第55話 新緑の機構世界1

 穏やかな陽の光が差し込む。

 熱くもなく、寒くもない。

 ぽかぽかとする陽気は、春と言われればそんな印象を受ける。

 身構えていた割にはとても平和な場所だった。

 強そうな敵も周りにはいない。

 しかし、どこか不自然な気もする 不思議な空間だ。


 俺たちが降り立ったのは岩石で出来た崖の上。

 吸い込まれそうなる、晴れ渡った蒼穹の空。

 眼下に広がる緑の絨毯は森林地帯のようだ。

 落葉樹と思われる木が生い茂っている。

 その中央付近にはなにやら物々しい塔がそびえ立つ。

 この大自然の中で特異的に存在する人工物。

 いかにも怪しい。


「あそこに行けばいいのだろうか」

「おそらくな」


 ロイスも同じことを考えていたようだな。

 行き先がわからなくなるようなことも想定していたが、こちらとしてはありがたい。

 しかし、空間的な広さは今までの比ではなかった。

 時間的な制約がある俺たちにとってはやっかいな部分である。 

 加えて突入したら最後といわれている高難易度のダンジョンだ。

 油断はしていられない。

 特にあの森林地帯。

 あそこは相当危険な場所だと見るべきだろう。


「ところで如月。 私は剣がないのだがそれでも構わないのだろうか?」


 ……爆弾発言を聞いた気がする。

 これから俺たちが向かう先は未開の地。

 どんな危険が襲ってくるかわからない。

 そんなところを装備なしでいくというのか?

 いや常識的に考えておかしい。


「……いや構うだろ!?」

「えーそうなのか」


 そういえば俺が壊したのも原因の一つか。

 成り行きで来てしまったのなら仕方ない気もしてきた。


「てっきり如月が全部守ってくれるものだと」


 前言撤回だ。

 脳裏に嫌な予感がよぎる。

 ロイスはこの国でも相当な実力者だ。

 それは間違いない。

 だが同時に俺は見てしまっている。

 普段はしっかりしているように見える彼女の本当の姿を……。

 そう、裏ではにゃーたんを撫でて、うりうりしているような人なのだ。

 そして極めつけは誰も戻ってこないルートに武器も持たず進む、そんな人だ。


 ……考え過ぎか。

 今は急いでいるから俺のことを考えて、なのかもしれない。

 武器を取りに行っている暇もなかっただろうし、俺にも非があるといえばそうなのだ。

 幸い、剣は2本あるし、ミスリルの剣はロイスに渡しておこう。

 俺は剣なんかいらないし。


「これやるよ」

「如月はいらないのか?」

「もともと剣で戦うスタイルじゃないし、2本あるからな」

「そういえばさっき戦った時もほとんど使っていなかったな。 ありがたく使わせてもらおう」


 思考を切り替えて前へ進もう。

 崖の下に広がる広大な森林地帯。

 あからさまに怪しいあの空間を馬鹿正直に行く必要はない。

 危険なルートは避けるべきなのだ。

 空を飛んで行くこともできるし、バリアを足場にして空中を移動することも出来る。

 効率的には空を飛んで行くほうがいいだろう。


 飛行魔術は空を飛ぶことができる極めて汎用性の高い魔法だ。

 むしろ現代魔法使いでは必須級といっていい。

 単純な機動力も上がるし、何より覚えていない魔術師と戦う場合は一方的に攻撃することができる。

 まぁMPの消費量が多いというデメリットはある。

 だが、俺の場合は周囲に存在するエーテルを使えば問題ない。


 地面にバリアによる魔法陣を形成する。

 魔法陣を媒介にして飛行魔術をかけるのだ。

 しかし、どうしたことだろう。

 手ごたえがおかしい。

 いつもは薄い透明なバリアが張られるはずなのだが、それが形成されなかった。

 ……つまり魔法陣が描けなかったのだ。


 なぜこんな現象が起きている?

