第56話 新緑の機構世界2

「すごいものだなバリアにこんな使い道があるとは」


 広大な森林地帯を眼下に見据え、俺たちは空を駆ける。

 決して空を飛んでるのではなく、空中に配置したバリアを足場にして走っているのだ。

 バリアを形成するエーテル量はごく微量だが、高圧縮を掛けることでこの世に存在する金属を遥かに超える強度に到達する。

 我ながらとても素晴らしい魔法だと思う。

 進行状況もとてもいい感じだ。


「どんな能力でも工夫次第ってことだな。 それより聞いてほしいことがあるんだが」

「どうした? なんでも言ってみろ」


 非常にスムーズに進んでいる空の旅。

 しかし、一つ重大な出来事が起きていた。

 今のところダンジョンよりも、こちらの懸念点を解決することが重要となりつつある。


「……腕がとても痛いんだけど」

「腕が痛い? どこか怪我でもしたのか? それならば私の回復魔法を使うべきだろうか? 多少の傷ならすぐに良くなるぞ。 安心してくれ」

「いやそうじゃなくてロイスが掴んでる俺の腕がメキメキ言って……」


 そう。

 問題になっているのはロイスだ。

 空に足場を作り空中を歩けることを見せたのだが、どうにもそれが怖かったみたいだ。

 だから、ロイスは落ちないようにと、俺の腕を掴むことにした。

 そこまではよかったのだが、彼女の力はとても強い。

 恐らく魔術師の俺は物理的な能力は高くないことも関係しているかもしれない。

 それに対してこいつは近接メイン。

 物理関係のステータスが高いことだろう。

 それも相まってか、とてつもない馬鹿力で俺の右手を掴むのだ。

 どのくらい強いかというと、この国の人たちの力をソートして上から数えて一桁に入るレベルだ。

 そう、とてつもなく怪力なわけだ。


「俺の手をそんなに掴むな! 痛いだろうが!」

「わ、私は高いところが苦手なのだ! しょうがないだろう!」

「しょうがなくねぇよ! 落ちないっていってるだろ!」

「し、しかし怖いものはこわいんだ……」

「ロイスなら落ちても屁でもないだろ!?」

「そうかもしれないが、それとこれとは別なんだ!」


 奴隷の少女を背負いながら、どうしてこいつの面倒まで見ないといけないんだ。

 確かに見えないほどの薄いバリアなのでほぼほぼ見えない状態にある。

 ロイスからすると、足場の位置がよくわからないのも無理はない。

 高度としては約100mくらいといったところだし、怖いと言えば怖いものなのかもしれない。

 だがこいつは普通の人とは違う。

 驚異の身体能力を有する聖騎士なんだ。

 恐らく落ちてもケロッとした顔を見せるに違いない。

 だから、俺は本当にイタイのだ。

 奴隷の少女を支えているアーティファクトの手の方に変えれば問題はなさそうなのだが、ロイスは一向に俺の手を放そうとはしないし……。


「いいではないか! 減るものじゃないし私は怖いのだ!」

「俺の精神力が減っていってるよ!」


 そんなやり取りをしつつ中間地点辺りまで進んできた。

 はっきりいって楽勝である。

 この世界よりもロイスが強敵な気がしてならない。

 あまりにもひどいので、途中から自分に強化魔法を付け加えていた。

 そのおかげかだいぶマシにはなってきていたんだけどな……。


「あぁ!」

「……今度はどうした?」

「足を踏み外したみたいだ。 やはり危ないではないか!」

「踏みはずすなんてことはないと思うんだがなぁ……」


 俺の周囲には常に5m四方のバリアを展開している。

 仮に転んでも簡単には落ちない広さだ。

 つまり足を踏み外すことなど基本的にないと言っていい。

 そう考えると話は単純、恐らくロイスがつまずいただけだろう。


「あっほらまた!」

「つまずいたとかじゃないのか? そんな簡単に落ちるようにはしていないんだが……」


 そう思ってロイスの足元を確認する。

 すると驚くべきものがそこにはあった。

 緑銀色の触手のようなもの。

 蔦といったほうがいいだろうか?

