016 魔法
空中を流れる水の橋から反射した光が、女の子の頬を輝かせる。その様子をぼうっと見とれてるぼくに気づかないまま、女の子が話し始める。
「魔法が使えるっていいうのは、魔法で何かが
「魔法に何かをさせる……」
「そう。例えばいま、私がこの川の流れを持ち上げたように見えるでしょ?」
ぼくは上下に流れが別れたみたいに感じたけど、確かに流れそのものを持ち上げたみたいにも見える。
「うん、そう見える」
「これは私が持ち上げたんじゃなくて、私が魔法に
「うー……ん?」
わかるような、わかんないような感じがする。
「魔法が持ち上げてくれた?」
「そうそう、その言い方でもいいわ。川の周りの魔法、っていうか
「
「魔力じゃなくて?」
「そう、魔力じゃなくて。魔力は、そうね……
「魔力で
やっぱり、わかるようなわかんないような感じだ。でも女の子は祝詞も使わずに魔法を使って見せてくれた。だからきっと本当のことを言ってるんだと思う。でもそれがどんなことなのか、なかなかわからない。ぼくはもどかしい気持ちになって顔をしかめて考え込んだ。
「じゃあさ、
「そう! そうよ。すごい、きちんとわかってくれて嬉しいわ。みんな頭の中で神様と関連付けちゃうから、なかなかすんなり理解してくれないの」
あれ、いまなんかすごいこと言わなかった?
「魔法は神様と関係ないの!?」
この世界のことは神様が守ってくれてる。魔法みたいな不思議な力は、貴族とか魔法使いとか、そういう特別な人に神様が使うことを許してる。ぼくはそうやって聞いてた。だから母さんもよくお祈りをして神様にみんなが健康になるようにお願いしてる。父さんもそうだ。だから魔法が神様と関係ないかもしれないなんて、すごく奇妙な話だった。
ぼくの質問に女の子は一瞬迷うようなそぶりを見せたけど、答えてくれた。
「……えっとね、関係なくはないみたいなの。その辺のことはまだ私もよくわからないんだけど、神様を信じる気持ちとか、祝詞を正しく唱えるとか、そういうことが魔法に関係してることは事実よ」
「関係はあるの?」
「んー、そうね……神様と魔法は関係ある。そう思ってる方が魔法はよく使えると思う」
なんだか不思議な言い方だった。ぼくはいままで、神様が魔法使いに魔法を使わせてくれるんだと思ってた。でも女の子の言い方だと、魔法を使うのに便利だから神様がいる、みたいな感じだ。
「神様はいないの?」
「あ、なんだか根本的な問題になっちゃったね」
すごく難しい話をしてるのに、女の子はなんだかずっと軽い調子だった。でもこのときだけちょっと真面目な顔になると、ぼくのほうにまっすぐ顔を向けて話しだした。自分の両足のかかとの上に背筋を伸ばして座ってる女の子の顔は、草の上にあぐらをかいて座ってるぼくの顔よりもちょっとだけ高かった。
「……神様はいるわ。神様にきちんとお祈りすることは大切なことよ。そのことは必ずあなたを助けてくれる。……毎日お祈りしてる?」
「うん……ご飯のときとか」
「そう、それはとてもいいことよ。毎日お祈りして、きちんと神様に感謝して。お願いよりもお礼をいっぱいするといいわ。……魔法は神様と関係があるの。神様にきちんとお祈りしていれば、たとえ魔法が使えなくてもあなたにとっていいことが起こりやすくなるわ」
うん、なんだか母さんから聞く教会の話みたいになっちゃったな。でもなぜか女の子が話してくれたことは、母さんから聞く話とはちょっとだけ違う話に感じた。
「……魔法は使えるようにならないの?」
神様の話も大切だと思ったけど、ぼくの興味は結局そこだった。
「ああ、そうね。どうかな。使えるようになると思うわ」
「……だれでも使えるんじゃないの?」
「うん、たぶん誰でも使えるよ」
なんだかちょっと適当だな。
ぼくが少し不満そうに見えたのか。なだめるようにぼくの腕をぽんぽんと叩きながら女の子が膝立ちになった。
「ねえ、手を貸して、さっきみたいに」
そう言ってぼくの正面に膝立ちで移動してくると、さっき治癒魔法を使ってくれたときみたいにぼくのほうに両手を差し出した。その後ろではまだ水の橋がきらきらと流れてて、まるで女の子の背中から羽が生えてるみたいに見えた。ぼくは魔法のことを考えてるのか、女の子とまた手をつなげるってことを考えてるのか、どっちつかずの考えのままその両手をとった。
「体感するのが一番早いと思うの。さっきみたいに目を閉じて、体の内側に意識を集中するようにしてみて」
ぼくは言われた通りに目を閉じて、体の内側ってどこだろう? ってさっきと同じことを考えた。
「どんな感じ?」
「……両手が少しあったかい」
「両手だけ?」
「腕と……だんだん背中もあったかくなってきた」
「うん。そのあったかい感じは止まってる? 動いてる?」
ぼくは背中のあったかいかんじに気持ちを集中させた。
「……止まってる? ……ちがう、ちょっと動いてる」
「どんな感じで動いてる?」
「……じんわり動いてる。……あれ? ……結構早く動いてる」
「どっちに動いてる?」
