028 石工の仕事

 ぼくの見習い先についてみんなで話してから何日も経たないうちに、父さんが見習い先を見つけてきた。近所に住む石工のワレリーさんに話をつけてきたらしい。まだ決まった話じゃないけど、ワレリーさんは歓迎してくれてるみたいだ。


「ワレリーさん、ってたまに見かけるといつも挨拶してくれるおじさんだよね?」

「ああ、その人だ。あいつはミルコを気に入ってくれてるからな」


 口の中の芋で頬を膨らましながら、もごもごと父さんが言う。石工は建物や道路に使う石を加工する仕事だ。ワレリーさんは今はちょうど現場仕事がなくてしばらくは東街区内にある砕石場で仕事をしてるみたい。


「一度見に来いって言ってたから、行ってこい」

「ぼく一人で?」

「ああ。いや……そうだな。誰か一緒に行ってもらえるようにしよう」

「でもみんな仕事があって行けないよ」


 とダニロが言う。だれかの仕事を見に行くってことは、ぼくの家族もみんな仕事してる日だってことになる。子どもたちだけで何人も連れ立って見に行くなんてできないし、どうもクァトロにお金を払ってお願いすることになりそうだ。


 テオドーアと一緒だったらいいな。


 そんなことを思って、ぼくはいつもの席に座ってみんなの話し合いを見ながらスープを飲んだ。




 晴れた天の曜日に、ぼくはワレリーさんのところに見学に行くことになった。一緒に行ってくれるのはテオドーアだ。はじめて行くところだから、テオドーアがいてくれてとても嬉しい。並んで街路を歩いて、市場通りを越えてさらに先へ進んでいく。


「ぼく、こっちのほうまで来たことないや」

「うちの街区の子たちはみんな旧い城壁の外に行っちゃうからね」

「そうだね。いつも旧い東門から外に出ちゃうし、他の街区に行ったこともないしね」


 ぼくの家は東街区の北のほうの端で、街区の真ん中あたりにある市場通りまではよく行くけど、それより南には行った事がない。エムスラントの城塞は南北にそれぞれ流れる二本の川に挟まれてる。南側を流れてるのがヴァイス川。反対の北側を流れてるのは小ヴァイス川。ヴァイス川は小ヴァイス川5つ分くらいの広さの大きな川だ。二本の川の間にみんなが第2城砦って呼んでる東西に長いだ円形の旧い城塞があって、その内側にみんなが新城砦って呼んでるまっすぐな壁で囲われた四角い新しい城塞がある。ぼくが住んでる東街区は第2城砦と新城砦の間、新しい東門と旧い東門に挟まれたところにある街だ。でもほんとうはどんな形をしてるのかよく知らない。


「こっちからは新城塞を抜けないとどこへも行けないからね」


 内側の新城砦は南北の端がそれぞれ第2城砦の城壁まで届いてるから、東街区から西街区へは新しい城砦を通り抜けないと行けなくなってる。新城砦の中に入れるのはそこに住んでる人か働いてる人か、あとは呼ばれて入る人だけだって聞いた覚えがある。母さんが働いてる籠工場は新城砦の中にあるから、母さんはほとんど毎日入ってるんだけど、ぼくは入ったことなかった。もちろん、その内側にあるはずの第1城砦もぼくは見たことない。


「まだだいぶ先?」

「市場はちょっと南に寄ってるから、その先はそんなに広くないよ。でも砕石場は一番南の端の方だから、もうちょっと先だね」


 砕石場は東街区の一番南のほうにあった。


「音が聞こえてきたね」

「ほんとだ。工事してるみたいな音がするね」


 市場通りを越えてしばらく行くと、街路の向こう側から金物の道具がぶつかり合うきーん、きーんって音が聞こえてきた。ぼくは早く見たくなって、テオドーアの手を握ると引っ張って走っていった。街路はいつの間にか新城砦の城壁に近づいてて、その城壁前の広い道にぶつかるところに砕石場はあった。


