038 ドワーフの忠誠の証
グラバルラにはすぐに会えることになった。もともと父さんに話した二日後の地の日には、採石場から街へ石を運ぶことになってたみたいだ。前日の天の日の朝にレオンに話したら、すぐに会えるようにしてくれたんだ。
「父さんが採石場に行って話してくるんじゃないんだね」
「面識がないからな。こういうのは知ってる人に取り次いでもらうほうがいいんだ。それもできるだけ立場のしっかりした人にお願いするのがいい」
多めに服を着込みながらそんな話をする。ドワーフたちが東街区の砕石場に石を運び込むのはいつもなら日が暮れたあとなのに、今日だけ早めに来てくれるみたい。それでも会って話をしてるうちにきっと日が暮れちゃうっていうことで、できるだけ寒くないようにたくさん服を着ていくんだ。
「ぶはははっ! ミルコが太った!」
ダニロがぼくを見て笑う。何枚も重ねて着てるから着膨れてもこもこだ。腕もあんまり曲がらない。
「……動きにくいよ、母さん」
「風邪をひくよりいいでしょ。歩ければいいんだから」
母さんがそう言ってもう一枚上着をぼくに着せた。
「……重い」
「ぶはははっ!」
笑ってるのはダニロだけど……母さんも絶対楽しんでるよね。
困った顔のぼくを見て、母さんの頬がぴくぴく震えてるのをぼくは見逃さなかった。じとっと横目でにらむぼくを、母さんは横からぎゅっと抱きしめる。
「いってらっしゃい」
「……いってきます」
「ぶはははっ!」
いつまでも笑ってるダニロの声を聞きながら、父さんと一緒に家を出た。
夕暮れどきの冬の街中を、父さんと並んで砕石場に向かって歩いていく。冬のはじめのこの時期の天気は、いつもほとんど曇りだ。いつも通りに曇ってれば、ドワーフたちは日暮れ前に出発してきてくれることになってる。晴れてると夕日が眩しくて日が暮れるまで出てきてくれないんだ。今日は曇ってるから、予定通り早くきてくれるはずだった。
「……だれもいないね」
夕暮れどきの砕石場は、以前はあちこちにいた石工の人たちが一人もいなくてさびしい感じがした。
「お、ちょうど来たみたいだな」
遠くから聞こえてきた音のほうを見ながら父さんが言う。お腹に響くようなごろごろとした低い音が、冬の東街区に響いてきた。けっこう大きな音だ。
「すごく響くね」
「ミルコは聞いたことないか、うちの前は通らないからな。でも夜はたまに見かけるんだ。父さんの知り合いにこの辺りに住んでるやつがいるけど、けっこう響くらしいぞ」
父さんが話してるうちに、街区の角から大きな荷車を曳いた3人のドワーフが現れた。3人とも、背はダニロよりちょっと大きくて、母さんより少し小さい。なのに肩幅は父さんより大きい。ひょっとしたらレオンより大きいかも。それに腕が長くて、足が短い。足の長さはぼくと変わらないくらいだ。
ぼくたちは砕石場に入ってすぐのところにいたから、ドワーフたちは入り口の近くに荷車を止めて歩いて近づいてきた。
「ミルコだな」
近くまでくると、ドワーフの一人がぼくの顔を見てそう言った。ドワーフの顔はほとんどクィンクと変わらないけど、鼻が潰れたみたいに上を向いてて、位置もクィンクやクァトロよりも少し上にある。その分ちょっとだけ目と目が離れてる感じだ。なんだか愛嬌があるなと思った。
「うん。そうです」
そのドワーフは納得したみたいにうなずいたあと、父さんのほうを向いた。
「オリバーだな」
「そうだ。グラバルラだったかな」
「ああ、グラバルラだ」
ドワーフの話す声は少し低いけど、クィンクの男の人とほとんど変わらなかった。声だけ聞いても区別がつかなそうだ。ペチャクチャと高い声で話すクァトロのほうがクィンクと区別がつきやすいなと思った。
「来て早々文句を言って申し訳ないが、この辺りに住んでるやつが石を運ぶ荷車の音がうるさいって言ってたぞ。さっき見てたが、少し歪んでるんじゃないのか? 修理とかしないのか?」
父さんがいきなり近所の苦情を伝えた。ぼくは、いまからいろいろ聞きたいことがあるのにグラバルラたちの機嫌が悪くなったらどうしよう、と思ってはらはらしてそれを見てた。でも、父さんはただ荷車の調子が悪いんじゃないかって言いたかっただけみたいだ。
「む、そうだな」
グラバルラは短くそういうと、遅れて近づいてきた他のドワーフたちと目を合わせる。
「まあ、ちょっとうるさいだろうがな。でも悪いが、どうしようもないんだ。あの街道を通ってくるんだぞ、細かい調整なんかはできん」
たしかに、あの街道は荷車で通るにはちょっと荒れてるよね。
「まあ、街のための石だ。毎日じゃないから我慢してくれと伝えてほしい」
グラバルラよりもよく喋りそうな感じのそのドワーフが、父さんにそう言った。
この人のほうが少し若いのかな?
