025 木霊石とクァトロのこと

「わあ、魔石だ! きれいだね」


 はじめて見た実用レベルの魔石はとてもきれいで、の気配がした。バシリーおじさんの作業中に鉱石を見て感じたことは、やっぱり当たってたんだ。


の気配がする」


 ぼくは感じたままを口にした。


「わかるんだ、やっぱりミルコはすごいね。この緑色の魔石の名前わかる?」

木霊石こだまいしでしょ?」

「そう。見たことあるの?」

「父さんが鉱石工場の班長だからね。でもこんなに大きな、ちゃんとしたのははじめてだよ。……えっ、これくれるの?」


 さっき、アーシャは贈りものって言ったよね?


「うん、あげる」

「すごい、ありがとう! ……でもこれ、見つかったら取られちゃうかも」


 家の中の物はみんなの物だ。ぼくだけの物があるわけじゃない。アーシャのことを話さないなら、これは拾ってきたって言うしかない。そしたらきっと、父さんか母さんがどこかへ売ってお金に変えちゃう。


「ちょっとだけ目立たなくしよっか。こうする方が失くさないですむし」


 アーシャはそう言ってぼくの手から木霊石こだまいしをつまみあげると、ポケットから取り出した木の枠に入れてくれた。ぼくの手で握っても隠せるくらいの、小さくて四角い木枠だ。中で動いて音が鳴らないようにぴったりはまってて、外から石が少し見えてる。


「あれ? ぼく、こんなの見たことある気がする」

「ほんと?」

「うん、……でも思い出せないや」


 きれいな石が木枠にはまってるのをどこかで見たことがあるような気がしたけど、思い出せなかった。


「これね。遠くにいても合図が送れるの」

「合図?」

「私がもう一つ同じのを持っててね、片方から合図を送ると、もう片方でその合図を受け取れるようになってる。だから、つぎに来るときはこれで合図を送り合えば会えるよ」


 アーシャは自分の木霊石こだまいしを取り出してぼくに見せながら言った。


「すごい! そんなことできるだ」


 遠くに離れててもお互いに合図が送れるなんて。本当に魔法だ。魔石ってすごい!


「最初に木霊石こだまいしに私たちを覚えさせましょう」


 アーシャは木枠ごと木霊石こだまいしを握ると自分の名前を口に出した。


「ミルコもやってみて。を石に流しながら名前を言うだけ」

「わかった」


 と言っても、ぼくは両手を合わせて自分の体にを流すことしかしたことがない。だから右手に木霊石こだまいしの入った木枠を握りこむと、左手でそれをさらに包むようにした。そうして自分の体ごとを流しながら自分の名前を言う。


「ミルコ」


 ぼくが名前を言うと、手の中で木霊石こだまいしがなにか応えたような気がした。うまくいったっていうことが、すぐにわかった。そうやって二つの石にそれぞれ名前を覚えさせる。


「これで私とミルコとで合図が送れるわ」

「名前を覚えさせるだけでいいんだね」

が流せないと覚えさせられないんだけどね」

「あっ、そうか」


 ぼくは自分の手の中にある木霊石こだまいしをみながら言った。


が流せない人も多いから、道具をつくって誰でも使えるようにしたものもあるよ。でも私たちは道具がなくても木霊石こだまいしだけでちょっとした合図なら送れるわ。それにほかの人には届かないから便利よ」


 ぼくはバシリーおじさんと話してた魔道具のことをちょっと思い出した。


「名前を覚えさせるから、ほかの人には合図が届かないんだね。……母さんは、名前は世界に登録されてるって言ってた」

「それはある意味正解ね」


 そう言いながら、アーシャは手元の木霊石こだまいしを自分の口元に持っていくと「ミルコ」とぼくの名前を呼んだ。それと同時にぼくの手元の木霊石こだまいしからの気配がぱっと広がった。何度か感じたことがある、小さく風が吹くみたいなあの感覚だ。


「あっ。呼ばれたのが分かるよ」


 ぼくは自分の木霊石こだまいしを顔の前まで持ち上げてじっと見た。


「見てて」


 アーシャはそう言って、手元の木霊石こだまいしの入った木枠を爪でこつこつと叩いた。


「あっ。こつこつって響いたよ」


 不思議な感覚だった。音が聞こえたのとはちょっと違う。でも確かにこつこつって響いて、聞こえたような気がした。


「これを使って連絡を取り合いましょ」


 夜寝る前に呼びかけて、気づいたら返事をする。もし次の日に会えるなら4回叩くとか。そうして合図をいくつか決めた。


「ぼく、もう行かなきゃ」

「そうだね。気をつけて」

「うん」


 ぼくは小川を飛び越えて、滝のほうへ戻っていく。アーシャはいつもみたいにそこに立って、胸の前で小さく手を振って見送ってくれた。




 テオドーアと一緒に奥の森の切り株のところまで戻ると、ぼくたちは薪を集めはじめた。今日も本当ならいつもの森で、火おこし用の薪なんかを集めてるはずだった。なにも採らないで帰るわけにもいかない。


