011 ストロジオ

 井戸端では、テオドーアを含めてクァトロの大人が3人、そしてぼくと同じクィンクの子どもたちも数人いる。


「おはよう!」


 わざと大きな声であいさつしたらみんなが元気になる、そしたらみんなが怪我しない。ってダニロが教えてくれた。ダニロはやんちゃだけど、なぜだかいろんなことを知ってるんだ。


「やあ、おはよう」

「おはようミルコ」


 みんなで口々にあいさつをしてると、子どもたちを見渡しながらテオドーアが声をかけた。


「これで全部?」

「あとエルマだね」

「エルマで全部?」

「そう、あとはエルマだけ」


 別のクァトロがそれに答え、お互いに忙しなく確認し合う。クァトロの大人たちはおしゃべりで、子どもみたいに陽気で明るい。ぼくたちの親、クィンクの大人たちみたいに怒ったり叱ったりもほとんどしない。彼らがぺちゃくちゃと話しながらツンツンと尖った髪の毛を揺らしてる様子は、楽しくてなんだか安心する。


「おはようミルコ。わたしが最後?」


 エルマのことを話してると、ちょうど本人が井戸端に現れた。


「おはようエルマ。そうだね、エルマで全員みたいだよ」


 同い年のエルマも、ぼくが一緒にいて安心できる人の一人だった。従姉のアルマと名前が似てるから、小さい頃はアルマとエルマが姉妹だと思ってたっけ。ってぼくはいまもまだ小さいけど。


「おはようエルマ」

「これで揃ったよね?」

「そうだね、これで全部だね」

「うん大丈夫」

「じゃあ行こうか」


 テオドーアたちが口々にそう言って、子どもたちを引き連れて歩き出した。




 旧い東門を出て坂を下ってく。ぼくの住む街は城壁で囲まれてる。その城壁は二本の川に挟まれた低い丘を囲むように建ってた。川は北と南にあって、だから旧い東門を出ると川に挟まれた城下の低い地面まで坂になってる。坂といっても建物1階分くらいしかないから、少し先にある森の梢はぼくの背よりもずっと高い位置にあった。だから顔を上げると、森が壁みたいに街の向こうに立ちはだかってる。東の城下は、南北の川と東の森と、それと城壁に囲まれた小さな範囲に建物がひしめくように集まってる街だった。


「おはようみんな」

「おはよう、これで全部?」

「全部いるね」

「城下からは大人は来ない?」

「来ないよ、僕たちだけ」

「うん、僕たちだけ」

「大丈夫だね」

「うん大丈夫」

「じゃあ行こうか」


 テオドーアたちがぺちゃくちゃと話し合って、子どもたちがだれも何も言わないうちにまた出発しちゃう。うん、クァトロたちが集まるとだいたいこんな感じになるよね。

 東の城下からは子どもたちだけが合流した。子どもたちは全部で13人、クァトロの大人が3人。合わせて16人で森に行く。


「レオン! おはよう!」


 森番小屋のそばまで来ると、テオドーアが大きな声で声をかける。いつもレオンが座ってお茶を飲んでるつくえには、今日は珍しくだれもいなかった。

 小屋の裏手からレオンが姿を現す。


「ああ、おはよう。ちょっと待ってろ、すぐ連れてくる」


 そう言ってまた小屋の裏手に戻っていった。


 連れてくる……? ヴィーゼかな?


 小屋の裏手に厩舎があって、レオンが動物を世話してるのはぼくも知ってた。みんながヴィーゼって呼んでるから、メスの馬なんだと思う。そう思って待ってると、レオンが見たことのない動物を連れて戻ってきた。


「うわぁ……!」


 子どもたちが一斉に声を上げる。ぼくも一緒になって声をあげた。二本の足でのっしのっしと歩いてくる。馬くらいの背丈で、でも顔は鳥みたいだ。長い首を少し前後に揺らしながらレオンの引く手綱をたわませたまま大人しいてきてる。


 これって……ぼく、聞いたことある! これって……、これって……


「ストロジオだ!」


 だれかが大きな声で叫んだ。


「そうだ、ストロジオだ!」

「すげえ! 初めて見た!」


 子どもたちが口々に驚きの声を上げる。


「その通りだ。よく知ってるな。……っていうか、おまえらヴィーゼがいるの知らなかったのか?」


 レオンがのんびりと、少し眉を持ち上げながら聞いてきた。


「ヴィーゼって馬じゃなかったの?」


 エルマが、ぼくが聞きたかったことを聞いてくれる。


「ああ、そうか。いや、馬じゃない。ヴィーゼはストロジオだ」


 なんと、ぼくがずっとメスの馬だと思ってたヴィーゼは幻の鳥、ストロジオだったらしい。確かに馬だと確かめたことは一度もなかった。見た目は鳥の脚なのにしっかりと太い二本の足。ふわふわで柔らかそうな艶やかな黒い羽根。そして渡り鳥みたいに長い首の上に、クィンクやクァトロみたいに前を向いた二つの目。首から上はピンク色の肌が露出して、顔はまるでふざけて作り物のくちばしをつけたクァトロみたいだ。頭のてっぺんにツンツンと羽根が数本立ってる様子がまた、クァトロたちによく似てた。


