第5話 指針

 ウィルとブロワのやり取りはそれからも続いた。


「才能のない奴が生き延びる方法は作品に化粧をする事だ、クソみたいにつまらない話でも読み手が欲しい物がそこにある限り振り返る読者は必ずいる。逆を言えば最高に面白くても読者が欲しいものがないなら捨て置かれるなんてこともザラだ、当たればでかいが金鉱脈なんてそう容易く見つからない、そんな条件で勝負するのは天才に任せろ」

 ブロワは作品と作品に向き合うウィルに対する理解が完璧だった。そうでなければ彼の熱意はたやすくウィルを折っていただろう。


「手数でしか勝負できないなら手堅く勝ちに行くぞ。生存競争に綺麗事はいらない、あざとさ結構お約束大いに結構、強かさを骨の芯まで染み込ませろ」

 その手の話は本来ならウィルは嫌う話なのだが、その時ブロワからの指摘や提案の先のヴィジョンに対する予感があった。


「自然体で最低条件を満たせるようになったら少しだけ贅肉をつけろ、読者が読みたい物を読んでたと思ったら実はそれは作者の書きたいものでしたくらいの細やかな贅肉をな。バランスは崩すなよ、コントロールが重要だ。ストーリーテーリングの荒波を乗りこなせ」

 ブロワはウィルに生き抜く方法を教えるといった、それを愚鈍にではなく慎重に、自分の手からけして自らの責任を手放さずに答えていく。

 信頼のキャッチボールとも言えるやり取りの中でウィルは少しずつ手応えを感じ始めていた。

 そしてある日ウィルは気づく。

 スランプになったと。


「なにか弁明はある?」

「ございません」

 やれやれと呆れた様子のデミィと肩をすくめて舌を出すブロワ。

「うーなんにも思いつかない、父さんはこういう時どうしてる?」

「僕かい?そうだな正直今のウィルのような状況になったことはないんだけれど、気晴らしに街に出かける事はあるかな」

「それなら良い所を知ってるぞ」

ブロワがそう言うとウィルとデミィはそろって訝しそうな目を向けた。


「東ロンバルド自治区」

 その名を聞いたデミィは目を丸くした。

「そこは気晴らしで行くような場所じゃないだろう」

「でもいつかはウィルが行くべき場所だぜ」

「なんの話?」

「この国に難民として流れ着いたシャムシール族の都市なんだよ」

「それって俺が生まれた民族の?」

「その通り、興味あるだろ」

「ウィルが自分のルーツを知るなら、もう少し別の場所がいいと思っていたんだけど……」

「生まれ故郷に連れていくわけにもいかないし、遠からず関わらなきゃいけない話だ」

「俺なら大丈夫だよ父さん、もう同郷の知り合いもいるしルーツも少しだけ触れた事がある。一度行ってみたい」

「ウィル……君がそういうなら、ただ今度は僕も一緒に行くよ。それでもいいかい?」

「もちろん!」


 よそ行きの格好に着替えたデミィと一緒に出かけることはあまりなく、今回は旅行ということもありウィルは少しワクワクしていた。

 そんな様子の彼をみてデミィは相変わらず少し気がかりそうにしながらも嬉しそうな表情を浮かべ、ウィルの頭を撫でる。


 支度ができた二人は東ロンバルド自治区に向かう汽車に乗り旅路に出るのだった。

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