「ねえ、テオドーア」

「なに?」


 テオドーアも薪を拾ってた。


「クァトロとクィンクはなにが違うか知ってる?」


 ぼくはアーシャが言ってた、クァトロは鳥から進化したっていう話を思い出して聞いてみた。


「僕たちは指が4本、クィンクは指が5本」

「うん。ほかには?」

「僕たちは背が高い」

「うん、そうだね」


 クァトロの背は高い。ぼくたち人間クィンクの大人より、テオドーアたちクァトロのほうが頭一つ分くらい背が高かった。森番のレオンはクァトロに近いくらい大きいけど、そういう人間クィンクはめずらしい。


「ほかには?」

「頭の毛が違う」

「そうだね」


 ここまではぼくが知ってることばかりだ。ぼくはそれ以上の違いは知らない。


「ほかには?」

「僕たちのほうが体が熱い」

「へえ。ほかには?」

「僕たちのほうが長く走れる」

「ああ、そういえばそうだね。速いしね」

「速いのは背が高いからだと思うけどね」


 クァトロのほうが足が速い。でもテオドーアは、速く走れることより長く走れることが人間クィンクとクァトロの違いだって言いたいみたいだった。


「ほかには?」

「僕たちのほうが早く死ぬ」

「えっ? そうなの?」

「うん。僕たちは30歳ちょっとくらいまでだね。クィンクは60歳くらいまで生きるでしょ? いいよね」


 知らなかった。


「テオはいま何歳?」

「僕はいま19歳」

「そうなんだ。もっと年上かと思ってた」


 テオドーアはぼくが生まれたときに手伝ってくれたって聞いてた。そのときには大人だったはずなんだけど。


「19歳だよ。クィンクは16歳から大人だけど、僕たちは8歳か9歳で大人扱いだからね」


 クァトロの子たちのほうが成長が早いのは知ってた。子どもたちが森に行くのにクァトロの子たちも従いてくるから、すぐに大きくなるのを見てたんだ。でもクァトロの子たちは6歳を過ぎたくらいで仕事をはじめちゃうから年長のけん引役になることはなかった。


「僕たちが鍛治とか木工とかそういう仕事をしないのは、すぐ死んじゃうからなんだよ。クィンクの人たちも、せっかく教えたのにすぐ死んじゃうからがっかりしちゃうんだよね」


 クァトロらしいあっけらかんとした言い方でテオドーアがそう言った。ぼくは今まで知らなかった事実にびっくりして、すぐに言葉が出てこなかった。そして、そのことはそれ以上話さないことにした。


「……ほかには?」

「僕たちのほうがたくさん子どもを産む」

「そうなんだ。それも知らなかった」


 でも確かに、すぐ死んじゃう割にはクァトロはたくさん街に住んでた。街にある屋根裏部屋はほとんどがクァトロの家だ。


「ほかには?」

「クィンクとの間には子どもができない」

「そういえば、人間クィンクとクァトロの子どもっていないね」

「できないからね」

「テオは結婚しないの?」


 クァトロが30歳ちょっとまでしか生きなくて、テオドーアがいま19歳だとしたら、結婚して子どももいる頃じゃないのかなって思ったんだ。


「僕は結婚しない」


 テオドーアの答えは意外なものだった。


「そうなの?」

「うん」


 テオドーアはそれ以上話さなかった。ぼくもなんとなくそこで話をやめた。どうしてとか、子どもはいらないのかとか、そういうことを思ったけど聞かなかった。


 早く死んじゃうのって、どんな感じかな。


 ぼくはもっと違うことが知りたかったはずなんだけど、クァトロが早く死ぬっていうことを聞いて、あんまり他のことを考えられなくなっちゃった。


「そろそろ戻ろうか」


 しばらくしてテオドーアがそういう。ぼくは集めた薪を背負うと、テオドーアと一緒に街道へと移動をはじめる。夏の外着にはポケットがない。ぼくは木霊石こだまいしを失くさないように手に握ったまま歩いた。


 ぼくは何歳くらいまで生きられるんだろう。


 そんなことを考えながら、テオドーアと並んで歩く。死ぬことへの不安に弱気になってるぼくの手の中で、木霊石こだまいしが少しだけ揺らいだ気がした。

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