040 水の流れ

 頭を抱える父さんを見てたら、ガルデルデがぼくに声をかけた。


「それより、あとひとつ聞きたいことがあるんだろう?」

「あ、あります」


 そうだった。もともとそっちが目的だ。


「もうひとつ聴きたかったのは、井戸の作り方。っていうか、水道の作り方?」

「井戸と水道じゃ随分違うが?」


 ガルデルデが首を傾げる。ワレリーさんが言ってたのは、水道の工事はドワーフの知恵も借りるっていうことと、森番小屋の井戸をドワーフが造ったっていうことだ。水道はよくわからないから井戸のことを聞くことにした。


「森番小屋の井戸はドワーフが造ったんだよね」

「そうだな。あれはうちの山のもんが造ったな」


 ドワーフは一山ひとやまごとに集落をつくってるみたいだ。


「どうしてドワーフじゃなきゃダメだったの?」

「井戸を造るのはべつにドワーフじゃなくたってできる。ただ、水の流れがわからないと井戸を造ってもいい水が出ないだろう?」

「水の流れ?」

「井戸から水が出るって言うことは地面の下にも水があるってことだ。そんでその地面の下の水もじっとしてるわけじゃねぇ。川とおんなじで高いほうから低いほうに流れていくんだ」

「地面の下に川が流れてるの?」


 ぼくの言葉にガルデルデが頷いた。


「ああ、まあ、そんな感じだな」

「ほう……」


 父さんが声を出した。ぼくは地面を深く掘れば水が出るんだとおもてたけど、地面の下の水にもいろいろあるみたいだ。父さんでも知らないことだっていうことは、クィンクには知られてないことなのかな。そういえばワレリーさんは、ドワーフは水に詳しいっていう言い方をしてた。


「だから新しい水がどんどん流れてくるところを掘らないと水が出ない」

「流れてない水が溜まってるところもあるが、そういうところの井戸は水が汚いし、すぐに枯れちまうんだ」


 ギルガルデが付け加えた。


「地面の下の水の流れがわかるの?」

「まあなんとなくな」

「ああ、そうだな」


 ドワーフたちが口々にそう言った。


「なるほどな。掘り方や造り方が違うんだと思ってたが、そもそも掘る場所の問題なんだな。だからドワーフが掘る井戸のほうが水がでるっていうことか」


 父さんが感心してそう言った。


「じゃあ、クィンクでは同じことできないんだね」

「まあ、そうだな」


 そもそもぼくが水道や井戸のことを聞いてみたかったのは、石工の仕事に関係があるからだ。水道も井戸も石工の仕事だってワレリーさんは言った。ドワーフの知恵を借りるていうことは、もしそれを覚えたら役に立つんじゃないかと思ったんだ。


「じゃあ、ぼくがそういうことを覚えて仕事に役立てるっていうわけにもいかないね」


 ぼくがそう言うと、ドワーフは顔を見合わせる。


「ミルコはできるんじゃねえか?」

「ああ、できるよなあ?」

「……そうなの?」


 グラバルラも頷いてる。


「どうして? どうしてぼくならできるの?」


 3人はそれぞれに首を傾げる。


「そりゃ、まあ……なんとなくな」

「ドワーフじゃないとできないんじゃないの?」

「ああ、ふつうのクィンクにはできねぇだろうな」


 なにそれ。


「ぼくはふつうじゃないの?」

「ドワーフの忠誠を3つも受けたクィンクはふつうじゃないだろう」


 そりゃそうだろう、っていうかんじでガルデルデが笑った。でもぼくが言ったのはそういう意味じゃないんだけどな。


「忠誠を受けたのがふつうじゃないっていうのはわかるけど……忠誠の証を贈ってくれたのはグラバルラたちだよね」

「そうだな」

「……なんで贈ってくれたの」


 そう、結局そこなんだ。どうしてぼくに忠誠の証を贈ってくれたのか、その理由がわからないと話がよくわからないままなんじゃないかかと思った。でも……


「まあ、なんとなくな」


 ガルデルデはそう言うばっかりで、ほかの2人もうんうんと頷いてるだけだった。なんだかそのことはそれ以上話してくれそうになかった。ちょっとはぐらかされた感じだ。そうしてるうちにグラバルラが立ち上がった。それを見てガルデルデが言った。


「もしミルコがなんか聞きたいことがあったら、この時間にここにいてくれたら会える」

「ああ。地の日、冬の日、人の日には大抵運んでくるからな」


 ギルガルデが付け加えた。


「さあ、今から石を下ろさなきゃならねえ。見ていくか?」

「いや、あまり遅くなりたくない。ミルコ、もう戻ろう」


 父さんがそう応えて立ち上がった。ぼくも立ち上がる。どうして水に詳しいかとか、うまく聞けなかったことはあったけど、忠誠の証をさらに2つも受け取ってなんだかもう頭がいっぱいだ。それに思ったより遅くなっちゃった。空はすっかり暗くなってきて、ほとんど夜に近づいてる。父さんがぼくの背中に手を当てて、ぼくは歩き出そうとした。