「うわぁ! 広いね!」


 砕石場はぼくの住んでる街区まるまる一個分くらいの広さがあった。そこにある見たことないくらい大きなごつごつした石に、がっしりした体の大人たちが鉄の棒を打ち込んでる。きーん、きーんという高い音が辺りに響いてた。掛け声を掛け合い、汗を滴らせ、重そうな槌を軽々と持ち上げては打ち込んでいく。


「すごい……」


 作業をしてるうちの何人かは上着を脱いでた。肩から背中、腰の筋肉が動く様子がくっきりと見える。その姿は力強くて頼もしくて、すごくかっこいい。テオドーアと並んでしばらく見てると、突然ぱかっと石が割れて転がった。割れた後の石も十分大きかった。


「わあ……!」


 その迫力に声をあげてると、その中の一人がぼくたちに気づいて近づいてきた。ぼくより明るい、ダニロみたいな褐色の髪を短く切って短く髭を生やしたおじさんだ。顔は日に焼けて父さんよりだいぶ年上に見えるけど、体つきは引き締まって父さんよりむしろ若い人みたいな感じだ。近所で何度も見たことあったから、すぐにワレリーさんだってわかった。


「よう来たな、ミルコ」

「こんにちはワレリー」

「こんにちは」


 ぼくが口を開く前にテオドーアがあいさつを返しちゃったから、慌ててぼくもあいさつした。ワレリーさんはテオドーアにも少しだけ笑顔を返すと、ぼくの頭をくしゃっと撫でた。


「ああいう作業をいるのは初めてか?」


 そう言ってワレリーさんはぼくの横に並んで作業をしてる人たちのほうを見る。


「ああやってまずは四角い形に石を整えるんだ。整えたあと大きいまま使う石もあるけど、大抵はさらに割っていって使い方に合わせて加工していく」


 そういって砕石場の別の場所を指さした。そこには少し小さくなった細長い四角い石がたくさん並んでる。


「まだもうちょっとやらなきゃならん。しばらく見てろ」


 そう言ってもう一度ぼくの頭をくしゃっと撫でると、ワレリーさんは仕事に戻っていった。




 休憩時間になったワレリーさんに連れられて、砕石場の脇に積んである石に並んで座る。テオドーアも一緒に座って、頭の毛を揺らしながら興味深そうにあちこちを見てる。


「見ていてどうだった? 砕石場の仕事もおもしろそうだろう? ん?」

「あー……まだあんまりわかんない、です。でも……あんな事、たぶんぼくできない」


 はじめはかっこいいなと思って見てたけど、しばらく見てると石を割る作業はとても大変そうだってわかった。重そうな金槌を休みなく何度も何度も打ってたし、割れた石を動かすのも大勢の大人たちで力いっぱいの作業だった。そんな作業をみてて、何だか少し自信がなくなってきちゃってた。


「ああ、いや、大丈夫だ。見習いにすぐにあんな力仕事はやらせんよ。……もうちっと別の作業を見せたほうがよかったな」


 ワレリーさんはそう言って自分の短い髪の毛をじょりじょりと撫で付ける。汗が少し飛び散ってまわりの石に小さな染みをつくった。


「石工にはいろんな仕事があんだ。ほら、そこの道路もそっち城壁も、それに広場の階段も建物も、神様の彫像も石でできてるもんはだいたい石工の仕事だ。ほら、あっちを見てみろ」


 ワレリーさんが指差すほうにはまわりの石よりも白いきれいな石の塊が積んであった。


「あの石は彫像を掘るためにとってあるやつだ。神様の彫像だけじゃなくて門とか橋なんかの銘板もああいうのを使って石工が造る」


 彫像を掘る作業は手先の器用な人が選ばれて、上手な人はずっとその作業ばっかりすることもあるみたい。さっきまで見てた作業は石工の仕事のほんの一部だってことだ。


「見習いは、まずは石を運んだり雑用をやらせて仕事の流れを覚えさせる。そんでそれから、そいつに合わせて使えそうな仕事場へまわされる。無理をやらせて怪我したり、できないやつにやらせて仕事が遅れる方が問題だからな。どっちにしてもやれる仕事しかやらせない。自分で少しずつやれる範囲を広げてきゃあいいんだ」


