第63話 砂塵の機構世界3

 体が重い。

 どことなく懐かしい感覚。

 そう、これは幼いころによく経験したものだ。

 限界まで肉体を行使し、体が悲鳴を上げている。

 どうしてそんなことをしていたのかと言うと、自分自身の存在価値を示したかったからだ。

 努力すれば報われる、そう必死にもがいていた。


 まどろむ意識の中、真っ暗な世界に1点の光が現れる。

 その光は何かを伝えたいようだが、うまく聞き取れない。

 何をしていたんだっけ?

 ぼんやりとそんなことを考える。


 重要なことを忘れている気がするが思い出せない。

 ゆっくりと瞳を閉じると、少しずつ何かを思い出していく気がした。

 ……そうだ俺は異世界に召喚されたんだ。

 そうして、重要な任務を任された。


 でもどうにも俺自身が頑張る必要性はなさそうだった。

 俺のように呼ばれた存在が何人もいて、皆がとても特別な人たちだったからだ。

 彼らはこの世界に来てから特別な力を授かった。

 俺たちを召喚した魔法使いも絶賛していた。


 無論、小さなころから特別な力に触れてきた自身にとっては微弱な力。

 それでも日々鍛えていくうちに彼らはどんどんと強くなっていった。

 きっと俺の力は必要なくなるだろう。

 だから自分はマイペースに流れるままに身を委ねていた。


 でもそんな中、自分が許せなくなる出来事が起こったのだ。

 助けられる命だった。

 俺が本気を出していれば……。

 そう考えたのは数えてもきりがない。

 自らの怠慢で彼らの命を救ってやれなかったと、ひどく後悔した。

 どういうわけか、結果的には命が戻ったが、それでも後悔の念が大きかった。


 そんな思いの中、出会ったのがこの世界に蔓延る奴隷だ。

 人であるのに人でない扱いを受ける彼ら。

 以前の自分を見ているようだった。

 抜け出したいのに抜け出せないどうしようもない世界。

 そんな世界は間違っている。

 だから俺は彼らを助けたいと思うようになった。


「……様……丈夫……!?」

「しっかり……如月!」


 淡い光が発している言葉が徐々に聞き取りやすくなっていく。

 そうだ、俺は捨てられた奴隷の子を拾った。

 彼女、フェリシアのことはまだよくわからない。

 よくわからないが、猛烈に救ってあげたいと感じだのだ。

 軋む体を無理やり覚醒させようとするが、うまく動かない。

 まるで金縛りにあっているような感覚だ。


「ご主人様!」

「怪我ではないようなんだが……」


 今度ははっきり聞こえた。

 意識も覚醒するがうまく体を動かせない。

 うぅ……どうやらエーテルが切れただけじゃないみたいだ。

 普通であれば多少気を失ってもすぐ起きることができる。

 何か毒が回っているようなそんな感覚。


 ぺちぺちとロイスが頬っぺたを叩いてくれた。

 それがきっかけとなり、どうにか体を動かすことが出来るようになった。


「……うぅ」

「大丈夫か如月!?」

「あ、あぁ、体がめちゃくちゃ重い……」

「体が重い? MP切れか? いや……やっぱりあの薬が……」


 MP切れ、という考え方は間違いではない。

 飛行魔術に合わせていろんな魔法を使った。

 いや使わざるを得なかったというべきだろうか。

 それよりロイスの言葉に引っ掛かるところがあった。

 あの薬?

 薬といえばマジックポーションを飲んだくらいなのだが……。


「如月、マジックポーションは危険なアイテムなんだ」

「どういうこと……だ?」


 彼女の言葉に絶句する。

 エーテルを補充できるとてもすごいアイテムだと思っていた。

 ……ちがうのか?


「その薬はMPを補充することができるが意識障害の副作用が出るのだ……」

「意識障害……?」

「ああ、だから勇者たちには渡していなかったんだ。 戦闘途中に気絶すればどんなに強い戦士でも終わりだからな。 まぁ……1本程度であれば少し休めば動けるようになる」

「……どうりで体が重いわけだな」

「まだ持っているのか?」

「あと2本ある。 でもこれがないと、このあとの階層を進める気がしないな……」

「うぅむ……悩ましいな」


 こんな副作用があるなんて知らなかった。

 でもこれが無ければ魔法を使えない。

 だから飲まざるを得ない。

 ロイスも戦力には数えられるだろうが、一般的な敵に対してのことだ。

 ここはなんだかおかしい。

 奥へ一切通す気がないそんな感じがする。

 馬鹿げた化け物が生息してる魔窟といっていいだろう。

 いや、そもそも化け物なのだろうか?