「左肩から右肩に。……あ、左手から来て右手に行ってる?」
そう口にした途端、ぼくは
「回ってる! 手を伝ってぐるぐる回ってる!」
「そう! すごいね、すぐわかったね!」
女の子は本当に嬉しそうにそう言って弾けるような笑顔になった。
「これが
「これが
「そう。これがあなたの体の中とか、地面とか水とか、空気の中にたくさんあるの」
「くうき?」
「あ、えっとね……風? うん、風の中にもたくさんあるの」
わかる? と言って女の子が首をかしげる。
「うん、わかる……わかる!」
そう、わかったんだ。女の子が「風」って言った途端に、二人が繋いだ手でできた輪の内側に風が起きたんだ。でも本当の風じゃなくて、ちょうど『笹舟』を見つけたときみたいに、なにかが二人の間をくるくると回ってるのがわかった。
「これが
ぼくがもう一度そう呟くと、女の子は「離すよ」と言って繋いでた手を静かに離した。二人の間をぐるぐる回ってた
「そう。魔法を使うっていうことは、
ぼくは自分の周りの
「きみって……すごいね。ぼく、そんなことこれまで聞いたことなかったよ!」
貴族の人たちとか、物語の中だけのことだと思ってた魔法が目の前で見られただけでもすごいことだった。なのにそれだけじゃなくて、いままで聞いたこともなかった
「……これで魔法が使える?」
ぼくはそのとき、もう魔法が使える気になってた。
ぼくも魔法使いみたいにいろんな不思議なことができるようになったんだ!
でも女の子はあっさりとそれを否定した。
「まだ無理かな。
「え……まだ使えないの?」
ぼくはさっきまで自分が魔法を使えるようになるなんて思ってもいなかったのに、
「そんな……どうやったらわかるの?」
「んー……」
女の子はぼくを見つめたまま首を傾げて考える。考え事をするときに相手をじっと見つめるのはクセなのかな。見つめられて照れくさい気持ちになりながら、ぼくは女の子の答えを待った。
「どうして魔法が使えるかがわかるためには、世界のいろんなことがわからないといけないんだよね……」
そう言ってふっと女の子は空を見上げた。
「……ねえ、あなたってずっとここにいていいの?」
「あっ!」
そうだった! みんなが戻ってくる前にヴィーゼのところに戻らなきゃ!
ぼくはそれを思い出してひどく焦った。
「どうしよう。もう戻らなきゃ」
「大丈夫?」
「わかんない……」
ぼくは立ち上がってお尻についた草を払った。女の子も一緒に立ち上がる。
「あの……いろいろ教えてくれてありがとう」
「どういたしまして。私の方こそ、私を……『笹舟』を見つけてくれてありがとう」
魔法のことがもっと聞きたかったけど、もう戻らなきゃ。もっと魔法も見せてもらいたかったけど。もっとずっと一緒に居たかったけど。
「ぼく……ぼくはミルコ。……きみは?」
時間を気にして心配そう表情をしてた女の子は、ぼくが名前を告げるピクッと眉を動かした。そしてゆっくりと笑顔になった。
「あぁ……ありがとう。ありがとう! 自分から名前を言ってくれてありがとう。さすが男の子ね」
なんだかすごく喜んでくれてる。貴族は男の子から名前を言わないといけないのかな。
「ミルコ……ミルコっていうのね」
女の子はそう言ってちょっと間をおくと、さっきとは逆にぼくを見上げたまま1〜2度呼吸で胸を上下させてから口を開いた。
「私はアーシャ」
「……アーシャ」
名前を教え合ったのがそんなに嬉しかったのか、少し頬を赤くしてちょっと首を傾げると、アーシャはぼくを見上げて言った。
「よろしくミルコ」
「うん、よろしくアーシャ」
そうやって挨拶を交わすと、ぼくはなぜかまたすぐアーシャに会えるという気持ちになった。
「じゃあまた」
「うん、気をつけてね」
ぼくは名残惜しい気持ちのまま振り向いて小川を飛び越えると、もと来た小川の下流へ向かって駆け出した。滝のところから振り返ると、きらきら光る小さな水の橋の脇で、アーシャがぼくに向かって手を振ってた。胸の前で小さく手を振るアーシャを見てぼくは、本当はやっぱり妖精なんじゃないかって思った。
行きに登ってきた滝の脇の岩場を滑るように降りて、蔦の壁をすり抜ける。岩を踏み外さないように気をつけて、小川を左右に飛び越えながら、ぼくは急いでヴィーゼのところに戻る。でもあまり急ぎすぎて途中で動けなくなったら、きっとみんなが心配ちゃう。それにそんなのとっても情けない。ぼくは転ばないように、疲れないように、でも遅くならないように気をつけながら、岸辺の草葉をかき分けながら戻っていった。汗が頬を伝って、首から胸元へと落ちていく。
あれ? 声がしてる?
遠くでだれかの声がしてる。女の子の声だ。っていうかエルマの声だ。ぼくを呼んでる。
しまった! もうみんな戻ってきてるんだ!
ぼくは疲れないように気をつけてることを忘れて、全速力でヴィーゼのいる切り株のとこへ駆けていった。
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