第4話 台風

『なお、この台風三号は勢力を保ったまま……』

「えぇーー!真上通るやないの!もう!!」

 朝から母ちゃんが声を張り上げている。せっかくの夏休み初日なのに早起きしてしまった。

「あぁ、千晃おはよう。今日は母ちゃん陸揚げ……」

『速度を上げて未明には……』

「えぇーー!!急がんとやわ!」

 台風前の漁港は対策に追われる。


「母ちゃん、リュウのこと覚えてる?」

 今言うのもなんだけど……。

「え?あぁ。え?誰やっけねぇ……」

 覚えてるだろ、その反応。

「俺昨日会ったんだよなぁ」

 母ちゃんが手に持っていた弁当を落とした。あぁ。俺の弁当……。

「会うって……だ、誰に!?リュウはもう……」

 弁当の中身を拾って弁当箱に詰め込む母ちゃん。それ……俺の昼飯だよな……。

 ってか、やっぱり覚えてたんだな。しっかりと。

「リュウの兄貴な」

 悲報、再度俺の弁当落とされる。

「マナ……やっぱり来たんやね。とおるが戻ったから絶対にそうやと……」

 ぶつぶつ言いながら弁当箱に……。はぁぁ。ぐっちゃぐっちゃだ。


「母ちゃんもマナトのこと知ってたんだな」

 また俺の弁当……が落とされる前にすかさずキャッチ。

「知らん!なぁんも覚えとらん!!」

 そう言いながら母ちゃんが平静を装って弁当を包みだした。

マナトあいつすげぇんだ!」

 俺は気にせず喋り続ける。これだけ動揺している母ちゃんは珍しい。俺って意地悪なのかな。

「あいつ昨日イルカと波に乗っていたんだ!」

「イルカ!?」

「そう。俺見たんだ!日食の時にイルカが来るって本当だったんだな!めちゃくちゃ気持ち良さそうに……」

 

「千晃っっっっっっ!!!!!」


──!?

「千晃!これ、清良ちゃんとおっちゃんの分。はよ持って行かんね!はよ!」

 あ、あぁ。母ちゃん?

「ほら、はよ!」


 追い出された。

 何だよ。


 仕方なくおっちゃんの店に歩きだした。

「千晃おはよう!」

 清良が背中をポンと叩いた。

 ……なんか救われた。

「おぅ」

「波が高くなってきたね。明日台風だってね。父ちゃん急いで漁港に行っちゃった……。マナトくんのこと話したかったんだけどな……」

「やめとけ!」

「え?なんで?」

「いいからやめとけ!」

「なんでよー!」


──なんかあるからだよ


「なによー!もう!」

 清良は足早に歩く俺を追い抜かし、俺よりも早いスピードで歩いた。


「おっちゃーん!」

「おぉ!きよら!」

 だから俺も……

「ちあき!来たかぁ!ほんれ!出てこ!」

 ん?

「よぉ。」

 マナトが店の奥から出てきた。

「ちあき。マナトだぁ。ほんれ!マナぁ、ちゃんと挨拶するんやぁ」

「あ、俺、甲斐かい千晃ちあき。よろしく」

 無視スルーされるかもしれないが俺は手を出した。

「よろしく。俺は小野マナト」

 マナトの手が俺の手と重なる。

──なんだ。いいヤツじゃないかよ。

 しっかりと握手を交わした。

「んん。んん。おまぃらは一緒じゃぁ。やっと会えたんじゃぁなぁ」

 おっちゃんが満足そうな顔で店の奥に入って行った。目に涙を浮かべて。


「千晃!!!おっちゃん!!!」

 清良が裏返った声で叫んだ。

「あの船の先見て!!」


「!!!!!!!」


 ヤバい。人が波に飲まれそうだ。

 あの時と……俺が小さい頃に見たあの波と一緒だ。


「じいちゃん!!!」

 そう言ってマナトが海に駆け出そうとした時、

「船を出すんやぁぁぁ!!!」

 おっちゃんが店を飛び出した。おっちゃんの船はまだ陸揚げされていない。おっちゃんは俊敏に準備し、船に飛び乗りエンジンを回した。普段のおっちゃんの姿からは想像もできない。


ぶぉおおおおおおおおおおお!!!!!


 エンジンが雄叫びをあげた。

「じいちゃん!俺も連れてけ!」

「んやぁ!マナぁは残れ!港んに大人を集めぇとけぇ!!」

 俺たちはその言葉に従って港に向かった。遠くでおっちゃんの叫びが聞こえた。


「飲んまれるなぁぁ!!飲んみ込まれるんじゃぁねぇぞぉ!!!!!」

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