032 採石場
「もう着いたのか!?」
テオドーアとヴィーゼが走ってくれたおかげで、工場街にはすごく早く着いた。テオドーアが父さんの工場まで連れて行ってくれると、ぼくたちを見た父さんが驚いて言った。
「わぁ! かわいい!」
「ほんとにちっちゃいね!」
工場の脇の木にヴィーゼを繋いでから父さんの仕事場に顔を出すと、すぐに工場にいたおばさんたちにもみくちゃにされた。鉱石加工場で働く人のほとんどは工場街に住んでるから、ぼくに会うのははじめてだったんだ。父さんはぼくがもみくちゃにされてるのを、他の男の人たちと一緒に遠巻きに見てた。
「よく元気に育ったね」
「
ぼくを囲んでおばさんたちが口々にそう言ってくれる。だけど男の人たちは笑って聞いてるだけで、だれもそれに頷いてなかったのにぼくは気づいてた。
「さあさあ、もう作業に戻ってくださいよ。進みが悪いとミルコが来たせいになっちゃいますよ」
父さんの隣にいた痩せた男の人が、ぱんぱんと手を叩きながらみんなに言う。ぼくはようやくおばさんたちから抜け出せて、ちょっとほっとした。
「ブルーノは作業しなくていいの?」
「僕は別の作業があるんだよ」
ぼくのそばに残ったブルーノに聞くと、そう教えてくれる。ブルーノの横に同じくらいの歳の、少し背の低い男の人が並んでぼくを見下ろして言った。
「ほんとにちっせえな。
ちょっと意地悪な言い方でそう言ったのを、ブルーノは無視して別のことを話した。
「ダニロはちょっと前に竹林に向かっちゃったよ」
「今日も竹を採るのかな?」
「竹取りって言っても毎日竹を採ってるわけじゃないよ。刈りとった竹を切ったり乾かしたりして、使えるようにするのも仕事のうちさ」
ブルーノがそう教えてくれる。ワレリーさんと話したときも思ったけど、どんな仕事もいろんなことを覚えないといけないんだ。話してるうちに父さんがそばまできた。
「採石場はもう四半刻ほど坂を登った先だ。早めにいくといい」
そう言って少しだけぼくの頭を撫でると、早く行けと背中を押した。ブルーノと、父さんの隣にいた痩せたおじさんが手を振って見送ってくれる。ぼくはヴィーゼのところまで戻って手綱を手に取ると、振り返って手を振ってからテオドーアと並んで坂の上のほうへ歩きはじめる。
がんばれとか、言ってくれなかったな、父さん。
歩きながらぼくはそんなことを思った。加工場にいるときの父さんは、少し冷たくてなんだかちょっと怖かった。
ヴィーゼに乗って坂を登る。走らなくてもヴィーゼもテオドーアも背が高いからか、四半刻もかからずに採石場のある街についた。そう、鉱石工場街みたいに採石場の前にも採石街って呼ばれてる街があった。
「街の向こう側にあるのかな?」
採石場には知り合いもいないし見学に来ることも言ってないから、自分たちで見学できるところを探して歩く。父さんが何か言ってくれてるかもしれないけど、とくにだれかに会いにいけとも言われなかった。
「こっちから入れるはずだよ」
街の中心みたいな広場を少し過ぎたあたりに、街道の坂から分かれて建物の間を抜ける道があった。ぼくたちはその道を通って街の裏手に出る。
「うわぁ、すごい……!」
街の裏手には草木の生えてない剥き出しの地面が見渡すかぎりに広がってた。ぼくが住んでる
「もう少し上まで登ってみよう。少し遠くまで見えるかもしれないよ」
向かって右側の斜面を指差してテオドーアが言う。ヴィーゼもそのまま連れて、ぼくたちは右側の斜面の中程まで登っていった。少し平らな場所を見つけてそこで振り返ると、採石場のほとんど全体がよく見えた。
「広いね。こんなに広いなんて思わなかったよ」
ぼくはいつも街の中や森の中にいるから、こういう広い景色は珍しかった。いままでみた一番広い景色は、初めて森へ出たときに小ヴァイス越しに見た広い農地だ。その次に広かったのは、いつもアーシャと会う森の離宮の右側に広がる湖。採石場は、その湖と同じくらいに広いように見える。
「けっこう人がいるね」
はじめは広すぎてあまりわからなかったけど、たくさんの人があちこちで働いてるのが見えた。クァトロも手伝ってるけど、ほとんどがクィンクだ。
ふと、その中にひときわ背の低いずんぐりした人を見つけた。ぼくたちのいる右側の斜面とは反対の、左側の斜面の中ほどにその人はいた。体つきが他の人たちと全然違う、みたことない感じだった。
「あの人、他の人とちょっと違うね」
ぼくが思ったままを口に出して言うと、テオドーアが答えてくれた。
「あれがドワーフだよ」
「ドワーフ! 採石場にもいるんだ」
父さんから、鉱山にはドワーフたちが働いてるって言う話は聞いたことあった。
