第20話 忍び寄る悪意

「ん……」

 肌に触れる温かい感触、瞼にそそぐ光にレミアが目を開く。

 いつの間にか彼女は眠っていた。まともな寝床で寝るのはいつ以来だろう、目覚めた事を悲しいと感じないでいられるのはどれだけぶりだろう。レミアはそう思い、ウィルの香りのする布団を抱きしめる。

「おはようレミア、具合はどう?ご飯は食べられる?」

 彼女が声のした方向を見るとそこにはウィルの姿があった。

 レミアは彼に返事をしようと口を開く、しかし喉から出たのは呼吸音だけ。レミアは申し訳なさそうな顔をしながらウィルの顔を見る。彼女の抱く感情の一欠けらでも多く彼に伝わるように願いを込めて。

 ウィルはそんな彼女の気持ちを知ってか知らずか優しく笑いながら手を差し出す。レミアは恥ずかしそうに微笑み彼の手を取った。


 ダイニングで二人を迎えたデミィは昨夜の取り乱しようからは考えられないほど冷静そのものだった。

「面目ない」

 そういいながら顔を赤らめ頭をかくデミィが出してくれた朝食を二人で舌鼓を打つと家を後にし学校へ向かう。


「おはよーう、あれれーウィル?どうして二人で登校してるのかな?」

 ウィルとレミアの周りを回るように駆け寄ってきたマークはさっそくウィルにちょっかいをかけた。

「茶化さないでくれよ、あれからいろいろあってうちに泊まることになっただけなんだ。昨日は父さんも勘違いして大変だったんだから」

 勘違いという言葉を聞いてひそかにショックを隠せない表情を浮かべるレミア、そしてそれを目ざとく確認したマークは自らのあごに指をあててほほうとほくそ笑む。


「なんだよその表情、またよからぬことでも考えてるな?これだから思春期の子供は困るんだ」

「残念お前もだろウィル、あーあいいなぁお前の事時々羨ましくなっちゃうぜ」

「どうして?」

「自覚ないかもだけどお前結構女子人気高いんだぜ」

「そんな馬鹿な、成績も並みかそれ以下だし、スポーツができるわけでもないのに?」

「そこがいいんだとさ、俺には理解できない話だけど」

「実感した事ないな……」

 ウィルは悪気なくそう言いながら頭をかく。その様子がデミィのようでレミアは思わず少し笑った。そんな彼女の様子を見て二人も笑顔になる。

「もうすっかり元気みたいだな」

「ああ、よかった」

 それから三人で談笑しながら道を歩いていると学校の前までたどり着いた。


 学校の様子を見て目を丸くするレミア。そこには作りかけの巨大な張りぼての恐竜や、色とりどりのアーチに、巨大な看板、飾り付け始められた校舎の姿があった。

「ああレミアは倒れてたから気づかなかったのかな、昨日から学園祭の準備が始まってるんだよ」

「この学校毎年学園祭に対する生徒のモチベーション凄いよな……」

 学校が始まる前だというのに大勢の生徒がわいわいと騒ぎながら学園祭の準備を進めている様子がそこにはあった。


「うっ」

 唐突にそううめいて硬直するウィル。

「どうかしたか?」

「急に寒気が……あいつだ……あいつがいる」

 ウィルのその言葉にマークはまたかといったような表情を浮かべる。二人のやり取りに首を傾げたレミアが何かに気づき振り向くとその方角から人影がウィルめがけて高速で飛び降りてきた。