「オリバー」


 そのとき、グラバルラが父さんを呼び止めた。


「なんだ」


 グラバルラは近づいてきて父さんの左の腕をぱんぱんと軽く叩いた。


「いい男だ」


 グラバルラがそう言うと、ギルガルでとガルデルデも近づいてきて左右それぞれから父さんの腕を叩いて言った。


「そうだな、いい男だ」


 父さんが少し不思議そうな顔をした。


「なんだ? 変な趣味はないぞ?」


 父さんが顔をしかめたのを見てガルデルデが笑った。


「いやいや、そんなことじゃない。ただ、わしらはあっちの山の連中とも話すからな」

「ゴルドルラから聞いておる」


 グラバルラが付け足した。


「……なるほど」


 ゴルドルラの名前は聞き覚えがあった。たしか父さんの加工場で専属の鉱夫をしてるドワーフだ。


「そうとも、よく聞いてる」

「山の男を助けてる、そうだろう」


 きっとバシリーおじさんのことを言ってるんだと思う。


「いい男だ」

得難えがたい男だ」


 ギルガルでとガルデルデが口々にそう言って父さんを褒めた。


「こん子がおめぇさんの子で嬉しいよ」

「そうとも、誇らしいことだ」


 父さんがこうやって大人の男の人たちに褒められてるのは、なんだかとても嬉しい。ぼくは誇らしくて思わず笑顔になった。

 最後にグラバルラが、もう一度父さんの腕を叩いた。


「こん子に何かあったら、わしらが手を貸す」

「……頼もしいな。ぜひそうしてやってくれ」


 グラバルラは自分の分厚い胸を力強くどんと叩いて言った。


「ドワーフの誇りにかけて」




「すっかり遅くなってしまったな」


 帰り道にぼくの手を引きながら父さんが楽しそうにそう言った。ドワーフたちに褒められて、父さんも少し嬉しそうだった。


「ドワーフたちも山の事故のことは知ってるんだね」

「ああ、そうだな」


 父さんは短く答えた。でもそのあと、歩いてる間の時間つぶしみたいな感じで事故のことを少し話してくれた。


「鉱山ではよく事故が起こるんだ。でも大抵はそんなに大きな事故にはならない。危険な仕事だっていうのはみんな知ってるから、きちんと対策してるしな。だがあの事故はちょっと大変だった」


 バシリーおじさんが怪我した事故は、ただ岩や石が崩れただけじゃなく、水も出たんだ。それはバシリーおじさんにも少しだけ聞いたことがあった。山上のほうでも地面の下には水があって、掘り進んでるうちに水が流れてくることがあるんだって。


「普段はドワーフたちが先にそれに気づくんだ。そういえばさっきの話を聞いてそれがわかったよ。これまでは、土のことに詳しいから山のことがわかるんだろうなってなんとなく思ってたが、そもそも水にも詳しいんだな」

「父さんも知らなかったの?」

「俺は加工場の人だからな。鉱山自体のことにそれほど詳しいわけじゃないんだ」


 鉱山で働くクィンクたちの中には、事故に気づけなかったドワーフを責める人たちもいたみたいだ。でもその事故ではドワーフたちもたくさん怪我したり死んじゃったりしたから、ほとんどの人はドワーフにも優しくして、一緒に助け合ったんだ。


「ドワーフはクィンクの大切な仲間だ。あいつらの能力はクィンクとはちょっと違う。お互いに助け合うことでよりうまく暮らしていける。エムスラントではドワーフもクァトロも、俺たちクィンクと一緒に助け合って暮らしてる。本当にいい街なんだよ」


 父さんが新城塞のほうを見上げてそう言った。


 よかった、父さんはドワーフを悪く思ってないんんだ。


 ぼくが安息日にドワーフに会いたいと話したときに、父さんが顔をしかめたのを見て少し心配だった。ぼくが気付いて、アーシャが顔をしかめたみたいに、ドワーフをひとと呼ばない大人もいる。父さんがそうだったらどうしようって思ってた。でもそんな心配はなかった。父さんはドワーフを仲間だって言ってるし、ドワーフたちは父さんをすごく褒めてた。


「よい夕べにならんことを」


 父さんがすれ違うクァトロとあいさつを交わした。ぼくの住んでる街は、みんなが仲良く暮らしてる。それがとても嬉しかった。



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