033 権威石

「やっぱりクィンクの子だよね」


 近づいてきたクァトロがそう言って、ぼくのことをまじまじと見た。


「やっぱりってお前え、どう見たってクィンクの子だろうがよ」


 髭のおじさんが言うと、そのクァトロはあっけらかんとして言った


「グルバルラが僕に、あそこにいるのはドワーフかって言ってたんだよ」


 グルバルラっていうのはさっき見えてたドワーフの名前みたい。ドワーフは明るいところではよく目が見えないから、ぼくのことをドワーフだと勘違いしたんだ。でもドワーフは背は低いけど、体はずいぶん大きいからとても子どもと間違うなんて思えなかった。ぼくを見てドワーフだと思うなんて、よっぽど目が悪いのかもしれない。


「いくらなんでも小僧とドワーフを間違えんだろう。なんでドワーフだって思ったんだ」

「さあ? ぼくも5歳くらいのクィンクの子だよって言ったんだ」


 7歳だけどね。


 ぼくが心の中でそう思ってると、そのクァトロがあらためてぼくに向き直った。


「そしたらグルバルラが、これを君に渡しといてって」


 そう言ってぼくに向かって差し出した手の上には、小さな木の枠に入った濃い赤い色をした石が載せられてた。石の色が違うだけで、アーシャにもらった木の枠に入った木霊石こだまいしと見た目はほとんどおんなじだ。赤と言えば家にある父さんの箱の中にも赤いのがあったから、たぶんちゃんとした魔石だ。


「おい、こりゃあ権威石けんいせきじゃねえか。けっこうでかいぞ」


 髭のおじさんが驚いた声を上げた。やっぱり魔石みたいだ。


「権威石って、どんな石なんですか?」


 ぼくははじめて知った石の名前を口に出して、何ができるのか聞いてみた。ぼくが名前を知ってる魔石は3つだ。一つは見たことはないけど有名な青い浮遊石ふゆうせき。一つはバシリーおじさんに教えてもらった黄色い発光石はっこうせき。それにもう一つはアーシャからもらった緑の木霊石だ。浮遊石は空が飛べるっていうし、発光石は光って燭台がわりになる。それから木霊石は離れてても合図が送れる。だからきっと、権威石もなにかとくべつなことができるんじゃないかって思ったんだ。


「権威石は権威がある」

「そうそう、権威石は権威がある」


 テオドーアと魔石を持ってきてくれたクァトロが口々にそう言った。


「ああ、まあ、そうだな」

「権威がある……どういうこと?」


 ぼくはみんなを見回しながらそう聞いた。どういう意味か全然わからなかった。


「俺は鉱業の人間じゃないから詳しいことは知らんが……」


 そう前置きをしてから髭のおじさんが話し出す。


「この魔石は数が少ない。もちろん浮遊石っていう青いやつがいちばん珍しいんだが、その次に権威石は珍しい。こいつはなにせ大きい塊が見つかりにくい。掘り出されるのは細けえのばっかりだってことだ。だから大きいやつは価値が高い。それに透き通ってて他の魔石より綺麗だって人気がある。貴族とかそういったお偉い人たちしか持ってねえんだ」


 だから権威があるっておじさんは言ってるんだと思う。でもそれは、ぼくが聞きたかったことじゃなかった。


「……えっと、どうやって使うんですか?」

「使う?」

「魔石って魔道具とかに使うんじゃないんですか?」

「よく知ってるな小僧。そういやあ加工場の子だったか」


 おじさんはひとりで納得するみたいにそう言ってから答えた。


「権威石は何にも使わねえ。ただお偉い人が自分が偉いってことを見せたいために持つ石だ」

「……魔石なのに何にも使わないんですか?」

「確かに魔石ってことになってるんだがあな……でも何かに使うってのは聞かねえな」


 おじさんと話してると、その横でテオドーアたちが首をかしげて頭の毛をつんつんと揺らす。


「ドワーフにもらったんでしょ?」

「じゃあドワーフの忠誠の証ちゅうせいのしるしじゃない?」

「うん、そうだね。忠誠の証じゃない?」


 それを聞いて髭のおじさんが目を見開いた。


「おいおい、忠誠の証って、そりゃあそんな気軽に渡すもんじゃねえだろう」

「でもドワーフからもらった権威石だよね、これ」

「そうそう、ドワーフからもらった権威石だよね」

「じゃあやっぱり、ドワーフの忠誠の証だよね」

「うん、そうだね。ドワーフ忠誠の証だよね」


 おじさんが否定してもテオドーアたちは譲らない。


「いや、しかし……まさか、ほんとか?」


 おじさんは顎に手を当てて髭をさすりながらそう言ってドワーフのいた穴のほうを見たけど、クラバルラっていうドワーフはもうそこにはいなかった。見る相手を失くしたおじさんは顎に手を当てたまま視線を落とすと、クァトロのての上に載ったままの権威石をまじまじと見つめた。


「……小僧、お前えさんグルバルラと会ったことあるんか?」

「……たぶんないです」


 たぶんっていうか、ドワーフを見たの今日がはじめてだから絶対会ったことない。


「だよなあ……」


 おじさんは髭をなでながら、思い出せるだけ権威石について教えてくれた。


「権威石はもともと貴族が自分の主に忠誠を誓って贈るもんらしい。ただ最近は金持ちの商人たちも自分の金で買って身に着けるようになってるってえ話だ。だからお偉い人が自慢するためのもんみたいになってるんだがな」


