034 魔石匣
「ごめんね。なかなか来られなくて」
「ううん、元気そうでよかったよ」
アーシャはいままでと変わらない笑顔で迎えてくれた。
「うん、すごく元気だよ。体が強くなったおかげで、子どもたちのけん引役になったんだ」
小川の脇に並んで座ってから、ぼくはなかなか来られなかった理由を説明した。7歳になる子たちが見習いに出て子どもたちの中で最年長になったこと、クィンクの大人たちに認められてそのけん引役になったこと、ずっとみんなを見てなきゃいけないから抜け出せなくなったこと。
「森に来るのも、この秋はもうおしまいなんだ。冬にも少し森に入るけど、ここまではこられないよ」
「そうね。このあたりは雪も降るしね」
毎年、冬の3ヶ月はほとんど街の外に出られなくなっちゃう。雪も積もって、いくら体が強くなったって言ってもここまでくるのは無理だった。こうして座って話しててもお尻がひんやりとして少し寒い。
「こうして話してる時でも魔素を巡らせてるんだね」
「あ、うん。ようやく話しながらできるようになったんだ。歩きながらは結構すぐにできたんだけど、話しながらって難しくって」
「でもだいぶ自然にできてるよ」
「ほんと? やった!」
蔦の壁を抜けるあたりから、アーシャに気づいて欲しくてわざと気を付けて魔素を巡らせてたから、気づいてもらってすごく嬉しかった。そこから、魔素を巡らす練習がどんなに大変だったか、木霊石で励ましてもらってどんなに心強かったかを話した。
「だれにも言わないでやってたから、木霊石の合図がなかったら途中でやめちゃってたかも。いまはだいぶ自然にできるようになったし、自分で体が強くなったってはっきりわかるから続けられるけど」
「ふふ、よかった。……木霊石といえば、ミルコの魔力が以前より強くなってるから、もっといろんな使い方ができるようになってるかも」
ふとそんなことをアーシャが言い出した。
「いろんな使い方って?」
「うん。石が小さいからあまりいろんなことはできないだろうけど、最近気づいたの。ミルコの感情が木霊石を通じて少し届くよ」
「ほんと? そんなことできるんだ」
「いまはまだ、あんまりはっきり判らないけどね。きっと送ろうと思えば割といろんな感情が送れるんじゃないかな? 元気だよ、とか。がんばれ、とか」
「……それって、ぼくの考えてることがわかっちゃうってこと?」
アーシャの話に、ぼくはすこし怖くなって聞いてみた。ぼくの考えてることがそのままアー写にばれちゃうのは、ちょっと困る。でもそんな心配はないみたいだ。
「大丈夫、そんなことにはならないよ。何か伝えようとしないと届かないから」
そこまで言ってから、アーシャはふといたずらっぽく笑った。
「ばれたら困るようなこと考えてるの?」
「……! か、考えてないよっ。アーシャが、そう、アーシャがうるさいんじゃないかって思ったんだ。ほら、人の考えてることがいろいろ聞こえたら邪魔でしょ?」
なにもも後ろめたいことなんかないのに、しどろもどろになっちゃった。話してるうちにどんどん恥ずかしくなってきてすごく嫌だ。アーシャがによによしてるのがなんだかイライラした。なのにその顔が可愛いくて、恥ずかしくて目をそらしたのにどうしても見ちゃう。
「あ、あのさ! ぼく、今日こんなのもらったんだよ」
話題を変えたくてなにか話はないかと考えて、今日あったことを思い出した。ぼくは袖の中から
「これ、何か知ってる?」
アーシャはぼくの手から権威石の入った木の枠を持ち上げると、じっとそれを見つめた。
「うん、これ権威石だね」
「そう」
「もらったの?」
「うん、さっきドワーフにもらったんだ」
ぼくは今日ここに来るまでなにがあったかをアーシャに話した。採石場のことや、はじめて見たドワーフのこと、それから権威石について聞いた説明なんかも。
「権威石って、魔石なのに使い道がないんだね」
ぼくは話の最後にそのことをアーシャに聞いてみた。
「
「えーと、そうじゃなくて……」
「うん、ごめん、わかるよ。ミルコが言いたいことはわかってる」
そう言うとアーシャは少しうーんと唸った。
「この世界の文化とか、まだよく理解してないんだよね……。権威石の使い方も、まだちゃんと知らないの。でも何か使い道はあると思う」
「……っていうことは、やっぱり魔石なんだよね?」
「うん、ただの石っていうことはないよ。魔素を感じるから」
アーシャは権威石をぼくの手の上に戻した。
「ミルコなら感じるんじゃない?」
「……うん、そうだね。そう言われれば、っていうか、木霊石よりはっきりわかるかも」
