里奈ちゃん、お腹空いたでしょ、用意するから待っててね」

 そう言うと、妙子ちゃんはリクルート姿のまま二階に下りて行った。


 七年前の妙子ちゃんは、いまのあたしと同じ高校生だった。それがもうリクルートで就活。

 七年の開きがあるんだから、当たり前っちゃ当たり前。でも、いまのあたしには天と地ほどの違いで、チョー眩しい。


 あたしには……未来が無い。


「里奈ちゃ~ん! ごはんできたよ!」

 妙子ちゃんの声にびっくりした、わずかの間に眠ってしまったようだ。

 13日の金曜日にひっかけて、軽い気持ちで出てきたけど、やっぱり自分は騙せない。あたしがここに居るのは大変なことなんだ。

「無難なとこでブタ鍋。これやと料理下手なのごまかせるから」

「そんなこと……ブタ鍋は、お祖父ちゃんも大好きだったでしょ。あたしも好きよ」

「お父さんもお母さんもごめんね。里奈ちゃんが今日くるとは思うてなかったみたいで」

「いいよ……あたしってオオカミ少女だったから」


 あたしは、この伯父さんちに行く行くって百回ほども言いながら、そのたんびにすっぽかしてきた。


 だから、お母さんが連絡しないのは当たり前なんだ。でも、自分の事をオオカミ少女って言うと……そんなつもりじゃなかったけど、凹んでしまう。

 そんなあたしを気遣って、妙子ちゃんは「ほい、できたよ!」と土鍋の蓋を取った。

 湯気がかかったふりして涙を拭いた。


「妙子ちゃん、もう就活なんだね」

 薬味をポン酢に入れながら、話題を変えた。

「いややわ、あたし、この三月に就職したわよ」

「え……?」

「あ、さっきの格好? ハハ、実は、今日から関連会社に出向。今日は顔見せ、初日やからね。改まったナリいうたら、ああなってしまう」


 出向……その大変さは、よく分かっている。


 うちの親が離婚したのは、そもそもお父さんの出向が原因だった。

 それを、妙子ちゃんは、就職半年で体験したんだ……それも、ニコニコとωの笑顔で。


 妙子ちゃんが、とても偉く思えた……。



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