 そう言って権威石が入った木の枠をクァトロの手から摘み上げると、自分の目の高さに持ち上げて見つめながら続ける。


「でもさっき言ったみてえにもともとは忠誠を誓って贈るもんだ。いまでもちゃんとした貴族はそうやって使ってるらしい。だからたくさんの貴族から忠誠を受けたお偉い人ほど、たくさんの権威石を持ってるはずなんだ。ようは権威石をたくさん持ってるほど、権威があるお偉い人ってことだ」

「だから、権威石は権威がある」

「そういうこった」


 おじさんは権威石が入った木の枠をぼくの胸の前に差し出した。


「で、そうやって忠誠を誓って権威石を贈るっていうやり方は、そもそもドワーフの習性だったんだ。貴族の方がドワーフを真似たんだよ」


 ぼくは両手を皿みたいにして権威石を受け取る。


「なんでだか知らねえが、お前えさんはドワーフから忠誠を受けたってことになるな」


 手に持ってみると、権威石が入った木の枠はほんとうに木霊石が入ったのとほとんど同じだった。


「ドワーフに忠誠の証をもらうなんて、すごいよね」

「すごいよね、物語みたいだね」

「そうだね、物語みたいだね」


 テオドーアたちが目を輝かせてそう言った。


「そんな物語があるの?」

「ミルコは知らないの?」

「ぼくの聞いたどんな物語にもドワーフは出てこないよ」


 そう、ドワーフのことは父さんに聞いて知ってただけだ。子どもたちは騎士団の物語とかいくつかの物語を聞かされて育ってる。でもぼくが知ってるどの物語にもドワーフは出てこなかった。


「僕たちの物語には出てくるよ」

「うん、僕たちの物語には出てくるね。世界中でただ一人のクィンクだ」

「そうそう、世界中でただ一人、ドワーフに忠誠の証をもらったんだ」

「そうそう、ドワーフに忠誠の証をもらったクィンクはその人だけだよ」


 世界中でただ一人、ドワーフに忠誠の証をもらったクィンク。そんな話は聞いたことなかった。


「そりゃいったい誰でえ?」


 髭のおじさんも興味を持ったみたいだ。でもテオドーアたちは、そこから急にふわっとした感じになっちゃった。


「誰だっけ?」

「王さまだっけ?」

「戦士じゃない?」

「誰だっけ?」


 なんだかあやふやでどんな人だったかははっきりしない。クァトロは興味のあること以外は急に物覚えが悪くなっちゃう。世界中でただ一人、ドワーフから忠誠の証をもらったクィンクがいた、っていうことだけがクァトロの興味のあることだったみたいだ。


「……ぼく、どうしたらいいの?」

「もらっときゃいいんじゃねえか?」


 首を傾げるテオドーアたちを放っておいて、両手の上に権威石を載せたままぼくが言うと、髭のおじさんがサバサバした感じで答えた。


「子どもが持つにゃあちょっと高価すぎるがよ。本当ならなんかの間違いかもしれねえから俺が預かって確認するところだが、もし忠誠の証ってことなら俺が預かるわけにもいかねえ」


 クァトロは嘘はつかない。クァトロがそう言うなら、ドワーフのクラバルラがぼくにこの魔石を渡そうとしたのは間違いなかった。


「返すのも失礼ってもんだ。もらっとけ。もらって大事にしとくんだ」


 おじさんはぼくの手を包むみたいにして権威石を握らせる。


「親父さんにきちんと話してな。それから、レオンにも話しとけ」


 それでもまだ困ってるぼくに、おじさんは少し考えてから話した。


「お前は石工の見習いに入るんだろう? そのうちクラバルラに会うこともあるだろうさ。そん時きちんと聞いてみりゃあいい」

「……そうか、石工の見習いになったらここで会うこともあるんですね」

「ああ、いや、ここは石工の仕事場じゃあない。石工は石を加工するとこからが仕事だ。採石場は加工する前の石を売るところまでさな。ここは石工の組合ギルドは関係ない、領主さまの直轄だ」


 そういえば鉱業も領主さまの直轄だって言ってた。職人の仕事と領主さまの仕事ははっきり分かれてるみたいだ。


「でもさっきも話したろう、石を街の砕石場まで運んでくのはドワーフたちの仕事だ。街で石工やってりゃあ、そのうち顔を合わせることになるだろ」


 ぼくは権威石の木の枠を握り締めて、突然の出来事にまだどう考えていいのかわからなくなってた。でもとにかくおじさんの言うように、この魔石はもらっておく方がいい気がした。忠誠の証は、他のだれかに渡しちゃいけないように思ったんだ。


「……ミルコ、そろそろ行かないの?」


 テオドーアに声をかけられて、はっと顔を上げた。忠誠の証に驚いて忘れるところだった。わざわざテオドーアが採石場に誘ってくれたのは別の目的だ。


「うん、ぼく行かなきゃ」

「もう行くのか。まあ、街まで戻るならあんまりのんびりしてられないやな」


 ぼくたちは少し急いで髭のおじさんとクァトロにあいさつすると、ヴィーゼを連れて採石場を後にした。街道に出ると、ヴィーゼに乗ってテオドーアと並んで街道の坂を降りて行く。上着の袖に入れた二つの木の枠が、互いにぶつかって小さな音を立てた。



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