 普通では考えられない。

 思い返すと、この空間に入った時、何か違和感を感じた。

 それと関係あるのだろうか。

 まさかとは思うが魔法が使えない空間……なんてことはないだろうな。

 いやいや、それこそまさかの話だ。

 魔法が使えないとなると非常にまずいことになる。 

 それこそ武器の持っていないロイス以下になるかも……。


「何を立ち止まっているのだ? 急がねばならんのだろう?」

「わかっているんだが、ここ何かおかしくないか?」

「何かおかしいとは、何がだ?」

「なんかこう抑圧されているというか、何か物足りないというか」

「……確かにおかしいといえばおかしいかもしれないな。 誰も帰ってこない未開の地だ。 それなのにこんなにも穏やかなところだとは」

「それもそうなんだが、そうじゃなくて、魔法が使えないんだ」

「魔法が使えない? 如月は元々魔法使えないだろう」

「いや俺、魔術師なんだけど」

「マジュツシとはなんだ? 新手の武術か何かか?」

「……」


 異世界の人が現代魔法のことなど知るはずもないか。

 勝手にスキルや何かだと思ってくれてても特に影響はない。

 いやでも魔法っていってるのに武術はない気がするぞロイスさん。 


「それに魔法なら使えるぞ」


 ロイスの右手に、燃え盛る火の玉が出現する。

 それをブンと投げ、岩石で出来た壁を粉砕する。

 被弾箇所は焼け焦げ、プスプスと音を立てていた。


「どうだ? 普通に使えるぞ?」


 あれ?

 どうして俺の魔法だけ発動しなかったんだ?

 現代魔法への干渉能力を持った空間だとでもいうのだろうか。

 そう考えれば少しは筋が通るな。

 この世界はスキルの比重が大きい世界だ。

 スキルが万能というわけではないが、何か特別な理で象られている。

 簡単に言うと、本来魔法を発動するために必要な公式や摂理を捻じ曲げ、発動できるというのがスキルによる魔法だ。

 まぁあくまで現代魔法使いとして見た観点なのだが。

 だからこそスキルによる魔法はこの空間の影響も無視して発動している可能性が高い。

 しかし、一応聞いておこう。


「どうして魔法が使えたんだ?」

「MP消費して火の玉作って投げただけだぞ?」


 ものすごくそのままの答えが返ってきた。

 こいつ馬鹿にしてるのか?

 ……いや待てよ。

 今度は体内に存在するエーテルを使って魔法を発動してみよう。

 じんわりと熱くなる掌の上に、燃え盛る火球が現れる。

 極少量のエーテルを使っての発動だったためか、すぐにその火の玉は霧散した。


「ほう? 本当につかえるのだな」

「これぐらいはな」


 さっき考えてたことはきれいさっぱり忘れよう。

 てんで的外れのことを考えていて少し恥ずかしくなった。

 でも、今度は間違いない。


 この空間はエーテルが存在しない世界なんだ。

 だからこそ空中のエーテルを使って魔法を発動することができなかった。

 つまり自分の体内にあるMPつまりエーテルを使えばいいわけだ。


「問題は解決したが……ちょっと悩ましいことになった」

「解決したのかしてないのかよくわからない言葉だな」

「……」


 なんかロイスに言われると少しムッとなる。

 まぁいい……それはおいておこう。

 悩ましいこととは自分の保有しているMPには限りがあることだ。

 むやみやたらに魔法を使っていると、すぐに底を付いてしまうかもしれない……。

 つまり飛行魔術はNGだ。

 薄いバリアで足場を作って進むしかない。

 これならごく少量のMP消費で済む。

 ……まさか4層とも同じ空間なわけじゃないよな。

 これからのことを考えると少し不安になるが、今更迷っていても仕方ない。


「行くぞ」

「如月……! そっちは崖だぞ!?」

「いいからついてきな」

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