 見た目は完全に機械そのもの。

 モンスターの類には到底分類できるものではない。


「そうだ。 ロイスのMPはどのくらいあるんだ?」

「私のMPか? 魔法は得意な方ではないから1500くらいといったところだろうか」

「そんなにあるのか」


 羨ましい。

 俺は前見た時144だったので約10倍。

 これを使えればエーテル不足は解消する。


「それを分けてくれないか?」

「分ける? それは構わないが、分けると言われて分けれるもんじゃないぞ?」

「まぁ見ててくれ」


 ロイスの首元に手を添える。

 ひゃう! っと変な声を出していたが気にしない。

 まずエーテルの波長を合わせる。

 波長とは一人一人がもつその人のエーテルの形のようなものだ。

 指紋みたいなもの、と言えばわかりやすいだろうか?

 この操作ができなければ話にならないが、長年研究してきた俺だからこそできる芸当だ。

 

 暖かいものがロイスから流れてくるのを感じる。

 その人の持つエーテルの形は、その人そのものだと言っても過言ではない。

 悪意を持ってる人には悪意を持った波長が、正義を持っている人には正義をもってるような波長が現れる。

 いずれも感覚的なものではあるのだが、なんとなくそんなことがわかる。

 ロイスのエーテルはものすごく真っすぐで、正直なエーテルだ。

 聖騎士と呼ぶものに相応しい、そんな印象を受ける。


「おおお……、何かが吸い取られていく気がする」

「それがお前たちの言ってるMPってやつだな」


 動けなくなっていた体が元に戻っていく。

 量は大したことがないので、すぐに俺のエーテル量はMAXになった。

 一息つきだいぶ楽になった


「終わりか?」

「ああ、助かった。 初めて役に立ったな」

「むぅ……そういわれるとなんだか心外だぞ」

「まぁ冗談だ気にすんなよ。 この回復の手段がなかったとしたらゾッっとする。 ありがとうな」

「べ、別にいいのだがな!」


 幸い軽く頭痛がする程度で進めない程ではなくなった。


「ご主人様、もしよろしければ私のMPも使ってください」

「フェリシアもありがとうな。 だけどロイスの分でだいぶ余裕ができそうだ。 それにお前はまだ安静にしてたほうがいい、気にせず俺たちに任せていてくれ」


 背後を見るとガリガリと氷壁を削る金属ワームが俺たちを狙っていた。

 もう少し遅ければ食い破られてたかもしれない。

 氷壁を厚くし、念には念を重ねる。

 これならしばらく襲ってくることはないだろう。

 いまは後ろのことなんかは気にしていられない。

 ただ、前に進んでいくのみだ。


 第一層の塔と同様に、通路を抜けるとドーム状の広い場所に出た。

 金属で覆われた円形状の空間に、再び不可思議な人形が一体佇んでいる。

 全く同じ光景だった。


 もしや一層一層のボスはあいつだけなのか?

 それならばありがたい。

 あいつは再生もしないし、バリアで破壊することが可能だからだ。


「さっきの階層と同じやつだな」


 ロイスがぽつりと話しかけてくる。

 SFファンタジーに出てくるような金色に輝く流線形のボディ。

 埋め込まれた5つの巨大な宝石が怪しさを際立たせるが、すでに戦った相手だ。

 だがロイスは白銀に輝く剣を油断なく構える。


「どうする? さっきみたいに如月が破壊するのか?」

「そうだな。 無駄な労力は使いたくない。 さっさと倒せるなら俺が倒す」


 幸いまだあちらに動きはない。

 それならば遠目から分解してしまう方が安全かつ確実な手段であろう。


 エーテルの超平面。

 あらゆる物体を分離する。

 まず上半身と下半身を分断。

 手、足の付け根にかけてバリアを展開し、さらに首を刎ねる。

 瞬時に着弾した攻撃は避けることなど不可能だろう。

 謎の機械兵は音もなく崩れ落ちる。


「……?」


 はずだった。

 この世に切断できない物などない。

 それは覆りようのない真実だ。

 だが、今回は微動だにしなかった。

 物体が存在している以上、それを分断するこのバリアは無敵に近い攻撃手段。

 金属蔦や金属ワームのように再生するならしかたない。

 それでも攻撃事態があたらないわけではなかった。

 だが、こいつは……。


「コード:プロテクション エーテル カッティング」 


 機械兵から謎の言葉が発せられる。

 その瞬間一つの大きな宝石が真っ赤に輝いた。

 

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