第59話 新緑の機構世界5
赤色に発光するドロドロに溶けた金属の海。
エーテルの消費量は痛いが動きを止めるにはこれが一番だと考えた。
切り刻んでもすぐに元に戻るし、吹っ飛ばしてもスピードがかなり速い。
半端な攻撃だと追いつかれる可能性があった。
さすがにこの森全体を消滅させることはできないが、周囲を焼き尽くすことは可能だ。
如月家のカグヅチの炎を使えばほとんどの存在は無に返る。
回避したとしてもその熱線で焼け焦げてしまうほど。
しかし、またしても信じられない光景が目の前に広がる。
液体と化した金属の塊は、ウネウネと動き始め再構築されていく。
馬鹿げているにもほどがある。
一体何で出来ているんだあの怪物は……。
幸いにもあいつの動きはかなり緩慢になっている。
「如月急げ!」
既に塔へと到着しているロイスは俺を呼ぶ。
入口へ猛ダッシュ。
再生された蔦が再び動き出す。
高くそびえる津波のような金属の塊が迫る。
敵の行動を遅らせるディレイ。
自身にさらなる加速効果を生むエクスペデイト。
この二つを重ね掛けし、追いつかれる寸前に入口の中へとなだれ込んだ。
「グラシアルウォール!」
凍てつく氷河の壁が入り口付近を覆う。
約2mもの分厚い氷壁。
並大抵の攻撃ではヒビすら入らない。
物理的に防御する、という点に関しては極めて優秀な魔法になる。
エーテルを吸収してしまうあの蔦にも有効に働くことだろう。
少し遅れて例の蔦が氷壁にぶつかる。
多少ヒビが入ったが十分機能を果たしていると言えるだろう。
「なんとか間に合ったな。 それより私は生きた心地がしなかったぞ! あんな高いところから落ちるなんて生まれてこの方初めてだ!」
「そう怒るなよ。 無事だったんだからいいだろ?」
「それとこれとは話が違……ま、まぁ如月が助けてくれると信じてはいたのだが」
「ひとまず安心ってとこか? お前も大丈夫か?」
俺は背に乗せている奴隷の少女に話しかけてみる。
激しい戦闘のなか、よく何も言わずに耐えてくれた。
普通の人には少し刺激が強かったことだろう。
と、思っていたが返事がない。
やはり怖かったのだろうか。
「その子気絶しているぞ」
「え?」
床に下ろしてペチペチと頬っぺたを叩いてみる。
まさか気絶しているなんて……。
「う……うう……」
少女からうめき声が上がる。
少し赤みがかった茶色の長い髪と華奢な体がふるふると震える。
「助け……て……」
何かに縋るように助けを求める彼女。
ゆっくりと手を握り声をかける。
「お前はもう大丈夫だ。 安心しろ」
「そうだとも! 如月が守ってくれるからな! 大船に乗ったつもりでいるといい!」
「なんでお前がそんなに偉そうなんだ……?」
「私を守ってくれるといっただろう?」
「いや、まぁそうなんだが……」
ロイスと話していると頭が痛くなる。
頼りにしてくれるのはそれはそれでうれしいんだけど、何か方向性が違っているような気がする。
「守るとは言ったが、緊急事態の時ぐらいだぞ? そもそもロイスが緊急事態に陥ることなんかほとんどないと思うんだけど」
「そんなことはないぞ、さっきも助けてくれたではないか!」
「補助魔法とかを掛けただけなんだがな……」
「私も補助魔法はいくつか使えるが、性能が段違いだった。 正直あの蔦どもに負ける気はしなかったぞ。 勝てる気もしなかったが」
「う、うう……」
そんなことを話していると握っていた手に微かな動きを感じた。
彼女からうめき声が上がる。
頬を再び軽く叩くと、彼女はゆっくりと目を開いた。
「気づいたか?」
「私……」
彼女は置かれている状況を把握しようとしているようだった。
目覚めて見たのは見知らぬ二人に見知らぬ場所。
混乱するのも当然のことだろう。
「俺は如月潤だ。 こっちはロイス。 わかるか?」
