042 雪合戦

 エムスラントの冬が厳しいって言っても、いつも吹雪いてるわけじゃない。今日は晴れて青空が見えてた。冬籠りの間にも何日かはこういう日があるんだ。


「さあさあ、早く出てちょうだい。いま出かけないと日が暮れちゃうわ」


 仕事も少なくてあんまりすることのない冬だけど、大人たちにとっては冬の晴れ間は忙しい。母親たちは溜まった洗濯物を洗ったり干したりして、日が登ってる間に忙しなく働いてた。ぼくみたいな小さな子どもたちは、家事の邪魔にならないように外に遊びに出されるんだ。


「いくぞミルコ」

「あ、待ってよ。いま行くよ」


 階段を駆け下りるダニロを、ぼくは慌てて追いかける。去年までは冬の晴れ間にはいつも家の中でじっとしてた。体が弱くて寒い日に外で遊ばせてもらえなかったんだ。でも今年は違う。


「ミルコ、初めて雪合戦ができるな」


 ダニロが嬉しそうに言った。去年から見習いに出てるダニロだけど、いまはまだ8歳だから冬は仕事をしないで家にいる。竹取りの仕事には家に持って帰れるものがほとんどないんだ。だから冬でも外に出られるくらいに大きくならないと、冬の仕事はできなかった。


「今年も勝つぞ!」


 冬の遊びの一番人気は雪合戦だ。っていうか5歳以上の子たちは冬の晴れ間にはそれしかしない。冬の仕事をしてない10歳くらいまでの大きい子どもも参加するから、かなり盛り上がるみたいだ。いつもブルーノやダニロがびしょびしょに濡れて帰ってきて楽しそうに話すのが、すごく羨ましかった。


 でも今年はぼくも参加できるんだ!


 冬の空は青く澄んでて、いつもより輝いてる気がした。屋根の上の雪に陽の光が反射して、街の中もいつもより明るい気がした。いつもの井戸端に降りるとエルマがいた。


「おはよう、ミルコ! 今年は外に出られるんだね」

「うん! 雪合戦したかったんだ」

「そうだよね、すっごく楽しいよ!」


 エルマの横までぼくがくると、もこもこの手袋をしたエルマの手がぼくの手を握った。


「今年、ミルコと一緒に雪合戦ができてよかった」


 エルマが本当に嬉しそうにそう言ってくれる。うちは男兄弟だから知らなかったけど、女の子は見習いに出るくらいの歳になると冬の晴れ間は母親たちを手伝うんだ。雪の積もった街区を歩きながら、エルマがそう教えてくれた。


「来年からはちゃんと手伝うからって、今年まで雪合戦に参加させてもらうことにしたの」

「そっか、じゃあエルマと一緒に雪合戦ができるのは今年が最初で最後になるんだね」


 女の子と違って、少し大きくなっても男の子は雪合戦に参加する。本当は小さな子どもたちの面倒を見てることになるみたいなんだけど……


「でも、ただ遊んでるだけじゃんね」


 そう言ってエルマは不満そうに頬を膨らました。


「今年は冬の晴れ間がたくさんあるといいのにな」


 冬の澄んだ青空を見上げるエルマの髪が風になびく。エルマより背の低いぼくは、その赤みがかった髪と青い空をなんとなく眺めて、きれいだな、と思った。




 旧い東門を出て坂を降りる。東街区の中にもたくさん雪はあって街中まちなかの広場で雪合戦をする子たちもいるみたいだ。だけどぼくたちはこうして街区の外に出て、いつも森に一緒に行く東城下の子たちと合流して森のそばでするんだ。


「こっちこっち!」

「あっ、おはようみんな!」


 遠くから呼ぶ声に応えて、エルマがぼくの手を引く。森番小屋まで行かない、森の少し手前あたりは木もまばらで少し広々としてる。そのあたりにいつもの仲間がもう集まってた。ぼくたち以外の集まりもいくつか見える。このあたりの子どもたちは親同士のつながりとか、仲がいい街区同士とかで集まって森に行く。森に行く仲間が冬の晴れ間に遊ぶ仲間にもなってる。そうしないと小さな子がはぐれたり、だれかが怪我をしたときにすぐに大人たちに助けを呼べなくなっちゃうからだ。


