041 冬籠り

 雪が深く降り積もった冬二月ふゆにがつ。今日は風が強くて、外は地吹雪が吹いてた。窓が時々がたがたと揺れて音を出す。


「すごい音ね。屋根裏の音が静かに感じるわ」


 母さんがみんなに白湯さゆを淹れながらそう言った。ぼくたちが街の建物を三階建てって言ってるのは、石が積んであるのが3階までってことだ。屋根はその上に木で組んであった。雪が積もらないように急な角度がついてるから、屋根裏にも部屋ができる。クァトロたちが住んでる場所だ。ぼくたちの家の上には、テオドーアの家族が住んでる。3階までと違って屋根裏部屋は隙間風が吹き込んで冬は寒いってテオドーアが言ってた。ぼくの家は石が隙間なく積んであるから、窓の隙間から吹き込む以外は冷たい風は入ってこない。でも水だけは毎日汲みに行かないといけないから、そのときは家の中がぐっと寒くなる。


「ううっ、寒いね今日は」


 ダニロがふとももをさすりながら大袈裟に言った。いまは朝の食事のあとで、父さんが水汲みに出たところだったから部屋が寒くなってる。体が冷えたぼくはぶるりと背中を震わすと、慌ててかわやへ行っておしっこをした。街区の建物は家の中に厠があって、これは何代か前の領主様が整備したみたいだ。それまでは家の中も街区もすごく臭かったって、いつかお婆ちゃんが話してくれた。冬の間ずっと家の中のかめに溜めてるなんて考えたくもない。ぼくが生まれたのが厠ができたあとで本当によかった。


 そういえば、厠も石でできてるんだな……


 よく考えると、家の中は壁も石を積んでできてる。こういうのも全部石工の仕事なのかもしれない。居間の壁も塗り壁で綺麗にしてあるけど、その下には石が積んであるはずだった。


「すごい地吹雪だったぞ」


 居間に戻ると、父さんが水汲みから帰ってきてた。小さなつくえを囲んで、家族みんながそこにいる。父さんとブルーノは、バシリーおじさんみたいに鉱石を寄り分けてた。雪の深いこのときだけ、一次鉱石を持って帰ってきて家で作業してる。父さんが通いで仕事ができてる理由のひとつが、冬に鉱石を預けられるほど信用されてるってことだった。


 かちゃっ……かちゃっ……


 居間の中に、風の音に紛れて小さな石がぶつかり合う小さな音が響く。そういえば木霊石こだまいしとか権威石けんいせき以外の魔石はなんて呼ぶのかな。


「……父さん」

「なんだ?」

「こ……権威石のほかは、なんていう石なの?」


 ぼくは思わず木霊石って言いそうになって、あわてて言い直した。ぼくが木霊石をよく知ってるって思われたくなかった。


「赤いのが権威石だろ」

「うん」

「それから……」


 父さんが順番に石を持ち上げながら教えてくれる。


「黄色いのが発光石はっこうせきだ」

「あ、それはバシリーおじさんに聞いたことあるよ」

「そうか? こいつは一番よく採れる。それから……」


 白が炎熱石えんねつせき、黒が氷冷石ひょうれいせき、緑が木霊石。


「あとは青い浮遊石ふゆうせきがあるけど、ほとんど採れないし高価だからな。浮遊石が混じってそうな鉱石は、家に持ち帰って作業する分には入れないんだ」

「うん、それは聞いたことあるよ」


 小さい頃は、石のことをあまり詳しく聞いたことはなかった。いたずらして失くしたりしたら大変だから、家で作業するときは近寄らないように言われてたんだ。でもいまは、聞いたらすんなり教えてくれた。ぼくがもう見習いに出る歳になったから父さんも話してくれたのかもしれない。


「六つの色で、なにか気づかない?」


 ぼくの隣で籠を編んでる母さんが、そう聞いてきた。


「六つの色?……あ、六大神ろくだいしん?」

「そう」


 そういえば六つだ。どうして気がつかなかったんだろう。


「じゃあ、色ごとに神様が決まってるの?」

「そうよ、どれがどれかわかる?」

「天の神が黄色でしょ? 地の神が青」

「よく覚えてるな、ミルコ」


 ダニロが横から口を挟んだ。ダニロと違ってぼくは母さんやアルマの買い物によく着いてくから、それだけ礼拝堂にもよく通ってた。教会でいつも絵を見てたからだからわかるんだ。


「夏が白、冬が黒、森林が緑、人々が赤」

「そう。よくわかったわね」


 母さんがぼくの頭を優しく撫でた。


「権威石って、人々の神の石なんだね」

「そうだな」


 父さんが作業を続ける手元を見ながらそう言った。こんなふうに作業をしながら、ダニロとぼくは家のことをたまに手伝いながら、窓を閉め切って暗い部屋の中でひと月ほど過ごす。冬ごもりの日中の、この時間がぼくは好きだった。あまり外に出られなかったぼくは、みんながせまい部屋の中でいっしょに作業をしてる中にいるのが嬉しかった。


「石工も内職するのかな?」


 もしそうなら、ぼくも来年は一緒に内職できるな。


「どうだろう。彫像を作るほどの腕があれば内職できるな」

「冬だけ泊まり込みかもよ」


 ダニロがそう言ってにやりと笑う。


「ダニロ、意地悪言わないで」


 ぼくがダニロに言い返す前に、母さんがぴしゃりと言って聞かせた。冬籠りの間はぼくとダニロの小さな喧嘩もよく起こる。ぼくは楽しい気分が少し沈んで、それを誤魔化すために母さんにもたれかかった。