「わ、わたしは……」
緋色に染まった瞳はとても綺麗だったが、とても悲しい目をしている。
誰も信じられない、そんな目だ。
死を受け入れ、絶望した奴隷だったんだ無理もない。
「まず俺たちはお前の味方だ安心してくれ」
「……みかた?」
「そうだ。 まず名前を教えてくれないか?」
「……フェリシア」
「フェリシアか、いい名前だな」
「よろしくフェリシア」
ロイスも続いて挨拶をする。
「唐突なんだが、俺はフェリシアを助けたいと思っているんだ」
「わたしを……たすけてくれるの?」
「ロイスはどう思ってるか知らないが」
「私だってここまで来たんだぞ!? 助けたいに決まっているだろう!」
慌てて補足する。
ロイスもなんだかんだ助けれる物なら助けたかったんだ。
ちょっと意地悪だったかな。
「フェリシアお前はどうしたい?」
「う、うう……」
うめき声を上げながら、その瞳に涙を浮かべる。
奴隷というものを俺は完璧に理解しているわけではない。
そもそもまったく無縁の存在だったと言っても過言ではないくらいなのだ。
だから彼女が置かれてきた状況を完全に把握しているわけではないし、悲惨な出来事があったんだろうな、ということくらいしかわからない。
でももし、フェリシアが自力では抜けれない負のスパイラルに捕らえられていたとしたら、俺は彼女を救ってあげたい。
しばらく口も聞けないくらい泣きわく彼女をやさしく抱きしめる。
彼女が経験してきたことはわからない。
言いたくないなら別に言わなくてもいいのだ。
それが彼女のためになるのなら。
徐々に彼女の様子も良くなってきたようだ。
「落ち着いてきたか?」
「わ、わだじを……だずげでぐれるんでずが……?」
嗚咽が混じった声は俺の心に響き渡る。
やはり思った通り、彼女はどうしようもない運命から逃れたがっていたのだ。
そんな女の子を放っておけるわけないだろうが!
「もちろんだ! 何のためにここに来たと思ってるんだ? もともと後戻りなんかできないんだ。 死にたいって言っても、俺はフェリシアを助ける! わかったか!?」
「うう……う……」
また、泣き始めてしまった。
どうすればいいんだろうか。
助けを求めるようにロイスに声をかける。
「ま、また泣いちゃったんだけどどうしよう」
「こういう時は泣かせてやればいい。 だが時間も惜しいのだろう? 私たちはこの子のためにできることをやらないといけない。 早く進むべきだろう」
「……そうだな、ロイスの言う通りだ」
「フェリシア。 私たちはお前を助けるためにダンジョンの最下層までいかなければならない。 今まで誰も攻略したことが無いという場所だ。 だが、如月ならきっとお前も助けてくれる。 だから、安心して彼の背に掴まっているといい」
フェリシアを再び背負い、細長い通路を抜けていく。
独特の光沢をしている壁面。
恐らくこれもなにかしらの金属で出来ているに違いない。
いつの間にか彼女の気持ちも落ち着いてきたようだ。
「どうして私を助けてくれたんですか……? 何にも役に立たない奴隷ですよ……だから私は捨てられたんです。 もう立って歩くことも出来ないし、生きていてもどうしようもない。 しかも捨てられた奴隷は呪いで勝手に死んじゃうんです」
「誰が何と言おうと俺は俺のやりたいようにやらせてもらう。 それにこのダンジョンの最下層まで行けばフェリシアを助けることが出来るかもしれないんだ。 そうなったら行くしかないだろ?」
「フェリシア、この男を説得しても無駄だぞ。 もう帰る道はない。 このダンジョンを攻略するか、死ぬかどっちかだ」
「……ありがとうございます」
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