第16話 似て非なるもの

 ベッドに寝かせた女の子が静かに寝息を立て始めたのを確認すると、ウィルは間仕切りカーテンを閉めて椅子に腰を下ろした。

 白を基調とした室内、かすかな消毒液の匂い。保健室の雰囲気はこちらの世界でも同じなんだな、とウィルはそう感じた。

「おかしな気を起こすなよ」

 その言葉にあきれ顔をしながら声の主を見るウィル。

「しませんってリエッタ先生、彼女大丈夫ですか?」

 小さく笑みを浮かべてリエッタと呼ばれた白衣姿の女性は自分の椅子に腰を掛ける。

「ああ、大事はないだろう。お前がすぐに看護したのが良かったのかもな」

 ウィルの前に現れたのは養護教員のリエッタ、彼女は元は軍医でありデミィの古い知人であった。ウィルがこの学校に通うことになったのも彼女が原因の一つとなっている。

 ヴァリス国内では獣化症ビーストレイン、そしてそれに伴う魔獣化の治療を研究を試みた者はみな失踪するか、不可解な理由からの団体や組織からの圧力で社会的に潰されてしまう状況があった。リエッタは学校内の獣化症の生徒や獣化症を発症しそうな生徒からデータを収集し秘密裏に獣化症の研究を行っており、その研究資金のため訳アリの獣化症患者達の闇医者のような事も引き受けている裏の顔も持っていた。


 以前ウィルが彼女がなぜそんな危ない橋を渡っているのかと尋ねたとき、リエッタは彼女の弟が獣化症を発症して病院で入院中に失踪し、その行方を追っていたらいつの間にかこういう立場になっていただけだとそう答えた。


「とはいえヴァリスの人間にはシャムシールの人間の体の事なんてさっぱりわからないんだけどな」

「そうなんですか同じ人間でしょう?」

「見た目はね、でも考えてみたまえよ。方や謎の奇病の獣化症を発症する種族、そして方や説明のつかないような超常の力を当然のように行使する種族。体の構造は似ていても本質的な部分ではまったく別物なのさ」

 まして、そう口にしながら彼女は窓の外を一瞥し目を細める。

「お偉方が真実をひた隠しにするなら、一般人にそれを知る由もないんだ」


「ウィルはシャムシールなら降臨者フォーリナーと三つの王家の話は知ってるだろ?」

 その言葉にウィルはふと体を強張らせる。グラックスがウィルの事をそう言っていた記憶が頭によぎった。

「いえ、物心つく頃には父に育てられていたので」

「そうか、シャムシールの王政は少し特殊でね。王という機能を三つの血族が分割して所持する形式をとっていた。

 歴史と記録のラムトン、総括司法のメリュジーヌ、そして国家指針のヴィーブル。彼らはシャムシールの中でも特別な力を先天的に有するこの世の始まりに神が遣わした降臨者の末裔と言われていたらしい」

「過去形なんですね」

「ああ、三つの血筋の二つが後継者の行方がわからなくなっていて、現状はヴィーブルの独壇場らしいからね。内戦やら弾圧やらで荒れ放題になってるって話だ」

「それと今の話となんのつながりがあるんです?」

「統治のためには情報を使ったバランスが必要なのさ、それを欠いたシャムシールが国家としてなりたたなくなったように我が祖国にも当然のごとくに不都合な情報がどこかに隠されてる。君も彼女もある意味ではその被害者といえるって話だよ」


 そういったリエッタが顔を上げてウィルの後ろを見る。それにつられてウィルが自分の背後を見るとそこには間仕切りカーテンを少しだけ開けてこちらの様子を見ている女の子の姿があった。

「お早いお目覚めだ。もう大丈夫なのか?」

 リエッタの問いかけに女の子は小さくうなづくと、ウィルに目が合った瞬間恥ずかしそうに顔を伏せた。

「あれ、俺嫌われてる?」

「ここでそう感じるとは哀れな朴念仁だ」

「え、今何か言いました?」

「いいや、もう遅いし彼女を送ってやりたまえウィリアム君」

「構いませんけど、なんですかそのにやにや笑いは」

「最近魔獣が夜の街中にうろついてるなんて噂があるから気を付けなよ、夜のアバンチュールはほどほどに」

「またいかがわしい事想像してこの人は、君はそれで問題ない?」

 ウィルが女の子のほうに体を向けてそういうと、彼女は上目遣いで遠慮がちにウィルの顔を見つめながら頷く。

「そうか、それじゃ任された」

 ウィルが優しく笑い、それを見た彼女もほっとしたような笑顔を浮かべた。

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