021 結界
「レオンに言っとかなくてよかったのかな」
みんなと離れてテオドーアと二人で歩きはじめてから、奥の森まで行くってレオンに言ってないことに気がついた。
「どうだろう? まだ秋も深まってないから大丈夫じゃない?」
テオドーアはそう言ったけど、クァトロはわりといい加減だから大人とはいえよく間違ったことを言うから心配だ。
「……帰りにちゃんと言ってあやまろう」
「うんそうだね、それがいいんじゃない?」
テオドーアが適当な感じでそう言った。そんな感じでぽつぽつと言葉を交わしながら歩いていく。
「……ミルコ、強くなったね」
「……そうかな?」
あいまいに答えたけど、自分でも感じてた。こうして話しながら歩いても、ほとんど息が切れる感じはしなかった。
ま、やっとエルマに追いついたってことなんだけどね。
そんなふうに思いながら、ぼくはテオドーアと並んで歩きつづけた。
いつもの切り株のところまで来た。ぼくの息は切れてなくて、元気いっぱいだった。本当に強くなったと感じる。でも困った。ぼくは奥の森に来たかった本当の理由を、まだテオドーアに話してない。
「ミルコ、すごいね。強くなったね」
「うん、ありがとうテオ」
そう言ってあいまいに笑う。
「それで。どうするの、ミルコ?」
「どうしよう……」
本当にどうしよう……どうやって話そう。
そう思って言葉に詰まる。
「なにか用事があるんじゃないの?」
ためらってるぼくに、テオドーアが頭の毛を揺らしながら聞いてきた。
「……知ってたの?」
驚いたというか、やっぱりねというか、どっちつかずの気分でぼくが聞きかえす。
「なにも知らないよ。ただミルコが来たがってたから一緒に来たんだ」
「……そっか」
うん、テオドーアはそうだよね。ぼくが来たがってたっていうのが、テオドーアには十分な理由なんだ。本当にぼくに甘い。ぼくはテオドーアへの感謝の気持ちで胸がいっぱいになる。
「ありがとうテオ。ぼくね、ここで一人でいるときに、いつも行ってる場所があるんだ」
「そうなんだ! それって遠いの?」
「ちょっとだけね」
「ヴィーゼと一緒に行ってるの?」
「ううん、一人で。ヴィーゼはここにいてもらってる」
「……奥の森で一人になるのはちょっと危ないよね」
テオドーアがちょっと心配そうな顔になった。いつもにこにこしてるクァトロのテオドーアが、眉をしかめて心配そうにしてるのはとってもめずらしい。ぼくはとっても申し訳ない気持ちになった。
「ごめんなさい」
「無事ならいいんだよ、ミルコ」
テオドーアはそれ以上、そのことについては言わなかった。
「それで。どうするの、ミルコ?」
そう言ってもう一度ぼくにどうしたいかを聞いてくる。ここまで一緒に来てくれたんだ。ぼくはテオドーアにはぜんぶ話すことにした。
「ぼく、そこへ行きたい。約束してるんだ」
「誰かに会うの?」
「うん」
「誰に会うの?」
少しだけ考えてから、ぼくは言った。
「紹介してあげる。一緒に行こうよ。それで、テオドーアに会ってくれるか聞いてみる」
「うん、いいよ。一緒に行こう!」
テオドーアが明るく言った。そうしてぼくは、湖までの道のりをはじめてぼく以外の人と一緒に辿っていった。
テオドーアと一緒に小川の脇を遡っていく。歩きながらあらためて気がついたけど、今日は本当に体が軽い。
「ミルコ、いつもこんなに遠くまで来てたの?」
「うん、でももうちょっとだよ」
「この先になにがあるの?」
「うーん……ごめん、まだ言っちゃダメな気がする。着いたら教えていいか聞いてみるね」
「うん、聞いてみて」
少し間をおいて、テオドーアがつづけた。
「その人、大人?」
ちょっと遠慮がちに聞いてきた。そのテオドーアの言葉を聞いて、ぼくははじめて気がついた。
そうか、ぼくはアーシャに会うってわかってるけど、テオドーアにはぼくが
ぼくはただアーシャに会いたい気持ちばっかりになってた。でもテオドーアから見たら、どんな人と会ってるのかさっぱりわからない。大人なのか子どもなのか、男の人なのか女の人なのかもわからないんだ。そんなの心配にきまってるよね。
「子どもだよ。ぼくよりも小さいんだ」
「子どもなのにそんなところにいるの?」
「大丈夫、その子の住んでるところのすぐそばなんだよ」
「この先に人が住んでるの?」
「うん」
「……ミルコ、それ、貴族じゃない?」
ぼくはどきっとして立ち止まった。
「……うん、そうだと思う」
「大丈夫? 大変なことにならない?」
テオドーアは心配してくれてる。ひょっとしたら、心配してまわりの大人に相談するかもしれない。奥の森まで来て一人で歩きまわって、貴族に関わってたってわかったらみんなどうするだろう。
怒られるかな。……それよりもすごく心配するよね。
テオドーアの顔色を見ながら、ぼくは言った。
「その子は大丈夫だよ。本当に、大丈夫」
ぼくはまっすぐテオドーアを見て言った。ぼくの言葉を聞いて、テオドーアはほんの少しだけ時間をおいた。
「……ミルコがいいならいいよ」
そう言って、ぼくを追い抜いて歩きはじめる。ぼくは申し訳ない気持ちでテオドーアを追いかけた。
それからすぐに、蔦の壁のところに行き当たった。ぼくはいつもの通りに蔦の壁の隙間を通り抜けた。その後をテオドーアもついてくる……と思ったら、蔦の壁の手前で急に立ちどまっちゃった。それに気づいたぼくは振り向いて声をかける。
「どうしたの、テオ?」
テオドーアはすぐに返事をしなかった。
「……ミルコ? どこに行ったの?」
テオドーアが聞いてくる。
……あれ? ぼくを見失ってる?
