第61話 砂塵の機構世界1

 光りに覆われた向こう側。

 そこは一面の銀世界だった。

 通常、銀世界と言えば雪が積もった極寒の地を思い浮かべることだろう。

 しかし、ジリジリと照り付ける太陽は皮膚を焼き、ヒリヒリとする肌からは汗がにじみ出る。

 ぽたりとしたたり落ちた雫は、地面に落下するとジュワッっと蒸発した。

 体中の水分が搾り取られるような暑さだ。

 銀色というのは比喩でもなんでもなく、本当に銀色をした世界だったのだ。

 

 ズシリと重い銀色をした金属の砂。

 相も変わらず何の金属なのかはわからない。

 前方には渦巻く砂嵐。

 その中央には高くそびえる巨大な塔が立っていた。

 この世界でも目的地ははっきりとわかった。

 まだ敵と思しき存在は確認していないが、あの金属蔦に準ずる存在がいてもおかしくない。

 ロイスと俺は金属砂の大地を蹴り、例の塔を目指す。


「とんでもない暑さだな」


 ロイスは額の汗を拭いそうつぶやく。


「その鎧めちゃくちゃ熱そうだもんな」


 彼女はこちらを向いて肯定する。


「ああ、熱がこもって全身蒸されているようだ。 涼しくなる魔法とかないのか?」

「あるにはあるが、MPが勿体ないだろ。 だまって走れ」

「うー……」


 唸り声を上げてもダメだぞ。

 エーテル残量は既に2割ほどしか残っていない。

 節約できるところは節約しなくては。


「そうはいうが、鎧の中がものすごいことになっているんだ。 びちゃびちゃだぞびちゃびちゃ」

「知らねぇよ! 鎧があっついんだよ脱げよ!」

「女の私に脱げだなんて……私をどうするつもりなのだ!?」

「どうもしねぇよ!」

「そもそもフェリシアが涼しそうにしているのはなぜなのだ? まさかその子にだけ涼しい魔法を掛けているのではあるまいな?」


 鋭いところを突いてくる。

 フェリシアはまだ病み上がりなので体に負担をかけるのは極力避けたほうがいい。

 だから魔法を掛けるのは致し方ない。


「フェリシアは特別だ」

「ご、ご主人様。 私のことは良いのですよ……」

「いやダメだ。 まだ体調は万全じゃないだろ?」

「ですが、死にぞこないの私よりもロイスさんにかけてあげたほうが……」

「フェリシアもそう言っているぞ如月。 一人も二人も大した変わらん!」

「いやダメだぞ」

「そんなぁ……」


 ロイスはかっくりと首を落とす。

 俺の脳内にロイスの評価が刻み込まれる。

 お高く留まった騎士様、赤ちゃん言葉で猫をウリウリするやばい人。

 そして貴族特有のわがままお嬢様だ。

 まぁそれも気を許した人にしか見せないものであろう。


 一緒に訓練しているときは一切隙を見せない完璧超人だったし、この国の人々もそんなロイスに羨望の眼差しを送っていた。

 聖騎士隊の人たちはロイスのことを信頼しているようだったし、ちゃんとやることはやれるやつだ。

 でもそんな表の顔は窮屈そうだなと思う。

 裏の顔といっていいのかどうかわからないけど、今のようなわがままな一面もあっていいだろう。

 常に気を張ってたんじゃ心が疲れてしまうからな。

 まぁそれとこれとは別の話。

 ロイスを甘やかしていいということにはならない。

 そもそもあの鎧が悪いのだ。

 あんなものを来ていたら熱いどころじゃない。

 自業自得だ。

 代わりと言っては何だが、移動速度を上げるための魔法は付与している。

 それで許して欲しい。


 足を取られつつも、順調に銀色の砂上をかけていく。

 砂嵐の障壁は近づくにつれてその壮大さに驚かされた。

 舞っている砂は周囲に堆積している金属によるものだろう。

 砂や小石に比べてはるかに重い粒が、とてつもないスピードで吹き荒れている。

 そう考えると、かなり危険なところだろう。


「またへんな怪物がでなければよいのだが……」


 ロイスが俺の気持ちを代弁してくれたかのようだった。


「まぁ確実に出るんだろうな。 砂嵐のあそこには絶対なんかいる」


 そんな会話をしていると地面がぐにゃりと動くのを感じた。

 何かが砂の中を這うようなそんな感じだ。

 互い違いに動き出す何か。


「来たな……」

「た、戦うか!?」

「金属蔦と同じようなものなら戦っててもきりがない。 警戒しながら進むぞ」


 まだ遠くではあるがサメの背びれのようなものが見えた。

 俺たちを中心に円上に並び規則正しく回転する。

 銀色に輝くそれは恐らく金属で出来ているものだろうと思われる。

 それと同時に砂が波のように踊り始めた。

 数がかなり多そうだ。

 あの背びれ一つ一つが敵だというのならば数がかなり多い。

 俺たちを囲む円は直径100mくらいはあるだろう。

 それを埋め尽くすほどの敵なのだ。


 しかしその予想は大きく裏切られる。

 サメの背びれのようだと思っていたものが柱のよう伸びてきたのだ。

 見上げるほどの大きな金属柱。

 それらがぐるぐると俺たちの周りをまわる。

 徐々に伸びていくそれらの足元には金属の刃が備え付けられており、金属柱とは逆方向に回転していた。

 その姿はどこかチェーンソーを思い起こされる。

 一段階それらが上昇すると再び金属の刃が登場する。

 今度は先ほどの刃とは逆方向に動いていた。


 複数のモンスターでもサメのモンスターでも何でもなかったのだ。

 地面が動いているこの下には恐らくあの刃の続き存在する。

 俺たちをミンチにするために。


 この位置から円の範囲外に抜けることは難しそうだ。

 それならば空中に逃げるしかない。


「上に逃げるぞ!」

「あっ! えっ!?」


 ロイスが驚きの表情を浮かべているが説明している暇はない。

 足に精一杯の力を込め、空中に飛び出した。


 それとほぼ同時だった。

 急激に上昇する刃の壁。

 金属砂が完全に姿を消し、眼下には無数の刃が広がった。

 巨大なミキサーというのが正しい表現だろう。


 ……まさかこいつがここの敵なのか?

 足場を作り、空中に上っていくが刃が迫りくる。

 ロイスの悲鳴が聞こえた。

 すぐ真下にはギャリギャリとすべてを引き裂く刃が待っているのだ。

 落ちたら一環の終わり。

 ズタズタに引き裂かれてミンチになってしまうだろう。


「どんだけでかいんだよこいつ!」

「絶対手を放すんじゃないぞ如月ーー!」


 このままでは追いつかれる。

 そう思い、バリアでの切断を試みる。

 しかし、ここまで大きいと照準を合わせるのが難しい。

 何せ、視界がすべて遮られるほどの大きさだからだ。

 ロイスの服がびりっと巻き込まれる。


「死、死ぬぅー!」

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