045 魔石の声
あれから6日間、吹雪が続いてる。退屈な冬籠りの日が続く中、
「なんだ、ずいぶんと不機嫌な顔してるな」
なかなか晴れ間が来なくてすっきりしない毎日に、ぼくはダニロとまた小さな喧嘩をしてアルマの家へ追いやられちゃってた。父さんが鬱陶しがってぼくたちふたりを引き離したんだ。
「お
アルマに言われて
「まだ熱いわ。気をつけてね」
「うん、ありがとう」
すぐ目の前の扉から扉へ踊り場を通り抜けただけだったけど、上着を着てなかったから寒くて少し震えてた。淹れたての白湯が入ったあったかい木の器を両手で包んで、アルマとニーナおばさんをなんとなく眺める。アルマは母さんと同じ
かちゃっ……かちゃっ……
小さな鉱石どうしがぶつかる音が、風の音に紛れて寝室から聞こえてくる。バシリーおじさんはずっと寝室で過ごしてるから、アルマの家では寝室と居間の間の扉がいつも開けっぱなしになってた。
「おじさん、手伝おうか?」
「ん? ……そうか、もうでかくなったからな。ちょっと頼ろうかな」
手招きされて寝室へ行く。少し前までは作業に近づけてももらえなかったから、頼ろうかなって言われて嬉しかった。
「なにすればいいの?」
「家では手伝ったことないのか?」
「うん、やったことない」
「じゃあ、ちょっと一から説明すっか」
ぼーっと見てるときはただ色ごとに選り分けるだけみたいに思ってたけど、ちょっと違ってた。普通のなんでもない石の中に小さな魔石が入り込んでる。
「これはわかりやすやつだな」
「この黄色いのが魔石だね」
「こっちはどうだ?」
「……あれ? ただの石みたいだよ?」
石の表面に魔石がはっきり見えてるのもあれば、はっきり見えないけど実は魔石が入ってるっていいうのもあるみたいだ。
「あとはこういうのが厄介だな」
「これも黄色いのだよね?」
「こっち見てみろ」
「……あっ、白いのが見えてるね」
見えてる魔石とは違う魔石が奥に混ざってるのもあるんだ。
「2種類以上の魔石が入ってるやつは、砕いてそれぞれに分ける。で、ちっさすぎて分けられないのはこっちに分ける」
かちゃっ、とバシリーおじさんが放り込んだ箱は、白い
「どっちの魔石がおっきぃとかちっせぇとか関係なく、石の価値の高けぇほうに入れるんだ。黄色と白だと白のほうが価値が高けぇから、白とそれより価値の低い石が混ざったやつはこの箱っていうことだな」
「へー……じゃあ、黄色の隣にある箱は?」
黄色の
「そいつは魔石が入ってないやつだ」
「魔石が入ってないって、ただの石ってこと?」
「まあ、そうだな」
「ただの石なのに、また工場街まで持っていくの?」
ただの石を運ぶのなんて、なんだかばかばかしい気もする。
「持ってきた分と持って帰る分とで量が違ったら、途中で失くなったときわからないだろう」
「あ、そっか」
そうやって色だけじゃなくいろんな違いごとに寄り分けてるんだ。ここまでしないと、ただ色ごとに分けるだけでは工場街からわざわざここまで持ち帰ってきて、また工場街に持って帰る手間をかける意味がないっていうことみたい。
「わかる分だけでいいぞ。悩んだら無理に分けないで元に戻せ」
「うん、わかった。やってみるよ」
バシリーおじさんの寝台の前に座って、一緒に作業をはじめてみる。いつも簡単にやってるように見えてたけど、自分がやってみると思ってたよりずっと時間がかかった。バシリーおじさんは、ぱっと見ただけでどんどんと寄り分けていく。でもぼくはじっくりと見ないと分けられない。バシリーおじさんが5つ選り分けるうちに、1つ選り分けられればいいほうだった。それも3つに1つくらいは、結局選り分けられずに元に戻すしかできなかった。
「慌てるなよ」
