第54話 一つの可能性
目の前に立ちふさがるロイスの喉元に剣を突き付ける。
無論、攻撃をするつもりはない。
ただ単に俺はここを通っていきたいだけなんだ。
俺の評価がどうなろうと知ったものではないが、この子を助けるために必要なことだ。
バリアにより剣を切断。
攻撃能力をそぎ落とす。
呪縛の輪を四肢に付与し、身体を空間座標軸に繋ぎとめる。
やはりこの世界はこういった現代魔法の対策はとれないみたいだ。
通常であればこんな魔法を使ったところで無意味に終わる。
呪縛の輪は魔術師界隈では誰もが使える基本的な技みたいなものだ。
カウンタースペルとなる魔法を使えば簡単に解呪できるし、そこまで強い魔法でもない。
それこそ力量の高い者に使ったとしても力で粉砕されるのが落ちだ。
簡単に言えば魔法で作れる手錠見たいなものだからな。
ロイスは俺が一言言ってから反応がない。
信じられない物でも見たかのような表情をしているが、彼女の目にはどのように映ったのだろうか。
固く閉ざしていた彼女の口が動く。
「私の考えが甘かったようだ……」
正直なところロイスはもう動けない。
だから気にせず奥に行ってもいいと思う。
そうだな、そうしよう。
「じゃ俺は行くから」
「ま、待て! 少し話を聞いてくれ!」
「また止めるんじゃないだろうな? 時間が無いんだ」
「お前がこんな実力を持っていたとは知らなかった。 聞いてほしいことがある」
この後に及んで聞いてほしいことか。
また、止めるとか言い出すのであれば話を聞いている暇はない。
無視して奥に進めさせてもらう。
「本当にこの先にいくんだな?」
「ロイスもしつこいやつだな……」
「いや、すまない。 実際、お前を過小評価していた。 ずるいことをしてここまで来たんだろうと。 でも、それは違ったんだな」
「まぁそうだな」
「1つの懸念は晴れた。 十分にレベルが上がっていないと死にに行くようなものだから確かめたかったのだ。 だが、ダンジョンにはモンスターのレベルが急激に上昇するポイントがある。 次の31階層からもそうだ。 この階層で出現するエクスキューショナーのようなレベルの敵が複数出現する。 とても一人では立ち入れない場所だ」
まぁあいつくらいならいくら出てきても問題はなさそうだな。
それよりも同じくらいの敵が出てくるということは魔石も取り放題なのではないだろうか。
脳内の片隅にメモを残しておく。
お金がいっぱいあって困ることはない。
「だから行くなって言うのか?」
「……無論行ってほしくはないが、止めても無駄なことはわかった」
「それに俺なら大丈夫だ。 これくらいの敵が出てきてもねじ伏せてやる」
「頼もしい一言だ。 だからやはりお前に言っておかなければならないと思ったんだ。 今までの階層はラウムの街程の大きさかそれより小さいのが基本になっていた」
「俺もここまで降りてきて実感したが、かなり広いことはわかった。 でも、それが50階層分だろ? 急げば間に合わない距離じゃない」
実際この階層にくるまで大した時間はかかっていなかった気がする。
1日がんばれば10階層は進めると思う。
しかしそれでも時間的にはかなり厳しいと言わざるを得ないだろう。
「それはいままでの階層のように進めることが出来たらの話だろう? だが、ここからは違う。 世界そのものが変わってしまうようなそんなところになる。 もはや地下ダンジョンという概念は捨てたほうがいいかもしれない。 そうだな。基本的に今までの階層の何倍もの道のりを通らなければならなくなると思ってくれ。 そう……2、3日では物理的に不可能なんだ」
「それでも俺なら……」
「そして何よりも最低で2日以内でなんとかすればいいと言う話ではない。 私はもって2、3日の命だろうと言った。 その呪いを受けた本人たちの抵抗力にもよるがもっとリミットは早まる可能性がある」
「つまり時間が無いわけだよな? じゃあこんなとこで油は売っていられない。 ……そのことは行ってから考える」
「待て、ここからが重要なポイントだ。 こっちに来てくれ」
闘技場を抜け再び冷ややかな回廊を抜けていく。
あったのは小部屋と下へと続く階段だった。
ここを抜けていけば31階層。
長い道のりだ。
だが、そうはいっていられない。
俺はこの子の運命を変えてあげたいんだ。
ロイスの話が大したものじゃない限りさっさと行くしかない。
ところが思いもかけない話が出てきた。
「実はこの階層から行けるルートは二つあるんだ」
「……それは初耳だな」
どうして2つのルートがある?