 ワレリーさんがちょっとぶっきらぼうな話し方で、でも丁寧に教えてくれる。


「ひと口に石工ってもいろんなのがいるからな。いろんな職業の中でも石工ってのは人数が多いんだ。ほら、騎士団にだって石工はいただろう?」

「うん、いたよね」


 テオドーアが急に話に入ってきた。


「え、そんなひといたっけ?」


 騎士団の物語は子どもたちに人気がある定番の物語だ。話す人によって内容は少しずつ違うけど、でもほんとうにあった出来事をもとにしたお話だから騎士団員が14人っていうのは決まってる。ただ、一番有名な何人かの騎士団員以外は話す人によって登場人物が少しずつ違ったりする。


「ほら、怪力のがいるだろう」

「あっ、ギーガンの戦士?」

「そうそう、クァトロのユークレスの親友だった人だね」


 ぼくの返事にテオドーアが応える。


「ああ、それだ。ゴットハルト峠を塞いだ大岩を砕いたってやつだ」

「そうそう。あとクァトロのユークレスと一緒にシュターデの襲撃でダズルツーヴァに打撃を与えたんだよ」

「ああ、そういう話もあるな。そうだ、確かにクァトロのユークレスの親友だった」

「フューグル公国の英雄だね」

「ああ、そうだ。あれは石工出身って話だったはずだ」


 ワレリーさんとテオドーアが急に騎士団の話で盛りだした。


 すごい……騎士団の物語って大人たちでも熱くなるんだ。


 ぼくは少し驚いてそんなことを思った。子どもたちの中では騎士団と言えば竜騎士や魔法騎士、それに女の子だと聖女さまが人気だ。でもそれはただ単にかっこいい憧れの存在っていうだけの意味で言ってるだけだ。それなのにワレリーさんとテオドーアはギーガンの戦士とクァトロのユークレスの話で夢中になってる。ワレリーさんは石工出身の戦士を、テオドーアはクァトロの騎士団員を、それぞれ自慢に思ってるみたいだ。


「石工は重要な仕事だ」


 テオドーアとの話が途切れたところで、ワレリーさんがぼくに向き直って話しはじめる。


「石で造ったもんは丈夫だし腐ったりしない。彫像も石のもんは長いこと綺麗なまんまだ。だから教会の建物も貴族の家も、重要なもんはみんな石で造るんだ。神様の彫像もな」


 そう言って白い石のほうを見やる。ぼくもつられて白い石を見る。そしたらさっきはただ白いだけだと思ってた石が、なんだかとても重要なものみたいに感じた。


「砕石場は場所もとるし大きな音も出る。そんでも城塞の中にあんのは、そんだけ大事な仕事っていう事だ。仮に城攻めにでもあったときには石工が城壁の修理もやるしな。あとは大きな石を城の外に置いておくとそいつを使って城を攻められるってこともある。石は石ってだけで貴重な財産だし戦力でもあんだ。だからきちんと城塞の中に仕事場があんだ」


 ぼくは振り返って新城塞の真っ直ぐできれいな城壁を見上げる。ワレリーさんはぼくが顔を戻してワレリーさんのほうを向くのを待ってから話を続けた。


「もしお前さんが丁寧な仕事がやれそうなら彫像づくりや建物の建設に送られる。階段の手すりとか扉や窓の周りの装飾なんかも石工の仕事だ。体力も多少はいるが、そういうところで仕事ができれば体の弱さなんざあんまり大きな問題じゃない。石工はいつでも人手不足だ。お前さんがどうしても嫌じゃなきゃ、あとはオリバーが決めるさ」


 そう言ってワレリーさんはまたぼくの頭をくしゃっと撫でた。


「どっちにしても誕生月は夏二月なつにがつだろう。はじめるったって、そこでしっかり名付け祝いをしてもらってからだ。じっくり考えるといいさ」


 そう、見習いに出る直前の誕生月には名付け祝いをする。ぼくの名付け祝いはまだ9ヶ月も先だった。ぼくは頭に乗せられたワレリーさんの手の大きさを感じながら、自分が座ってる石に両手を置いた。石のごつごつ、ざらざらとした様子を、なんだかはじめて触ったものみたいに感じた。



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