ぼくはそう思ったけど、聞かなかった。見た感じだけだと、ドワーフの年齢はさっぱりわからない。音が響くという話はそこで途切れて、父さんもそれ以上何も言わなかった。
「それにしても……」
よく喋りそうな感じのドワーフが、まじまじとぼくを見てくる。
「ドワーフかと思ったぞ」
「ドワーフじゃないのか?」
3人目のドワーフもそう言う。
「なんで?」
ぼくが聞く。グラバルラが権威石を渡してきたときも、ぼくのことをドワーフだと思ったって言ってた。アーシャは魔素を巡らせてるせいじゃないかって言ってたけど、その答えが聞けるかもしれない。
「クィンクの子はこんなに太くないだろう」
「そこ!?」
ちょっとした謎が解けるかと思ってどきどきしてたぼくは、その言葉を聞いて体の力が抜けるような気がしちゃった。たしかに平民の子たちに太ってる子はいない。クィンクの子もクァトロの子も、体が細いのがふつうだ。でもいまのぼくはふつうじゃありえないくらい太って見えるはずだ。ぼくはなんだかしょんぼりした声で種あかしした。
「はぁ……これは着膨れしてるだけだよ」
「だっはっは!」
ぼくの言葉を聞いて、2人のドワーフが突然笑い出した。
「悪い悪い、冗談だ」
「ああ、そう、冗談だよ」
ドワーフたちが口々にそう言ってると、グラバルラが口を開いてぼくに思い出させた。
「わしがミルコを見たときは着膨れておらなんだろう?」
「あ、そうだった」
もともとぼくは、いつもと変わらない服を着てるときにドワーフと間違えられてたんだった。2人のドワーフは本当にただぼくをからかっただけみたいだ。なんだ。
「じゃあ、ぼくはちゃんとクィンクに見えるんだね」
「ああ、いや。そいつはどうかな……」
よく喋りそうな感じのドワーフがそう言う。ぼくは続く言葉を待ってたけど、父さんがそれを遮った。
「ミルコ、聞きたいことがあるんだろう?」
「あ、うん」
そう言って父さんが、もともとの目的に話を戻した。あまり遅くなると母さんが心配しちゃう。
「そっちだ」
グラバルラがそれだけ言って、すぐ近くの低い大きな石に座るように手で誘った。他の2人と違ってグラバルラはかなり無口な感じがする。誘われるままに3人のドワーフと、いくつかの石にそれぞれ座る。
「……」
座ったまま、しばらく待ってもグラバルラが話しはじめないから、代わりによく喋りそうな感じのドワーフが話しはじめた。
「聞きたいことってなぁ、なんだ?」
「えっと、聞きたいことは2つあります」
ここまでくる途中で父さんから、まず話がいくつあるのかを伝えろと言われてたから、その通りに伝える。はじめに聞きたかったのは権威石のことだ。これは父さんも聞きたがってた。本当にもらって大丈夫なのかとか、なんでくれたのかとか、とにかくわからなかったから。
「ひとつはこれ」
そう言ってぼくは権威石の入った魔石匣を見せた。
「ああ、これはわしのだ」
グラバルラがそう言った。そしたら他の2人のドワーフが驚いた感じで口々に話し出した。
「なに? グラバルラの、おめぇさんこれを贈ったのか」
「なんと! いつの間に。聞いとらんぞ」
そう言って2人ともぼくのほうを見た。
「おめぇさんはそれで、これを受け取ったのか?」
「ドワーフの
なんだかすごい剣幕だ。
「あ、あの……やっぱりドワーフの忠誠の証なんですか?」
「そりゃぁ、おめぇ……」
「それを贈るっていうのは、そういうことだろう……」
2人はそろってグラバルラのほうを見る。
「まあ、そういうことだ」
「おぅ……」
「おぅ……」
そう言って、3人揃ってぼくの手の上の権威石を見つめた。そこへ父さんが口を出す。
「なあ、聞きたいんだが。ドワーフの忠誠の証っていうのは、クィンクみたいに貴族に贈るのとは違うのか」
「父さんも知らないの?」
「ああ、まあ、聞いたことはあるけどな。ただ、たとえばクィンクの場合は貴族どうしが権威石を贈ったり贈られたりするもんだ。でもグラバルラはミルコに贈った。っていうことは、貴族たちとは贈る意味が違うんじゃないのか?」
最後のほうはグラバルラに向かって聞いた。そしたらグラバルラじゃなくて他の2人が話しはじめた。
「そうだな、ドワーフの場合は貴族たちとは違うな」
「ドワーフの権威石は成人の証だ」
2人はちょっとだけお互いのほうを見て、それからよく喋りそうな感じのドワーフが話しはじめた。
「ドワーフの子どもは、クァトロくらい早く大きくなるんだ。そんで大きくなって、何歳から大人だっていう決まりはない。ただ、大きくなると自分で自分の権威石を見つけるんだ。大人たちが認めるくらいの大きさの権威石が見つけられたら、そいつはもう大人だ」
そしてぼくの手の上の権威石を指差して言った。
「だからドワーフの権威石は成人の証だ」
「え……それってすごく大事なんじゃないの」
そう聞くと、ドワーフはなんでもないことみたいに言った。
「まあ、そうだな。そうじゃないと忠誠の証にはならんだろうが」
グラバルラと、もう1人のドワーフもそれを聞いて頷いてた。
そんな大事なものだったなんて……。
ぼくはなんだか急に重さを感じたみたいな気がして、自分の手の上にある権威石をまじまじと見つめた。魔石匣の枠の隙間から、権威石が赤く揺らめいた気がした。
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