「せ・ん・ぱ~ぁい!!!!!」

「うぎゃああああああああ」

 人の体が出してはいけない音を出し、断末魔のような悲鳴をあげながらながらウィルはその人影の衝突をもろにくらって地面に転がっていった。

「ウィルー!!生きてるかー!?」

 周囲が騒然となる中白目を剥いたウィルを抱きかかえて無理やりダンスを踊る女学生の姿があった。

「もういやですよ先輩ったら、私の愛のダイビングアタックが嬉しいからって白目なんてむいちゃって私とっても嬉しいです♪」

「いやいやいやその理屈はおかしいぞキョウカ」

 そういって一人の男子生徒がウィルの首根っこを掴み女学生からウィルを引き離す。

「いやん部長、私と先輩の恋路を邪魔するつもりですか?」

「恋、恋はいいものだ。私は好きだよだけどねキョウカ、恋は香水と同じだ、熱烈すぎるのも考え物なんだぜ?」

「私わっかんないですよぅ」

 そういってキョウカは口をすぼめて物欲しそうにウィルを見る。

「知らない事先輩にもっともっと教えてもらいたいですぅ」

 気が付いたウィルの目を見ながらハートマークを浮かべたような熱視線をウィルにぶつけまくるキョウカに圧倒されるウィル。

「ごめん、前言撤回するわ」

 マークはウィルにそう耳打ちし、レミアはウィルを心配そうな顔で見つめた。

「大丈夫だよ、いつものことだからさ」

 そういってウィルは苦笑する。

「今俺に殺人ダイビングプレスを仕掛けてきたのがキョウカ」

「それとこの長身の老け顔が文芸部の部長」

「老け顔とは失敬な、大人びていると言いたまえマーク君」

 そういって部長は眼鏡をくいっと直す。

「俺文芸部に入っててね、マークも含めて文芸部は今この四人でやってるんだ」

「廃部寸前だけどな」

 そう口を挟むマークに部長は拳骨を振り下ろす。

「痛ってぇ、事実を言っただけじゃん!」

「ふんそう言っていられるのも今日までだぞマーク、少し付き合いたまえ部室に向かおう」


 そう言った部長の後についてウィル達は文芸部のこじんまりした埃っぽい部屋へと向かった。そこには大量の書籍と無造作に放置された書類の山、使わなくなった機材などなど、部室というよりも倉庫に無理やり机と椅子を置いて体裁を整えたといったような雰囲気だった。


 部屋に全員が揃うと部長は恭しく大げさな身振りをしながら何かを手に両腕を高く掲げた。

「刮目せよ!これが我々の切り札だ!!」

 そう叫びながら彼は手にしていた本を机に叩きつけ、埃が爆発したように舞い散った。

 マークとウィルと部長が咳ごむ。

 キョウカとレミアが窓を開けに向かい同時に二つの窓を開ける。

「やるわね……!」

 キョウカはレミアをライバルを見るような目で睨みレミアは首を傾げた。

 煙が落ち着いてくるとウィルはレイスが囁く声を感じ取り机の上の本を見た。それは歴史を感じさせる古文書のように思えた。


「部長、これはなんです?」

「知らん!」

 ウィルの問いに部長は勢いよく答える。

「いやあんた知らんって」

 思わずマークがあきれながら突っ込みを入れる。

「いやなんかこの街にとって歴史のある本らしいぞ?これを貸してくれたじいさんによるとこの世界の真実にたどり着くための鍵なんだそうだ」

「あーって事はまた外れの……」

「今度は当たりだ!間違いないのだ!!」

 食い気味にマークに反論した部長の眼鏡がずり落ちて彼は慌てて眼鏡をかけなおす。


 ウィルは古文書を手に取りページをめくってみるが、その中身は見たこともないような言語と、何を意味するのか想像もつかないような図形がひしめいていた。しかしそれに目を通しているとレイスが妙に騒ぐ、その古文書にはたしかに何かがあるようだとウィルは感じ取る。

 その時魔石スピーカーを用いた構内放送が入り、本日は休校のため生徒たちは速やかに帰宅するようにと連絡が入った。

「理由はなんなんだろう?」

 ウィルが不思議がっているとマークがこれはあれかもなという。

「昨晩殺人事件があったって噂聞いてないか、あれが本当だったのかもしれない」

「事実を言ったらパニックになるだろうし、人通りの多いうちに帰宅させるというわけか」

 部長が頷きそう言いながら一早く家に帰る準備を終わらせる。


「事件のあった場所ってわかるか?」

 ウィルのその問いにマークは驚き、にやりと笑う。

「行くつもりか?」

「少し気になるんだ、案内頼めるかな」

「もちろん!」

「あっちょっ!待ちたまえ君たち!!」

 二人を制止しようとした部長の声掛け空しくウィルとマークはその場を後にしてしまった。

「ああなっちゃうと先輩達止められないですからねぇ」

 キョウカはそういうとその場にレミアもいなくなっている事に気が付きへぇと呟く。


 現場に近づいたウィルとマークは茂みに身を隠し警察官の目をやり過ごすと、高台の上から殺人事件の現場を覗き込みその状況に絶句する。ウィルは二人に続いてそれを見ようとしたレミアの目を手で覆い隠した。

「事件って話だったよな?」

「ああ、たしかに事件って聞いたぜ。だけどこのありさまは」

 そこにあったのはバラバラに引き裂かれた人間だった肉片とあたりを真っ赤に染め上げた血、そして地面や壁を抉り取ったような無数の痕跡。ウィルにはその痕跡に見覚えがあった、それはかつてデミィが戦った時に残したのと同じものだったからだ。

「この街に……魔獣が出たんだ」

 ウィルは無意識にそう呟いていた。

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ワナビーおじさん異世界へ行く @gugigugi

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