「どうやるの?」

「敵味方に分かれて、相手の旗を取ったほうが勝ちだ」


 ダニロが小さな子たちに教えるついでに、ぼくにも説明してくれる。見るとぼくの腰くらいの高さの雪の山がもうできてて、その上に旗が刺してあった。旗の長さはぼくの片手くらいで、だれかの古くなった夏の服を縫ってたみたいな布が張ってある。でも今日は風もなくて、旗はだらんと下に垂れてた。


「雪玉が頭や体に当たったらその人は抜ける。でも腕と膝から下は当たってもなし。だから手で防がれないように不意をついたり、挟み撃ちしたりして当てるんだ」

「それで避けたり防いだりしながら相手の旗まで辿り着いて、先に引き抜いほうが勝ちよ」


 ダニロの説明に、エルマががそう付け足した。


「当たったかどうかわからないんじゃない?」

「そう、それでいつもだれかが喧嘩しはじめるの」


 エルマは笑っていうけど、それちょっと問題じゃない?


「大丈夫だよ、見習いにでてる年長の子がいるからな。そういうときはちゃんと止めるんだ。ミルコが喧嘩になったらぼくが止めてやるよ」


 ダニロがそう言って笑った。




 敵味方に分かれて陣地につく。初めはいつも第2城塞の内側の東街区の子たちと、外側の東城下の子たちに分かれるのが習わしらしい。


「ようし、今年も僕たちが勝つぞ!」

「なに言ってるんだ、去年勝ったのは俺たちだろう?」

「……いつもどっちが勝ちだったかで揉めるのよ」


 エルマが小声でそう教えてくれる。冬の晴れ間のたびに、いつもブルーノやダニロが勝った勝ったって言って帰ってきてたけど、どうもそんなにはっきりした勝ち負けにはならないみたいだ。


「そこ! まだ雪玉作っちゃダメだろ!」


 ずる賢い子がもう雪玉を作りはじめてた。


「よーい……はじめ!」


 そのやりとりを放っておいて一番年上の東城下の子が始まりの合図を出した。子どもの遊びだから審判役の子なんていない。みんなが一斉に足元の雪を丸める。何人かは手袋をしてるけど、半分以上の子は素手だ。ぼくは慌てて雪玉を作ってまだ遠くにいる敵に向かって投げた。


「ああっ!?」


 まっすぐ飛んでいくと思った雪玉は、投げるとすぐにほぐれて粉みたいに散らばっちゃった。


「慌てるなミルコ! しっかり固めてから投げるんだ!」


 ダニロがそう言いながら、硬く握った雪玉を右手で振りかぶったまま、体を斜めにして敵陣に向かってく。だれかが投げた雪玉がダニロに向かって飛んでくるのを左手ではたき落とすと、同い年の8歳の子に向かって勢いよく雪玉を投げた。雪玉はその子の肩あたりに向かって飛んでいく。当たったかと思ったけど、警戒してたその子は両手を交差してダニロの雪玉を防いだ。そしてすぐに自分の持ってる雪玉をダニロに投げ返す。ダニロはひょいとそれを避けると敵陣を見据えたまま後ずさって距離をとり、腰を落としてまた雪玉を握る。


 そうか、そうやって攻めるんだな。


 はじめは慌てて失敗したけど、それでまわりを見る余裕ができた。遠くにいれば割と簡単に避けられるし、相手を警戒しながらしっかり雪玉を固めることもできる。投げるときは相手の雪玉を防ぎながら、ある程度近づいてから投げないと当てられないんだ。


「ミルコも投げて!」


 エルマが甲高い声できゃあきゃあと叫びながらぼくに声をかける。それを合図にぼくも動きはじめた。年長の子たちは歳の離れた子や女の子は狙わないから、思ったより当てられる子がいなくて、まだまだたくさんの雪玉が飛び交ってる。投げては引き、引いては投げ、飛んでくる雪玉を必死になって避けたりはたいたりして、みんなどんどん雪まみれになってく。


 なにこれ、すごい楽しい!


