第6話 黄昏の鐘
客室で乗務員に切符を見せた後ウィルの目を見たデミィが彼に目薬を手渡す。
ちょうどトンネルに差し掛かりウィルが窓を見ると彼の目の色は琥珀色に戻りつつあった。
ウィルが目薬を差すと目の色がデミィ達と同じ灰色に変わっていく。
ウィルは目薬を差すときに薬瓶の中になにかが見えたような気がして瓶を注視する。薬液の中に微かに光を放つレイスが見えた。
「レイス?見えるようになってる」
トンネルの中での客車は暗く、アンジェラと一緒にレイスを見た夜のようだった。
「今何してるんだろう」
そう呟きながら窓の外の自分の瞳の残った琥珀色を眺めているウィル。トンネルを抜け外の光が客室とウィルの横顔を照らし、少し赤らんだ彼の顔を見てデミィは笑う。
東ロンバルド自治区に辿り着いたウィルとデミィ。
小さな子供が花を売りにくる。
デミィはそれがシャムシールの国花だと言って一輪買ってウィルに手渡した。ウィルがその花の香りを嗅ぐと初めて見る花なのにアンジェラと同じ香りがした。
遠くで大聖堂の鐘が鳴る。
みんな優しくていい所だと思うウィルだったがデミィの表情は暗い。
「こんな場所でお前を見かけるとは思わなかったぞ」
デミィに声をかける壮年の男がいた。彼の声にデミィの体は強張る。
ウィルが声のした方に目を向けるとそこには軍服を身に纏った大男数人に囲まれた士官服の黒狐の獣人、顔に深く刻まれた皺が印象的な壮年の男だった。
「大佐、彼は」
「お前達が銃を向けた所で制圧できる相手ではないよ」
「大佐……出世したなオルウェン」
デミィはウィルを自分の後ろに隠すと温和な彼からは想像もつかない冷たい視線でオルウェンを見た。
「私のつけた傷は残った様だな」
デミィは顔の古傷に触れ見上げるウィルに儚い笑顔を浮かべる。
「あの青二才が父親らしい振る舞いをしているのは不思議な感覚だ」
そう言うとオルウェンは襟を正しながらデミィの眼をみる。
「君には私を裏切り者として裁く権利がある」
ウィルはその言葉になぜか寒気を感じた。
「それをされて気がすむのはお前だけだ」
ウィルはデミィの強い語気に驚く、そんな彼を察したのかデミィはウィルの頭をぽんと撫でた。
「怖いかいウィル」
申し訳なさそうな目をしたデミィを見てオルウェンは帽子を目深に被り表情を隠す。
「どうしてだろう、この街の風は少し冷たくて」
「この都市はこの国の罪そのものだからだ少年」
ウィルにオルウェンがそう言って片手をあげると周囲にいた兵士達が散り散りに去っていく。
「睨むなよ、お前からはもうなにも奪わない。少なくとも今はな」
敵意をむき出しにするデミィにそう言って、オルウェンは振り返らずその場から去っていった。
オルウェンが立ち去り周囲を見回した後懐からとりだした懐中時計を見るとデミィはウィルの肩を掴む。
「大聖堂には今日行こう、いいかいウィル?」
それは3日の予定の旅の終わりに行くはず場所だった、その言葉の意味を察してウィルはデミィに笑顔を見せた。なるべく子供らしくなにも気づいていない風を装いながら。
遠く聞こえる大聖堂の鐘の音は荘厳で美しく、しかしどこか黄昏に似た不穏さをウィルの心に抱かせるのだった。
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