そんな疑問が浮かんでくる。
一つは長い道のりだが楽な道。
一つは短い道のりだが険しい道。
そんなところなのだろうか。
レンガを積み上げたようなただの壁に手を添えるロイス。
何かを言っているようだが、ここからは聞こえなかった。
すると、その壁が幻のように消えていき新たな通路が現れた。
何かを隠すように封印していたみたいだな。
「こちらのルートは最深部まで4階層を超えればいい……らしい」
「らしい?」
「らしい、と言ったのは誰も確かめられなかったからだ。 通常のルートでは過去に最下層へ到達したという記録は残されている。 無論、昔の話で覚えている者はいないのだが。 しかし、こちらのルートは違うんだ。 行ったきり誰も戻って来ていないんだ」
「じゃあこっちの道を行けば時間はかなり短縮できるんだな!?」
「推測でしかないが恐らく……な。 だが、戻ってこられる補償はどこにもない」
「可能性があるなら俺は行くぞ」
「お前ならそう言うと思った。 もうとまらないのだろう?」
敵のモンスターの力はあまり気にはならないと思う。
だから単純にルートの距離が短くなるのは大歓迎だ。
むしろ願ったり叶ったりの条件である。
「ああ、俺はこの子を何が何でも助けてやる」
「私も守ってくれるのだよな?」
「……言ってる意味はよくわからんが、危ないことがあったならな」
「では、微力ながら私もついて行こう」
「じゃあ俺は行くから……今なんて言った?」
「いや私も行くと言ったのだ。 その子だけ守るつもりなのか? こんなダンジョンの奥で、か弱い私を置いて行くと言うのか? 殺されそうになったらどうするんだ?」
どういう思考回路をしているんだこいつ……。
か弱いっていうのはどう考えてもおかしい。
そもそも俺より先に来て、この階層で陣取っていた人が言うセリフではない。
無論ここの敵、エクスキューショナーは出現したはずで、それがいないということはロイスが倒したに違いない。
「もうこの世界には安全な場所などない。 だから私も一緒に行かせてくれ」
少し寂し気な顔をする彼女。
まだカノープスとの戦闘での記憶が頭から抜けないみたいだ。
……一人も二人も一緒か。
「邪魔はするなよ……」
「では良いのか!」
「良くはないが仕方ない……」
ロイスはふたたび蓋を閉じるように壁を修復する。
長い回廊を再び抜け、先ほどの階段があったような小部屋に到着した。
部屋の中央には魔法陣のようなものが浮かんでおり白く煌めいている。
傍らには石板のようなものが置いてあった。
なんて書いてあるのかは読めない。
ロイスに聞いてみるとこう書いてあると答えてくれた。
世界の理を求める者。
4つの試練を超えて見せよ。
第一階層 新緑の機構世界、
第二階層 砂塵の機構世界、
第三階層 蒼海の機構世界、
第四階層 灼熱の機構世界、
試練を超えし者、事象の地平線へと至らん。
書いてある意味がよく分からないが4つのエリアをクリアしていけばいいということだろう。
行業しく文章が残されている点、いままで帰還者がいなかった点を考えると相当難易度は高いはずだ。
だが、迷っている暇はない。
「本当に行くのか?」
ロイスが最終確認をしてくる。
「もちろんだ」
「しっかり私を守ってくれよ?」
魔法陣の中央に立つと部屋中が真っ白に染まる。
何があろうとねじ伏せて、この子を助ける。
それだけだ。
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