 手袋なしの指先がじんじんと熱くなってかえって寒さを忘れたぼくは、エルマと並んで夢中になって雪玉を投げた。


「来たぞ!」


 足の速い子が勢いよくこっちに走り込んでくる。それに合わせてその後ろからたくさんの雪玉が一斉に飛んでくる。でも後ろからの雪玉に怯んで避けてると、走り込んできた子に旗を取られちゃう。


「当てろ!」


 飛んできた雪玉をはたき落としながらダニロたち年長の子が声をあげる。走り込んできた子はみんなから狙われて、雪玉がいくつも当たった。敵の作戦は失敗だ。でも……


 かっこいい!


 途中で失敗しちゃったけど、捨身の作戦も旗に向かって駆け込んできた子もすごくかっこよく見えた。


 よーし、ぼくも活躍するぞ。


 ぼくだって体が強くなって、けん引役にもなったんだ。その成果を今こそ見せるときだ。


「ふう……」


 ぼくは腰を落として小さく息を吐くと両手で雪玉を握る。そしてもうすっかり慣れた感覚で体に魔素を巡らせた。ぎゅっと握った雪玉がさっきよりぐっと硬くなるのがわかる。そのまま顔を上げて敵のほうを見る。狙いは一番年上の子だ。味方の一番年上の子はもう当てられて抜けちゃってる。いまはダニロと当てるか当てられるかの真っ最中だ。


 ダニロに気を取られてるから、遠くから飛んでくる雪玉ならきっと当たる!


 硬く握った雪玉なら遠くに投げてもばらばらになったりしない。ぼくは集中して相手を狙った。集中したら、なんだかまわりの音がすこし静かになった気がする。まだ投げる前なのに、投げてから当たるまでの通り道が見えるような気がした。不思議な感じだ。これが魔力を使うってことなのかもしれない。


 いま、狙いすまして投げれば……当たる!


 ぼくはなぜだかそれがはっきりわかった。狙った先に向かって、ざっ、と左足を踏み込む。


「ミルコ!」

「えっ?」


 エルマのぼくを呼ぶ声が聞こえたと思った瞬間……


 ばしっ!


「あ……」


 陣地の端から近づいてきてた5歳の子の柔らかい雪玉が、ぼくの頭にきれいに当たった。




 終わる頃を見計らって、レオンが焚いてくれた焚火にみんなであたる。いくつもある焚火にたくさんの子どもたちが集まってた。みんなの体から湯気が出ていて、あたりが白く曇ってるみたいだ。


「ああ、暑い!」

「ね! 冬なのにこんなに暑くなるんだね」


 エルマと並んで焚火にあたりながら、そんなことを言い合う。冬に外で遊びまわって暑く感じるなんて、ぼくにははじめてのことだった。


「風邪ひかないように、きちんと焚火にあたって乾かすんだぞ」


 ダニロたち年長の子が、そう言って小さな子たちにも注意をしてく。小さな子たちも興奮してすごく楽しそうに笑ってた。エルマがぼくを見てにやりと笑って言う。


「ね、雪合戦すごく楽しいでしょ?」

「うん! すごく楽しいね」


 あのあとも人を入れ替えて、何度も雪合戦をした。ぼくはだれにも内緒で魔素を巡らせながらやろうとしてたけど、ちょっと難しくてまだできそうになかった。でも雪合戦そのものがすごく楽しかったから、うまくいかなかったことは全然気にならなかった。


「う〜、痒い」

「しっかりあっためないとね」


 霜焼けにならないように指先をしっかり温める。温めすぎて火傷にならないようにとレオンが小さな子を注意して回るのを見ながら、こんな楽しみがあるなら冬篭りも悪くないな、と思った。



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