 危険を察知し、すぐさまその蔦を切断する。


「うわぁなんだこれは!?」

「植物の蔦みたいなものか? でも、独特の金属光沢があるな。 どうやらこれに足を引っ張られたみたいだ」


 ロイスも気づいたらしく、一生懸命その蔦を引きはがした。

 この空中まで伸びてくる蔦のようなもの。

 独特の金属光沢を帯びており、強度もそれなりに高そうだ。

 俺たちのいる空中は地上から100mはある。

 これがこの空間に存在するモンスターなのだろうか。

 やはりそう簡単にクリアはさせてくれないか。


 考えている間にも状況はどんどんと悪くなっていった。

 先ほどの蔦はにょきにょきと生え、囲むように俺たちの周りに集まってきたのだ。

 下に落ちるとこいつらにからめとられてしまいそうだ。

 落ちるわけには行かない。


 だが、この程度は取るに足らない。

 すべて排除すればいいだけだ。

 バリアを平面展開する。

 周囲を埋め尽くしていたうねうねと動く蔦。

 それらはある境界を境に刈り取られ、自由落下をしていった。


「おお! 何をしたのかわからないがなんだかすごいな!!」

「……まぁな」


 素直に褒められるのはなんか照れ臭いな。

 思えばこんなふうに他人から賞賛されたのは初めてな気がする。


「それもスキルなのか?」

「スキルではないが、バリアを平面で設置して切断しただけだ」

「そんなこともできるのかすごいな」

「ま、まぁな。 油断するなよ、これで終わりとは思えない」


 こんなもので終わるようなら苦労はしない。

 ここまで伸びてくる植物と金属を合わせたようなモンスター。

 再生能力も尋常ではなかった。

 これが機構世界と呼ばれてる所以なのかもしれない。

 切断面から新たな蔦が伸び、再び周囲を埋め尽くす。


「こいつは、急いだほうがいいかもしれない」

「如月危ない!」


 視覚外からの攻撃だった。

 腰のあたりにガンとぶつかったような衝撃が走る。

 その反動でエメラルドの剣が空中に投げ出された。

 幸い攻撃力も弱く、ロイスがその蔦を切り伏せる。

 強くはない、強くはないがとても厄介な相手だ。


「あの剣はいいのか!?」

「……いい。 勉強代としては少し高い気もするけど」


 この蔦は攻撃力も防御力もたいして高くはない。

 切り伏せれば切断できるし、ロイスのような甲冑を着込んでいれば突撃されても大した痛くはないだろう。

 だが、いくら攻撃してもすぐに生え変わる。

 この広大な森の中でこの蔦を根絶やしにすることは不可能に近いと思う。

 全部の蔦を操っているような核のモンスターがいるのか、それともそれぞれが個別に独立して存在しているモンスターなのかというところも曖昧だ。

 もし核のような存在がいるとしても、この長さの蔦を発生させているのだ、見つけることも難しいことだろう。

 仮に見つけられたとしてもそれが1体だけなのか、複数存在するモンスターなのかわからない。

 さらにこれらの蔦がすべて個別の存在だとするとさらに厄介なことになる。

 いや、そもそもこいつらは倒せるものなのか?

 それこそ、この森全体に張り巡らされているようなものだとしたら……。

 その場合はこの森林をすべて徹底的に破壊しつくすしかない。

 しかし植物のような要素も持っている。

 もし破壊しつくしたとしてもまたすぐに生えて来たりしないだろうか?

 色々と考えると相手をするには部がわるすぎる。

 そうだな、なにも倒すのが目的じゃない。

 戦ってる暇などないのだから。


 急ぐにはロイスを動きやすくする必要がある。

 少しエーテルを消費するがやむを得ない。


「これなら怖くないだろ?」

「おお! 足場が赤くなったな!これならだいぶマシになったと思う」

「予想よりもこいつは厄介な相手だ。 薙ぎ払いつつあの塔へ急ごう」

「わかった」


 ロイスは短く返事をする。

 しかし、さらに予想を超える出来事が起こり始めた。

 謎の蔦が足場に攻撃を仕掛け始めたのだ。

 通常であれば、物理的な攻撃はほぼ完封できる。

 できるはずなのだが、ヒビが出来始めていたのだ。


 元々この空間の影響かはわからないが、バリアを構成しているエーテルが蒸発していっているような感覚はあった。

 それを踏まえると多少強度は落ちている可能性もある。

 ただし、それは時間経過によるもの。

 張り始めたばかりのバリアがこんな簡単に割れるとは思えない。

 だとしたら、まさかバリアを構成しているエーテルを吸収している……のか?


 足場に激突して来る蔦を薙ぎ払う。

 だが、すぐに再生し攻撃を再開する。

 どんどんと地面から伸びてくる蔦はさらに勢いを増していった。

 そして限界を超えた超平面。

 ガラスが割れたような音が空間内に伝わる。

 次の瞬間、俺たちは空中に投げ出された。

 

「落ちるぅ!!」

「こうなったら仕方ない、受け入れろ」

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