 泊まり込みの見習いは嫌だな。


 ひょっとしたら冬籠りの間ずっと家族に会えないかもしれないってことを思って、ぼくは寂しさに身震いした。窓が風でガタンとなった。




 冬籠りがはじまる前から、寝る前には木霊石を使ってアーシャと秘密のやりとりをするのがぼくの決まりごとになってた。近ごろはこつこつと石を叩く合図はあまり送り合わない。待ち合わせができるわけでもないし、合図ではそんなにいろんなことを送れなかった。その代わり、楽しかったこととか、そういう気持ちを送り合った。

 最初にそれをはっきり感じたのはアーシャから気持ちが送られてきたときだ。アーシャがだれかと楽しく遊んでる様子を感じたんだ。見えたのでもないし、聞こえたのでもなかった。だからだれと一緒だったのかとか、どんなことをしてたのかとかはわからない。でもとても楽しくて、その楽しい気持ちをぼくも一緒に味わってる、そんな感じだった。

 それから、ぼくはドワーフのグルバルラたちから忠誠を受け取ったときの気持ちを送ってみた。3人のドワーフから忠誠を受け取って、父さんが褒められたときのことだ。なんだかとてもくすぐったいような、誇らしいような、そういう気持ち。そしたら、それをアーシャも感じてくれたってはっきりわかった。そんなふうにしてぼくたちは気持ちを送り合ってた。




 夜。目が覚めた。


「ほう……」


 ぼくは声を出さずに、そっと息を吐いた。暗くて見えいけど、吐いた息はきっと白くなってたはずだ。ふつうの平民は明かりの魔道具なんてないから、日が暮れるとすぐ眠る。夏はそのまま朝まで寝てることが多い。でも冬は日が暮れるのが早いし、窓を閉め切ってるから日が暮れるより早く寝ちゃうこともある。そういうときは夜中に目が覚めちゃうんだ。


 なんだか久しぶりだな。


 体が弱かったぼくはよく体調を崩してたから、昼間でも寝てることが多かった。その頃は夜中に目が覚めることもよくあったんだ。でも近ごろは体も丈夫になって昼間にいろいろ手伝ったりしてるから、疲れて朝までぐっすり寝てることのほうが多い。


 母さん、起きてるかな?


 真夜中に起きると、たいてい父さんと母さんも起きて居間にる。大人は子どもたちみたいに長く寝ないから、夜中に一度起きるのがふつうだった。よく体調を崩してた頃は、夜中にぼくが寝台から呼ぶとすぐに母さんが来てくれた。暗い真夜中に起きても、母さんが起きててくれるのは嬉しかった。


 父さんも起きてる?


 暗がりに目が慣れてくると、父さんたちの寝台にはだれもいないのがわかった。それにはっきり目覚めてきたら、居間で父さんと母さんが話す気配を感じたんだ。ぼくは寝る前に手に持ってた木霊石を自分の枕元に隠すと、そっと起き上がった。かまど熾火おきびともったあったかい居間に行こうと寝台を降りると、さっきよりはっきり母さんがの声が聞こえた。ぼくの名前が聞こえた気がして、戸を開けずに居間側の壁にもたれ掛かる。竃の熱であったまった壁が気持ちいい。


「大丈夫か」


 父さんの声だ。


「ええ、……もう大丈夫」


 父さんに答えた母さんは、鼻をすすってるきがする。泣いてるのかな。


「急にしやくり上げるからびっくりしたよ」

「ごめんなさい」

「冬の間に仕事場に泊り込むくらいでそんなに心配しなくてもいいさ」


 あ、昼間のぼくの話だ。


「ううん、ちがうの。ミルコを見習いに出せるんだと思ったら」

「マーレ……」

「あなたとブルーノがしっかり働いてくれたおかげね」

「なに言ってるんだ、マーレのおかげだ。ミルコは素直に育ってる。この間もな、神々のことにも気を配って、きちんとけん引役を務めてるって、レオンが褒めてたよ」

「ふふ。うれしいわね、他所よその人からそういうの聞くの」


 ぼくは、自分のことを話してるのを隠れて聞いてるのが、くすぐったいような申し訳ないような気持ちになった。そのまま居間に入らず寝台に戻ろうとしたけど、もたれ掛かってた体を壁から離すと床がきしんだ。


「だれ?」


 母さんの声がする。いまから戻って寝たフリをするのはちょっと変な感じだ。そう思って、ぼくは扉をあけて居間に入った。


「……目が覚めちゃった」

「ああ、早く寝たからな」

「こっちにいらっしゃい」


 母さんが自分が座ってた場所を開けて、そこに座らせてくれる。竃の近くであったかい場所だった。


「水飲むか?」

「うん」


 夜中に起きてこうして構ってもらってると、なんだか自分が少し幼くなった気がした。でもそれがちょっと居心地がよかったりもする。父さんが水瓶から、水を木のカップに汲んで手渡してくれる。それを飲むぼくを少し眺めてから、母さんはぼくのことを放っておいて、父さんにニーナとアルマの話をしはじめた。ただ、話しながらぼくの背中を撫でてくれる。


 ……気持ちいいな。


 ぼくは盃の中の水に視線を落として、母さんの話を聞くともなしに聞いてた。母さんはずっとぼくの背中を撫でてた。その手は竃の熾火よりもあったかかった。



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