第5話 別れ

 俺たちは動けそうな大人に片っ端から声をかけて漁港を目指した。波がどんどん高くなってきた。たまに波の間から見えるあの人……胸騒ぎがおさまらない。


「千晃!あれ……母ちゃんじゃない……?」


──ドクンッ


 心臓が一度だけ大きく動いて時が止まったように周りが静かになった。

「行くよ!!!!」

 清良が強く引っ張って引きずり歩こうとするが、俺は足に力が入らない。血の気が引いていくのがわかる。


バシッ!


「おいっ!!しっかりしろ!千晃の母ちゃんは助かるに決まってんだろ!じいちゃんを信じろ!!」

 マナトに叩かれた背中が熱くなってきた。背中から身体の隅々まで血が回る。グッと握りこぶしを作った。

 こんなところで俺は何してんだよ!今みんな頑張ってるんだ!母ちゃんも!おっちゃんも!

──勝手に負けてんじゃねぇよ俺!!


「うわあああああ!!!!」


 叫びながら走った。そうでもしないと俺の中の弱いやつが地の底まで引きずり落とそうと狙っているように思ったんだ。


「うわあああああ!!!!」


 マナトも。清良も。


「うわあああああ!!!!」

 三人で漁港めがけて突っ走った。


「千晃!」

 俺たちの姿を見つけて清良の父ちゃんが駆け寄ってきた。

「父ちゃん!母ちゃんは!?」

「あんぁ。清良も一緒だったんか。千晃!お前の母ちゃんがなぁ、あそこんに!」

「ん。知ってる」

「そうか。あの町長大バカ野郎が島を見んに行くっつって聞かんから!母ちゃんが連れてったんだぁ!」


「くっそぉ!!親父ぃぃぃぃ!」


 膝から崩れ落ちたマナトが怒りをあらわにして叫んだ。

 そうか。マナトは町長の息子だったんだな。


「あんれが町長の……」

 漁港に集まった大人たちがマナトを囲み、口々に好き放題言い初めた。


 やめろよ。やめろって。


「うっせぇよ!!!!!」

 マナトを抱き抱え、海を見た。

 波が高くて見えねぇ。

──くっそ!!!


 見えた。



 今のは……。おい。今のは……。

 隣の清良を見た。固まっている。見たんだな。同じ光景ものが見えたんだな。

──マナトは!?

 恐る恐るマナトの顔を覗き込んだ。

 顔面真っ青だ。



──見たのか。



 

 海に飛び込んだおっちゃんが母ちゃんを船に乗せた直後、波に飲まれて見えなくなった


 

 漁港から出た船が到着し、乗り込んでいた漁師おっちゃんたちが船を港に戻してくれた。母ちゃんは意識がなかったが無事だった。俺は母ちゃんの病室で台風が通りすぎるのを待ち、翌朝俺は漁港に向かった。清良がいた。漁港の片隅でうずくまるマナトの横に立っていた。清良の顔から表情が消えていた。


 ぼぉぉーーー


 港に船が戻って来た。

 穏やかすぎる海。

 清良の父ちゃんがおっちゃんを抱えて船から下りてきた。



──おっちゃん、おかえり



 清良の父ちゃんはおっちゃんを抱えたまま海沿いの道を歩いた。清良とマナトも後に続く。

 本来なら漁港の船が並んで一斉にエンジンをかけるのがこの地区の慣わしだが、台風前に陸揚げしたのでできない。

 だが、おっちゃんの店まで沿道に町民が並んでいた。大人から子供まで、この地区の住人全員だ。



 おっちゃん、見てるか。みーんな来てんぞ。

 おっちゃん、今日も穏やかな海だぁ。

 おっちゃん、愛別島だ。見えるか。

 おっちゃん、一緒に酒飲めなかったなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る