「ぼく、ずっと馬だと思ってた」

「わたしも」


 ぼくが思わず口にすると、エルマもそうだったと教えてくれた。


「そうか。ストロジオは珍しいから、大人たちにはあまりおおっぴらに話さないように言ってあるんだ。だからみんなのご両親も何も言わなかったんだろう」


 レオンが理由を教えてくれる。


「それに、こいつらはとても賢い。ヴィーゼはとくにそうだ。だから自分で姿を見せる相手をきちんと選んでる。気配を隠すのもうまいからな」


 そう言ってレオンはヴィーゼの首の裏を撫でてやる。ヴィーゼは気持ちよさそうに目を閉じてされるがままにしてた。こんなに大きいのに、なんだかとってもかわいい。


「触ってもいい?」


 エルマがレオンに聞いた。


「ああ、いいぞ。っていうか、今日は一緒に森に行くんだぞ」

「うそっ、一緒に行くの?」

「わあっ、ほんと!?」


 レオンの言葉を聞いて、子どもたちがまた一気に騒がしくなった。ぼくもそうだ。ストロジオと一緒に森に入れるなんて、すごい!


「あんまり足元にまとわりつくなよ。蹴られると骨が折れるぞ」


 ひっ、と言う声とともに一気に子どもたちがヴィーゼから遠ざかる。骨が折れると聞いて急に怖くなったんだ。それを見てテオドーアたちがケラケラと笑ってる。レオンはなんでもない顔をして、そんなに怖がらなくていいと子どもたちに注意事項を伝え始めた。


「ストロジオは基本的にとても頭がいい。だから口で言って聞かせてもある程度いうことを聞いてくれる。ヴィーゼはこの地方の発音に慣れてるから、みんなの言うことも理解できるはずだ」

「すげー」


 だれかが思わず声を上げる。


「ただ言葉だけじゃなく、感情もよく理解する。いたずらを仕掛けたりからかったりするとそのことに気がつくぞ。ストロジオはおまえらクィンクよりも傷つきやすいし、それに言い訳も効かない。機嫌を損ねると蹴られて骨が折れるから注意しろ」


 たしかに、馬みたいに大きな動物なんだから蹴られたらとっても痛そうだよね。


「でも普通に接する分には問題ない。それに丁寧な言葉はかえって伝わりづらいから、話し方はむしろ気を使わないで友だち同士のように話すといい」


 ぼくは絶対に蹴られたくなかったから、レオンの話す注意事項を真剣に聞いてた。隣でエルマもまばたきもせずに聞いてる。エルマ、それ目が乾くよ。


「背中に小さなコブがある。このコブの前が少し平らで、ここに座って乗ることができる。……ちょっと来い」


 そう言ってレオンは徐ろに近くにいたぼくを持ち上げると、ヴィーゼの首を跨ぐようにしてぼくを乗せた。


「わ、わ、わ……」

「大丈夫だ。羽の付け根にヒザ裏をあてて……そう、そうだ。手は自分の膝とヴィーゼの首の間……そう、そこの皮は少し柔らかくて掴みやすいから掴んでいいぞ。それくらいはヴィーゼは痛くないから大丈夫だ」


 なんだか変則的な肩車みたいな感じだ。でもコブのおかげで普通に座ってられる。


「ストロジオは大人でも乗れる強さがある。南の方の国では、馬では歩きにくい砂の上をストロジオに乗って移動するそうだ」

「南の国にはたくさんいるの?」

「幻の鳥なんじゃないの?」


 子どもたちが口を挟む。


「別に幻でもない。ただ、賢くて隠れるのがうまいから見つけにくいし、そもそもこの地方にはほとんどいないんだ」


 レオンがそうして話してる間、ヴィーゼはぼくを乗せてのっしのっしとみんなの前で小さく円を描くように歩いて見せた。


「……どうだ、案外快適だろう」

「うん、あんまり揺れないね」

「そうか、そうだな。これでも本気を出すとけっこう速いんだぞ。ああ、背中は軽く曲げたくらいで……そう、そんな感じだ」


 そう言ってまた前触れもなくぼくを持ち上げるとさっさとヴィーゼから降ろしちゃった。


「つぎわたし乗りたい!」

「ぼくも!」


 子どもたちがレオンに我も我もと群がってく。


「だめだ、見本は十分見せた。これ以上グダグダしてると森に着けなくなるぞ」


 そう言って素っ気なく子どもたちを振りほどく。レオンはむすっとした表情やぶっきらぼうな話し方の割に子どもたちに優しい。でもその扱いは割とぞんざいだ。わぁっ、と声をあげながら、振りほどかれた子どもたちがころんころんとレオンの周りに転がった。

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