しばらく作業をして、ぼくがすこし焦りはじめたところでバシリーおじさんがそう言った。
「間違うほうがあとで面倒だ。もっとゆっくりでも構わない。ちょっとやってくれるだけでも、それだけ助かるんだからな」
「……見えてないのもあるのに、なんでそんなにすぐにわかるの?」
「なんでだろうな?」
勢いでもう3つほど寄り分けてから、バシリーおじさんは手を止めて考えた。
「……なんとなく、だな」
「それじゃわかんないじゃん」
ぼくは答えが聞けるかと期待して待ってたから、なんだか力が抜けちゃった。
「俺はもともと鉱夫だからよ。暗ぇ坑道ん中で魔石の気配を追って石を砕いてたんだ。鉱夫がみんな、何でもかんでも掘ってたんじゃ領主さまからしたら
寄り分けた箱の中から、石をひとつつまみ上げる。
「魔石ってのはなんかどっかほかの石とは違うんだ。こう岩肌を手で触ってな。表情を見てな。なんていうか、見えるっていうより聞こえるっていうか。魔石の声みてえのがするんだよ」
そう言って、じっと耳を澄ますようにつまみ上げた石を見る。
「気のせいだがな」
にかっと笑うと、元の箱に石を放り投げた。
「でもそうやって何年も掘ってたから、こうやって明るいとこで一つひとつ摘みながら選り分けるくらいならすぐに見分けがつくようになってたんだ。俺もこの作業をはじめてみるまではそんなことできるなんて思ってなかったがな。加工場で同じ作業をしてる工場街の
そのあとも、急がないように繰り返し注意されながら作業を続けた。ぼくは自分で意識して魔素を流せるんだから、魔石の区別もつくんじゃないかって期待したけど、そんなにうまくいかなかった。だから間違えないように、じっくりと時間をかけて選り分けた。魔石の気配を探るみたいに声を聞くみたいにして。
「ニーナ、ニーナ」
「はいはい、いま行くよ」
ふいに慌てたように声を上げたバシリーおじさんが、ニーナおばさんに連れられて
「あんまり私の気配がしないようにね」
バシリーおじさんは、厠に行く手伝いをどうしてもアルマにやらせたがらないんだ。ニーナおばさんがほとんど外へ出られない理由のひとつだ。ぼくは体調を崩すたびにずっとニーナおばさんに看病してもらってたから、アルマの家の事情はよく知ってた。
「でも、だいぶよくなってきたよね」
アルマは居間のほうを見たままぼくの頭を撫でてそう言った。
「ミルコも元気になってきて、お父さんもなんだか少し調子がいいし。今年の冬はそれだけでも家の中の雰囲気が明るいわ」
そういえば、魔素を巡らせられるようになってから何度かバシリーおじさんの腰を触ってあげてたんだった。しばらくして、バシリーおじさんが戻ってくる。動いたあとは少し痛むのか、すぐに作業に戻らずに寝台に横になってじっとしてる。
「おじさん、少し撫でてあげようか」
「ん? ああ、そうしてくれるか」
バシリーおじさんは優しくそういうと、目を閉じてぼくが撫でるのを待った。その寝台の縁に座って、魔素を巡らせながらバシリーおじさんの腰を撫でる。アーシャに言われた言葉を思い出して『治れ』『治れ』と心の中で呟きながらそうしてると、またアーシャのことを思い出して不安な気持ちになってきた。撫でさすってるからなのか、魔素を巡らせてるからなのか、よくわからないけど、しばらく撫でてるうちにじんわりと掌があったかくなってくる。
『治れ』……『治れ』……
目をつぶってそうしてると、バシリーおじさんを治そうとしてるのか、アーシャの不安な気持ちを治そうとしてるのか、なんだかわからなくなってくる。
「ああ……ああ……」
ぼくの撫でる手に合わせて、バシリーおじさんが気持ちよさそうに声を漏らした。
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