第3話 記憶

千晃ちあき!あんた何してんの!?」

「ん……」 

 何って……。見てんだよ。あいつとイルカを……

──って!

清良きよら!?」

「だーかーら!ここでなにしてんの!」

「清良こそ何してたんだよ!学校は!?」

「へ?」

 ほら。ほらな。そうきたよ。そうだと思ったよ。

「夏休みは明日からですから!」

「えぇぇぇーーー!!」

 崩れ落ちる清良。俺は干していたリュックを引き寄せ、先生から預かったプリントを清良に差し出した。

「って!何でびしょ濡れなのよ!!」

「あー……。そこに入って濡れた」

「は!?何?濡れるってわからなかったの!?」

 いやぁ。ごもっともですよ。何で海に突っ込んで行ったんだろう。おかげで何もかも濡れてこの有り様ですよ。

「え!ちょっと待って!千晃……海に入ったの!?入れたの!?今日まあまあ波あるよ?」


「もういいかな!」

 波除ブロックの下でイルカ男あいつが叫んだ。

「あ!マナトくん!」

 マ ナ ト く ん ?

 え?お知り合い?清良ちゃん、イルカ男とお知り合いですか?

「きよら。あった?」

 あのー……。

「あったよ。はい!」

 手渡された焼きそばパンを受け取り、清良の横に座って頬張るイルカ男マナトくん


──何この空気。


「マナぁ!んぁぁ。きよらもおったんかぇ。」

 振り向くとおっちゃんが道路で叫んでいた。

 いや、俺もいるんですけどね。

「マナぁ!とおるが探してんぞぃ。はよ行けぇぃ!」

「はぁ……。わかった。きよら、ありがとう。本当においしいな、これ」

「うん!」

「はぁ。めんどくさっ」


──あれ、俺取り残されてる?

 

「じゃあ、また」

「うん!ばいばいマナトくん!」

「んじゃぁなぁ、きよらぁ!」

「うん!おっちゃんばいばい!」



「…………。」

「…………。」



「で?」


「……何?」



 何じゃねぇよ。マナトって何だよ。誰なんだよ。おっちゃんまで知ってんのに何で俺だけ知らないんだよ。

「さっきのヤツとどういう関係?」


「え!?えーっと……」

 動揺した?今動揺した!?

「千晃はマナト君と会うのは初めてなの?」

 あぁ、そうだよ。イルカと並走あんなの見るのも初めてだよ。

「おぅ。」

「そっか……。」



「…………。」



「だからー!」

「千晃はさー、リュウのこと覚えてる?」

「え……?」


 聞いたことあるぞ。いや、俺が「リュウ」って何度も言ってたんだ。リュウ……悲しい響きだ。何でか胸が締め付けられる。


「ほら、私達さ、どこで出会ったか覚えてる?」

 清良と俺俺たち……。あぁ。そうだった。病院だ。

小さいあの頃の私達、もう長く生きられないって言われてたでしょ。」

 実際には大きくなってから母ちゃんに聞かされたんだけどな。あの時は身震いしたな。

「その時同じ病室にいたのがリュウ。私達は同じ原因不明の病気でずっと一緒の病室部屋だった。何をするにも一緒で、私達はすごく仲良しだったんだって。」

 あぁ……なんとなく思い出した。


「…………。」


 清良はそのまま黙って泣き出した。

──わかるよ。

 俺はほとんど覚えていないけど、リュウって名前を聞いたときから昔の感情がよみがえって悲しくなっていた。


 どれ位経っただろう。俺たちは黙ったまま波の音を聞いていた。昼間とは違っていつも通りの穏やかな波だ。気付けば太陽が愛別島と並んでいる。空がサーモンピンクに染まる頃、清良が、


「リュウは亡くなったの」


 そう言ってまた泣き出した。

──そうだったな。俺たちが奇跡的に回復した日、リュウのベッドがからっぽになった

 

 その日のことはなんとなく覚えてる。大人たちが全員泣いていたから。母ちゃんが泣いて泣いて……俺を強く抱きしめたから。


「マナト君はね、リュウの双子の弟。おっちゃんは二人のおじいちゃん。」


──あぁ。そういう事だったんだ。


「帰ろっか」

 俺は立ち上がった。もうすっかり暗くなった。靴もリュックもしっかり乾いている。

「……うん」

 

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