「ドワーフはとっても力が強いんだ。山の仕事を手伝ってるドワーフは多いよ」
「そうなんだね」
ぼくは他にもドワーフがいないかと全体を見渡して探してみる。
「……でも掘ってるのはクィンクだけだね」
「そうだね、ドワーフは明るいところが苦手なんだ。だからたぶん、あそこの穴に潜って中で掘ってるはずだよ」
そう言ってさっきドワーフがいたあたりをテオドーアが指差した。確かに穴があって、気がつくとさっきのドワーフももういない。他の場所もよく見てみると、大きな穴が二つ見えた。
「地面の中でも掘ってるんだね。エムスラントの城壁もみんなここの石を使ってるのかな?」
「どうかな?」
テオドーアはこてんと首をかしげた。
「街の城壁よりこの場所の方が大きく見えるからそうかもね。以前は他の街にも持って行ってたらしいから、わかんないけど」
「クァトロにしちゃあよく知ってるじゃねえか」
不意に声をかけられたことにびっくりして声のしたほうを見ると、髭を生やしたおじさんが斜面を登って近づいてきてるところだった。
「お
「……はい」
「そうかそうか。いやな、レオンに声をかけられててよ」
おじさんが言うには、レオンからぼくが危なくないように見ておいてほしいって頼まれてたみたいだ。
「レオンには世話になってるからな。聞きたいことがあったらなんでも聞いてくれ」
そう言ってから、おじさんはあらためてテオドーアが言ったことに話を戻した。
「ありゃあもうずいぶん前のことだ、他所の街に石を出さなくなったってのはな。俺も知らないくらいの時だ」
髭のおじさんは父さんくらいの歳に見えたから、ほんとうにずいぶん前のことだ。
「前の前の領主さまの時に石の取引をやめちまったんだ。その前はここももっと人がいたし、街道ももっとちゃんと整備されてたって話だがな」
「じゃあここの石もロバが運んでるの?」
テオドーアが聞く。鉱石を工場街から街へロバが運んでるっていうのはぼくも知ってるし見たこともあった。
「いや、違う。中にはロバが運んでるのもあるがな。大抵はロバじゃなくてドワーフが運んでるんだ。さっきの話の通りに石の取引が無くなって仕事が減ったから、ドワーフたちが稼ぐ手段が減っちまったんだ。だから街道を整備する分の金でドワーフたちに石を運んでもらってるって話だ」
「そうそう、確かに、夜になるとたまに見かけるよね」
とテオドーアが教えてくれる。ドワーフたちは夜中に運んでるから子どもが見たことなくてもあたりまえみたいだ。
「いやいやいや、流石にあいつらでもそのまんま運んだりはできねえよ。きちんと荷車を使う。ただ、街道が悪くて人やロバでは曳けないのをあいつらは曳いて運んじまうんだ」
そう言ってぼくたちが入ってきた採石場の入り口あたりを指差す。そこには見たことないくらい大きな車輪のついた荷車が置いてあって、あの大きな車輪で街道のでこぼこを乗り越えるんだなっていうことがわかった。だけど同時にぼくは別のことにも気がついた。
ドワーフたちのことは人って言わないんだな。
髭のおじさんが
「ドワーフはいつも穴の中にいるってほんとうですか?」
ぼくは髭のおじさんに聞いてみる。
「お、なんでえ。きちんとした話し方する小僧だな、おい」
そう言ってなぜかテオドーアの腰をひとつばしんと叩いてから、髭のおじさんは答えてくれた。
「あいつらは明るい時はほとんど出てこない。目が暗いところに慣れてるんだ。昼間っからああやって働いてくれる奴もいるけど、そういう役は交代でやってるらしい。普段のあいつらは夕暮れ時から1〜2刻ばかり外に出て、そんとき狩やらなんかをするだけで、あとは穴ん中に潜っちまってるよ」
そうやっておじさんが話してくれてるのを聞いてるあいだ、ぼくたちはドワーフのいる穴のほうを見てた。ドワーフのほうもぼくたちのいるあたりを見返してるみたいに見えた。そしてふと穴の中に戻ったかと思うと、また出てきて近くにいるだれかに、たぶんクァトロに何かを手渡した。
「なんでえ、あいつこっち見てたみてえだがな」
髭のおじさんもそう言って、話をやめてドワーフの様子を見る。ドワーフに何かを手渡されたクァトロが、ドワーフと一緒にこっちを見た。
なんだろう?
そう思って見てると、そのクァトロはドワーフとなにか話したあとぼくたちのいるほうに向かって走り出した。すごい速さで斜面を下ると、採石場の底を横切ってこっち側の斜面を登ってくる。クァトロが手に持った何かが、きらっと光るのが見えた。
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