テオドーアはきょろきょろと蔦の壁を見てる。なんだかとっても慌ててるみたいだ。でもぼくは目の前にいて、テオドーアにも見えてるはずだった。
「ミルコ。……ミルコ! ミルコ!」
すぐにテオドーアが大きな声でぼくの名前を呼びはじめる。ぼくは急いでテオドーアのところに戻った。
「テオ! ここにいるよ。目の前だってば」
「ミルコ!」
テオドーアはひどく驚いて、いきなりぼくを抱き上げた。
「ミルコ! 急にいなくなっちゃったよ! でも急にまた目の前にいたよ!」
「テオ、ぼくずっとここにいたよ」
「ずっとここに?」
テオドーアはぼくを抱えたまま背中をさすってくる。よっぽどびっくりしたみたいだ。
「ここの隙間から入ったところで止まってたよ。ちゃんとテオドーアが目の前に見えてたし」
ぼくはそう言って抱きかかえられたまま自分がいたあたりを指さした。
「……ミルコ、隙間なんてないよ」
「え?」
テオドーアが口にしたのはぜんぜん予想してない言葉だった。目の前にたしかにぽっかりと開いてる蔦の壁の隙間を、ぼくはしっかりと指さしてた。
テオドーアには見えない?
そういえば、アーシャは最初に会ったとき不思議なことを言ってた。
「テオ……どうしよう。ここ、ぼくしか通れないかもしれない」
「だめだよ! なんか怖いよ?」
テオドーアは一層強くぼくを抱き寄せる。背の高いクァトロに抱きかかえられて、地面から高く浮いた足をぶらぶらとさせながらぼくは言った。
「テオ、一回降ろして」
そう言われてはじめてぼくを抱きかかえてることに気づいたみたいにちょっと驚いてから、テオドーアがゆっくりぼくを降ろしてくれる。
「見てて……」
ぼくはすっかり通りなれた蔦の壁の隙間を、テオドーアの目の前で通り抜けてみせた。
「消えた! ミルコ! 消えちゃった! ミルコ!」
「大丈夫、ちゃんといるよ」
ぼくは戻ってテオドーアの前に立つ。
「戻った!」
そう言ってまた抱きかかえられる。
これ、毎回こうなるの……?
ぼくは足をぶらぶらさせながら、少し背中を反らせてテオドーアに向かいあった。
「テオ。この向こうにね、湖があるんだ」
「湖……前の森番が言ってた」
「あ、そういえば。その湖なのかな? ……どっちにしても、ぼくが会いに行くのはその湖の
会ったのは二回だけだけど。
テオドーアはぼくを抱きかかえたまま、目を合わせてぼくの話を聞いてた。
「ぼく、その子にすごく会いたい。ぼくがこんなに元気になったのは、きっとその子と関係があるんだ。その子に会っていろいろ聞いてから、ぼくはすごく元気になったんだ。……それに、とっても楽しいんだ」
ぼくは今日までになんとなく感じてたことを口に出して言った。一度口にしてみると、あたりまえのことのようにそれが本当だってわかった気がした。ただ、こんなに正直に話してるけど、アーシャが女の子だっていうことだけはなんだか恥ずかしくて言えなかった。
「すぐ戻ってくるから。待っててくれないかな?」
テオドーアがぼくを見つめる。抱きかかえられて鼻と鼻がくっつきそうなほど近くにいるから、ぼくの右目と左目を交互に見つめてる。そうやって何度も何度もめをきょろきょろさせてから、テオドーアはぼくをそっと降ろしてくれた。
「いいよ行っておいで」
テオドーアが許しをくれる。
「……うん、……うん! ありがとうテオ! すぐに戻ってくるから」
「慌てなくていいよ。1刻くらいは待ってるから」
そう言って笑って手を振ってくれる。テオドーアは本当にぼくに甘いんだ。でも本当はアーシャをテオドーアに紹介したかった。ぼくの親友のテオドーアを、アーシャに紹介したかったな。
ぼくは後ろ髪引かれながら蔦の壁の隙間を通り抜けて、少し先に見える滝に向かって歩いていった。
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