039 忠誠の儀

「それで?」


 ぼくが手の上の権威石をじっと見てると、父さんが先を促して声を出した。


「その成人の証である権威石を、どうしてミルコに贈ったんだ? 貴族たちとはどう使い方が違うんだ?」


 そうだった。権威石を贈る意味を聞いてたんだった。父さんの言葉に、さっきまで黙ってたグラバルラが答えた。


「ドワーフの忠誠の証だ」


 グラバルラは、これが答えだ、みたいな感じでそう言い切ると、それ以上何も言わなかった。


「……すまん、どういうことだ?」


 父さんが困った感じで、よく喋るドワーフに聞きなおす。


「まあ、そのまんまの意味なんだが……」


 そう言って説明をしてくれた。


「ドワーフの忠誠は相手がドワーフかどうかとか、貴族かどうかとか、そういうことじゃねぇ。とにかく忠誠を誓うと決めた相手に忠誠の証として自分の成人の証を贈るんだ」


 それから逆に父さんに質問した。


「クィンクの貴族たちは、いくつも権威石を贈るだろう?」

「ああ……たしかに。詳しくは知らんが、ひとつしか贈らないっていう決まりはなさそうだな。必要があれば複数の相手に贈ることもあるだろうし」

「そういうのは、わしらが知ってる忠誠じゃないな」


 父さんの言葉を聞いてもう1人のドワーフがそう言った。


「なんせドワーフが贈るのは自分の成人の証だからな。ひとつっきりしかねぇ」


 それを聞いてぼくは、手の中の石がまたもう少し重くなった気がした。


「贈られたほうはどうしたらいい?」


 父さんが大事なことを口にした。


「そうだよ、ぼく、なにもできないよ」


 それを聞いたドワーフたちは互いに目を見合わせて、それから少し笑った。


「なに、おめぇさんはなんにもすることはない。ただ貰っておけばいいんだ」

「そうだな、そこも貴族たちとは違うところだ」


 貴族たちはどうするのか、気になって父さんのほうを見た。父さんはぼくが聞きたいことを教えてくれた。


「貴族たちは権威石を贈られる代わりにいろいろ便宜を図ったりするんだ」

「べんぎって?」

「味方になって助けてやったり、悪いことをしてもなかったことにしてやるんだ」


 それを聞いたドワーフたちが顔をしかめて首を振った。


「間違った使い方だ」

「ああ、間違っとる」


 本当に嫌そうにそう言った。なにも言わないけどグラバルラも少し顔をしかめてる。


「ドワーフの忠誠の証は気持ちだけ伝えるもんだ。見返りはいらん」

「そうだな。これと思った相手に贈って、そんでただそんだけだ」


 グラバルラも頷いてる。


 なんだかよくわかんないな……。


 そもそも忠誠がどんなものなのかもよくわからない。騎士団の物語にも騎士が忠誠を誓う場面があるけど、それはずっと一緒にいた大切な人のためにすることだと思ってた。でもグラバルラは一度も話したことないときに、顔も見えないくらい遠くから見ただけで忠誠の証を贈ってくれた。訳がわからない。


