第53話 聖騎士VS魔術師
今までこんな気持ちになったことがあるだろうか。
初めて抱くこの感情。
いくら思い返してもそんな記憶はない。
私はこの国を守る聖騎士だった。
人々を守るために血の滲むような訓練をしてきたし、誰よりも努力してきたつもりだ。
そうして地位も称号も強さも手に入れたのだ。
そう、私は誰かを守る側の人間だった。
幼いころからそう教わってきたし、それが当たり前だと疑いもしなかった。
“誰かを守れるくらい強くなりなさい”と周りの人からもよく言われたっけ。
周囲の人たちの期待に応え続けた私は、誰からも頼りにされた。
頼られることに悪い気はしなかったし、誰かを助けると決まって喜んでくれる。
それを見るだけで私は満たされていたのだと思う。
だけど、本当の絶望を知って心が折れてしまった。
私なんかの力では歯が立たない巨悪。
今まで築き上げてきたいろんなものが崩れ去っていった。
私に期待していた人はさぞ冷ややかな目を向けるだろう。
どうして逃げたの?
どうして戦わないの?
どうして助けてくれないの?
どうして見殺しにしたの?
この国の人たちはそう思うに違いない。
今まで私を信じてくれていた彼らを裏切った。
信頼に値しない人物だと思われたに違いない。
今までは自分の実力に見合った戦いしかしてこなかった。
だから恐怖というものを感じたことはなかったし、死にそうな場面にも出くわしたことはなかった。
でも真の恐ろしさを感じてしまった。
だって仕方なかったんだ。
怖くて怖くて仕方なかったんだ。
きっとこれはラウムの人たち、いや、私が守ってきた人たちが抱いてきたものと同じ感情なのだろう。
モンスターが出現すれば、力のない人はなすすべなく殺される。
それがこの世界の日常で、当たり前のことだ。
一般人はモンスターと戦うようなことはしない。
だから、強い力を持つ必要もないし、戦う必要もない。
力の弱い人たちは私よりも恐怖という感情を抱きやすかったんだと思う。
でも彼らには私たちのような守る騎士がいる。
守ってくれると縋れる私たちがいた。
それが私の仕事でやるべきことだった。
でも私はどうなるんだろう?
彼らは私たちが守る。
そのためにいままで頑張ってきたし、それは私の責務なのだから当たり前のことだ。
しかし私たちが危機になったら頼れる人はいるんだろうか?
そう、答えは簡単だ。
頼れる人がいないのだ。
私が縋れるような人はいなかった。
私を助けてくれる人はいなかった。
きっと師匠は何も言わず助けてくれるんだろうけど、“頼られる人間になりなさい”と言う側の人間だった。
決して、私のために“助ける”のではなく、一緒に救う側の人間なのだ。
しかし、如月は違った。
私を守ってやると言ったのだ。
対等に戦うのでもなく、私に縋るのでもなく、自らの力で私を守ると。
そんなことを言われたのは生まれてはじめてだ。
一瞬頭の中がからっぽになったのは言うまでもない。
ぽっと出の異世界から連れてこられたわけのわからない連中。
彼らの世界は平和で、豊かだったそうだ。
そんな頭がお花畑のような人たちには期待などしていなかった。
そんな貧弱な勇者の一人、如月は私に向かって何と言った?
遥かに格上であろう私に向かってこう言ったのだ。
命に代えても守ってやると。
こいつはきっと何をやるべきなのかわかっているんだ。
正しいとか正しくないとかは関係ない。
彼がそうしたいからそうするだけ。
死が怖くて、非難されるのが怖くて逃げていた。
周りに流されてきた自分とは違う。
こういった精神感情をすぐに変えたりするほど私は器用ではない。
でも、私は私が縋れるような人がいればきっとこれからも戦える。
もし、こいつが勇者としての頭角を現してくれれば……。
だから、この先に行かせるわけには行かない。
ステータスが高いとはいっても、まだレベルも十分に上がっていないはずだ。
私のレベルは60。
対して勇者達は精々20いくかいかないくらいだろう。
このまま行くと如月は確実に死ぬ。
「どうして邪魔するんだよ!?」
「無論、これ以上お前を進めないためだ。 この先は一人で進んでいけるほど甘くはない。 お前はその子を救いたいんだろうが、私は如月を救う必要があると思ったのだ」
如月の技量はある程度判明している。
とても第30階層までたどりつけるレベルではないが何か隠し玉でもあるのだろう。
もしくはバリアを使って戦闘をせず道を降りてきただけなのかもしれない。
剣の使い方も最近ではマシになってきたが、それだけだ。
ミスリルの剣を油断なく構える。
剣の腹で一撃加えればそれで終わる。
すまないが、これが今すべきことだと思う。
まだ、この先に行くのは早すぎる。
「……俺にも俺なりの思いがあるんだ。 時間もない、だから容赦はしてられないからな」
「ああ、そうするといい」
ふっと力を抜き緊張している筋肉をリラックスさせる。
こわばっている筋肉だと動きが悪くなるからだ。
そしてMPを変換し自らの身体を活性化させていく。
剣を使うときには間合いが重要になる。
振るっても振るっても当たらなければ意味はない。
加えて接敵する速度、攻撃スピード、振るう型これらを総合して戦う必要がある。
その点では、如月に勝ち目はない。
如月のスキルであるバリアも多少の攻撃は防げるだろうが、レベル差は圧倒的。
私の攻撃を防ぐことは不可能だ。
地を蹴り、その反動で宙を駆ける。
無論、本当に空を飛んでいるわけではないが、落下速度に負けない程のスピード。
恐らく如月は反応できていないだろうな。
そして横腹を目掛けて剣を振るう。
避けようがない間合い。
奴隷のその子を助けたい気持ちもわかるがそれは無理だ。
視界の中に私の剣が写り込む。
剣の腹が如月に吸い込まれていくだろうと描いていた未来。
それが突如として消え去った。
……刀身が……ない?
空を斬る剣。
いや、もう剣と言うべきものではない。
私が握っているのはただの柄だ。
背後でカランと金属が落ちた音がする。
それが恐らく刀身であろうことを脳裏に浮かべるが、思考を切り替える。
剣が無ければ殴ればいい。
それがレベル差というものだ。
だが、振りかぶった左腕が動かない。
右腕を動かそうとしても動かない。
気づいたときには体中が一切動かなくなっていた。
何が起きたのか考える間もなく、スゥっと如月の剣が伸びてくる。
顎の下に突き付けられるミスリルの剣。
信じられなかった。
これが勇者の力だというのか?
この力ならもしかするとあの悪魔にも……。
「……これで通してくれるか?」
如月がそう一言私に問いかけた。
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