第17話 壊れた約束の先に
「ここが君の家?」
女の子に付き添ったウィルがたどり着いたのはどう見ても誰も住んでいない廃屋だった。ガラスは割れて散乱し植物のツタは絡まり所々崩れて中が見えているような有様だ。それでも彼女はウィルにうなづいて見せた。
ウィルは彼女にはなにかの事情があって家に帰れない状況なのかと考え、なんにせよもう陽は落ちた夜闇の中こんな人気のない場所に彼女一人放置していくわけにもいかない、どうしたものかと思案を巡らせているといつのまにか周囲を人影に取り囲まれていたことに気づく。
「君の家族の人……」
ウィルがそう彼女に尋ねようとした時、彼らを取り囲んだチンピラのような風貌の男達が下卑た笑い声をあげ始めた。その様子は彼女を品定めしウィルを怖気付かせるために威嚇しているように見えた。
「そういうわけじゃなさそうだ」
ウィルのその言葉を皮切りに一斉にチンピラがウィルに襲いかかる。焦りを覚えながらもウィルはデミィから手ほどきされた護身術を反芻し、視界に入る情報から相手の狙いを分析した。ウィルと女の子の距離を離し、ウィルを叩きのめすために多数を使い、女の子を捉えるのに3人。
「だったら!」
ウィルは意識を集中しレイスに指示を与え、指を鳴らして魔法を発動させる。爆竹のように炸裂する音にチンピラ達が驚いている間に彼らを蹴り飛ばし掻き分けて女の子の手を取り、近くの石垣を登ってチンピラ達を見下ろした。退路は確保した、後は追手の足止めだけだ。しかしウィルに使える魔法の種類は少ない、およそ実戦的なものは無いに等しい。
「恨まないでくれよな」
そう言ってウィルは再び腕を高く掲げ、チンピラ達が波のように押し寄せるなか意識を集中すると、レイスの流れを掴み指を鳴らす。次の瞬間チンピラ達の耳の中で爆竹のような魔法が破裂して彼らの鼓膜を残さず破った。チンピラ達の悲鳴と呻き声が響き渡る。
「今のうちだ!」
そう言ってウィルは女の子手を引いて走った。彼は折れそうなくらい細い彼女の腕に驚く。
「女の子ってみんな君みたいなの?」
その問いに疑問符を頭の上に浮かべたような表情をした彼女を見てウィルは自分の顔に手を当てて首を横に降る。
「何言ってんだ俺、じゃなくてとにかくここは危ない、今日は俺の家に行こう」
彼女はウィルの手を握り返し、彼に向ってうなづくと走る速度を早めた。
二人が走り去っていった後には耳から血を流し地面をのたうち回るチンピラ達の姿があった。そこに一人の少女が靴音を鳴らして訪れると、彼女にもたれかかってきたチンピラの一人の腹を蹴り上げる。吹き飛ばされたチンピラが宙を舞い口から吐いた血で線を描きながら地面を転がった。
「女の子一人捕まえられないなんて情けないクズ共ですわね」
そう言って罵る彼女の足元にチンピラ達が群がり、何かをねだるように彼女の顔を見て体に縋り付こうとする。汚物でも見るような顔をしながら彼女は胸元から一本の紫色の液体の入ったガラス小瓶を取り出すと、それを地面に落として割り中身をぶち撒けた。
「欲しいんでしょ、それが。だったら舐めてみせなさいよ」
虚ろな目をしながらチンピラ達はガラス片で舌が切れるのも構わず、音を立てて我先にとその液体を舐めとり始め、奪い合いまでする始末だった。少女はそんな彼らの頭に足を乗せて地面に顔面を押し付けさせながら嗤う。
「脳内物質すら自分でコントロールできないなんて哀れな生き物達、可愛がってあげたくなっちゃいますわね」
彼女の足に込める力が強まり踏まれているチンピラは口から泡を吹いて白目を剥き、頭蓋骨が軋み砕ける音がし始めた。
「ローゼンベルグ、そこ迄にしておきなよ」
暗闇の向こうから少年の声が彼女を嗜める。少女は不愉快そうな顔をして足蹴にしていたチンピラの顔面を蹴りながら怒鳴るように吐き捨てた。
「その呼び方は好きじゃないって何度言ったらわかるんですの!?」
「ああ、君は呼称にこだわっていたんだっけ。悪いことをしたねノエル」
「興が削がれました、貴方のお望み通り帰ってあげますわよ
「今から追いかければまだ捕まえられるかもしれないけれど、いいのかい?」
「貴方わかってて言ってるでしょう、そういう所が反吐がでるほど嫌いですわ」
そう言いながらノエルは声のする闇の中へと姿を消し、ほどなくして雲の切れ間から月が姿を見せる。そこには血のように赤い月が輝いていた。
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