「……2人も誰かに贈ったの?」


 ぼくはグラバルラ以外の2人に聞いてみた。ドワーフがどんなふうに忠誠の証を贈るのかが知りたかったんだ。


「いや、わしは誰にも贈っとらん」

「わしもまだだな」


 2人はそう言ってそれぞれ自分の懐あたりをぽんぽんと叩いた。持ってるんだ。


「……どんなときに贈るの?」

「そうだなぁ……」


 2人は同時に腕を組んで考え込んだ。


「誰にも忠誠なんか誓わずに済ます奴のほうが多いんじゃないか?」

「っていうか、まともに誰かに忠誠を誓ったって話は聞いたことがないな」


 そう言っていろいろ話しはじめた。


「夫婦で贈り合ったりしてる奴もいるがな」

「あいつは尻に敷かれてるだけだろう」

「うちの爺さんが死んだときは石を持ってなかったけどな」

「それ、失くしちまっただけなんじゃねぇのか?」

「そもそもドワーフ以外の相手に贈った奴がいるのかね」

「そんなのは物語に出てくるやつひとりだけだ」


 2人の話を聞いてても、どんなときに贈るのかさっぱりわからない。


「ミルコ」


 2人の話に構わずグラバルラがぼくを呼んだ。2人も話をやめてグラバルラを見る。


「ミルコ。おめぇさんに渡したんだ、もらってくれ」


 グラバルラがぼくの目をまっすぐ見てそう言った。


「……どうしてぼくなの?」


 そうだ。どうしてぼくなのか、それが一番わからなくて、一番知りたいことだった。


「存在が大きい」

「……え?」


 ぼくの質問に、グラバルラははっきりと一言で答えた。


「存在が大きい……」


 ぼくは口の中で繰り返した。でも結局なんのことだかさっぱりわからない。なのにドワーフたちにはそれでわかったみたいだった。


「そうだな、大きいな」

「たしかに、大きいな」


 2人は口々にそう言う。でも……


「……これは着膨れしてるだけだよ?」

「だっはっは!」


 ぼくの言葉に2人は声を揃えて笑い出した。自分の膝をばしばしと叩いて笑い転げてる。


「あ〜、あ〜、傑作だな!」

「まったくだ! 思わず忠誠を贈りたくなったよ」

「着膨れて大きいからな!」

「ああ、大きい大きい!」


 そうやっていつまでも笑い転げる2人に、グラバルラが声をかけた。その目はさっきからずっとぼくを見たままだ。


「どうだ。わしは間違っておらんだろう?」


 2人はぴたっと笑うのをやめると、グラバルラと同じようにぼくをじっと見た。


「……間違っておらんな」

「ああ……間違っておらん」


 2人の返事を待ってグラバルラが続けた。


「こん子はドワーフの忠誠の証を受けるにふさわしい」


 グラバルラがそう言い切るのを聞いた2人のドワーフは、ほんの少しの間だけじっとぼくを見続けた。そして突然、2人で競い合うように動き出した。


「じゃあ、わしのも」

「じゃあ、わしのも」


 そう言って、取り出した自分の権威石をつぎつぎとぼくの手に乗せた。


「おいおい……なにが起こってるんだこれは」


 父さんが困ったような声をあげる。ぼくも困って父さんを見上げると、おでこに手を当てて空を仰いでた。


「そんな高価なもの、3つもうちで管理するのか……」


 ……ごめん父さん、実は魔石は4つなんだ。


「わしはガルデルデだ」


 ちょっと若く見える、よく喋るドワーフがそう名乗った。


「わしはギルガルデだ」


 もう1人の、ほかの2人よりちょっとだけ背が高いドワーフはそう名乗った。ドワーフの名前はどれも似た感じだ。


「……こんなんでいいんだったか?」

「いや、もうちょっとちゃんとしといたほうがいいんじゃないか?」


 2人はそう言ってグラバルラを見た。グラバルラが黙って立ち上がる。それをほかの2人が見上げる。


「……」


 グラバルラが立ち上がったまま、黙って2人を見下ろした。そしてそのまま動かない。


「……よし、ちゃんとしとくか」


 ガルデルデがそう言って立ち上がる。キルガルでがそれを見上げていった。


「……やってみたいだけなんじゃねえの?」

「うるせぇ! おめぇもやれ」


 言われてギルガルデも立ち上がった。3人がぼくの前に、なんとなく並ぶ。ガルデルデのすぐ横に並んだギルガルデを、ガルデルデが肘でちょっと押して遠ざけた。そして、それぞれがばらばらの動きで地面に片膝をつく。足が短いから膝をついてもあんまり低くならなくて、石の上に座ってるぼくの顔のほうがドワーフたちより低かった。そしてそのまま3人とも動かない。


「……えっと?」


 ぼくがなにかするのかな?


 手の上に3つの魔石匣を載せたまま3人を見上げて戸惑ってると、グラバルラが声をかけてくれた。


「名前を呼んでくれ」


 グラバルラの言葉に、ガルデルデとギルガルデが頷く。2人とも何だかきらきらした目をして、ぼくがなにか言うのを待ってる感じだ。


「はい。あぁー……グラバルラ?」

「おぅ!」

「!?」


 低く響くような声にびくっとして思わず声が出そうになったけど、なんとなくこらえた。たぶんきちんとしなきゃいけない場面だ。


「……ガルデルデ」

「おぅ!」

「……ギルガルデ」

「おぅ!」

「……」


 名前を呼んだけど、じっとぼくを見たまま3人とも動かない。どうすればいいんだろう?


「あぁー……えっと、よろしくおねがいします……」

「おぅ!!!」


 3人は声を揃えてそう答えると、それぞれに立ち上がる。そしてまた元いたところにばらばらと座っちゃった。


「……これでおしまい?」

「ああ、おしまいだ」


 ガルデルデがにかっと笑って答えると、続けて言った。


「言っとくが、案外と上辺だけのもんじゃないんだ。一応わしらの中ではきちんとした決まりごとみたいなもんがある。でもまぁ、詳しいことはもうちっと育ってからだな」


 大きいって言ってみたり、もっと育ってからだって言ってみたり、結局よくわからない。


「どんな決まりなの?」


 ぼくが聞くと、ガルデルデはギルガルデを見て、またぼくを見て、そして首を傾げた。


「……さあ? なんだったかな」

「知らないの!?」


 なんだよそれ。


「まあ、わしらが知ってるのは物語の話だからな」

「ああ、そうだな。きちんと教わったっつうわけじゃないな」


 そんなことで大事な成人の証の権威石を渡していいのかな。


「ま、物語の通りだとしても、今のおめぇさんには関係ない」

「そうだな、またそのうちだな」


 結局それ以上は教えてくれなかった。隠して教えてくれないのか、知らなくて教えられないのか、それもわからない。ぼくはドワーフの忠誠がどんなものなのかさっぱりわからないのに、気がついたら忠誠の証を3つも受けることになっちゃってた。


「はぁ……」


 父さんが髪をかきあげながら、大きくため息をついた。



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