手の上の木の枠を握りしめると、権威石の魔素を確かに感じた。そして手のひらに木の枠の感触を感じて、一つ疑問に思ってたことをぼくは思い出した。
「そういえば、アーシャが木霊石を入れてくれた木の枠とおんなじだね、これ」
そう言って手を開いて木の枠を見せる。
「そうね。それ
「魔石匣?」
「そう。小さい魔石を無くさないように、でも魔石が見えて確認できるようにその匣に入れるの。ただの木の枠みたいに見えるけど、一応魔道具なんだよ」
「えっ、そうなの? ただの木の枠だと思ってた」
ぼくは自分では魔道具なんか見たことないと思ってたのに、実はもう持ってたみたい。
「きちんと手順を踏まないと開けれられなくなってるの。って言っても魔素を流しながら引っ張ったら開いちゃうんだけどね」
そう言ってアーシャは自分が持ってる木霊石の魔石匣を取り出すと、ぼくの目の前で開けて見せた。
「みんなはこういう開け方しないと思うから、内緒ね? でもミルコは教えておかないと知らないうちに開けちゃうと思うから、覚えておいた方がいいわ」
アーシャに言われてぼくも自分の木霊石の箱を開けてみた。確かに、魔素を流しながら引っ張ったらあっけなく開いちゃった。
「よかった、いままで引っ張ってみたりしなくて。失くしちゃうところだったよ」
ぼくは両手に木霊石と権威石をもって魔石匣を見比べてみた。使ってる木の色の違いはあるけど、匣の形はほとんどおんなじに見えた。ただ中の魔石は少し大きさが違って、赤い権威石のほうが少しだけ大きい。魔石の大きさが多少違っても、きちんと嵌まるようにできてるのかもしれない。
「それ、いつもどうしてるの?」
木霊石をもらったときに、ぼくが見つかったら取られちゃうかもしれないって心配してたことをアーシャは覚えてた。
「最近は袖に入れてる。寝るときは枕の下に入れてる」
ぼくたちみたいな平民の服には
「権威石って価値が高いから、人に見られないようにしなきゃね」
「ぼくたちからしたら木霊石も変わらないよ」
実用レベルの魔石なんて、ほとんど見たこともなかった。父さんがたまに持って帰ってくるのは砂粒みたいな小さな
「ふふ、それもそうね。……どっちにしても人に見られると危ないから、気を付けてね」
「うん、そうするよ」
ぼくは新しくもらった権威石を空に透かして、その赤い光を見ながら言った。
「それくれた人、どんな人だったの?」
アーシャが何気なくそう言ったのを聞いて、ぼくはなぜだか不思議な感じがした。でもなにを不思議に思ったのかよくわからなくて、ただふつうに答えた。
「遠くてよくわからなかったんだ」
「ミルコのことドワーフだと思ったって言ってたよね」
「うん、持ってきてくれたクァトロはそう言ってた」
アーシャはちょっと首を傾げた。
「ドワーフは魔素に敏感なのかもね」
「……ぼくが魔素を巡らせてたからってこと?」
「その時も魔素を巡らせてたの?」
「うん。立ち止まって話してるだけだったからね。魔素を巡らせながら、テオドーアと髭のおじさんと話してたんだ」
ぼくがそういうとアーシャは納得した顔で何度かうなずいた。
「わからないけど、それが理由の可能性はあるわね。ミルコが体に魔素を巡らせてるのを見て、背が低いからドワーフだって思ったのかも」
「そんな遠くからわかるのかな?」
「魔素に敏感ならわかるんじゃないかな。私はミルコが結界の中に入った時からわかったよ」
結界の中に入ったぼくがどこにいるか、アーシャにははっきりわかってたみたいだ。前にもそんなことを言ってた気がする。
「だからその人も分かったんじゃないかな」
「……あ、そうか」
「うん、そう思う」
「あ、いや、そうじゃなくてね」
なぜぼくがドワーフって勘違いされたのかっていう話の途中で、ぼくはさっき不思議な感じがした理由がわかった。
「アーシャはドワーフを
「……人じゃないの?」
「わかんない。今日会った髭のおじさんは、人じゃ曳けない重い荷車をドワーフは曳けるって言ってた」
ぼくがそう言った途端、アーシャはちょっと眉を潜めて嫌そうな顔をした。
「うーん。ちょっと興味が湧いたかも。ドワーフのこと調べてみようかな」
「……アーシャはドワーフのことあんまり知らないの?」
「
ぼくはその言葉の続きを待ってたけど、アーシャはそのことはそれ以上話してくれなかった。ただ、ぼくが手に持った権威石を指差して「それ、大事にしなきゃね」って言った。
「うん。大事にする。なんかすごく大切なものみたいな気がするんだ」
ぼくは権威石の魔素を感じながら、その小さな魔石匣を握り締めた。
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