第52話 立ちはだかる壁
ラウムのダンジョン、第三十階層。
石造りの回廊にひんやりとした風が吹き抜ける。
全身を光に包まれた俺たちは、薄青色に輝く巨大なクリスタルの手前に降り立つ。
少しでもダンジョンの階層を進めててよかったと心の中で思う。
もし、この階層まで来てなかったら間に合わなかったかもしれない。
いや、まだ間に合ったわけではないか。
ここからが勝負なのだ。
ラウムのダンジョンは最大五十階層。
そして、この子の命はあと2、3日。
単純計算で1日10階層以上進まなければタイムオーバーになる。
余裕を持っていられるわけがない。
しかも厳密なタイムリミットはわからないのだ。
できるだけ早く進んでいくしか道はない。
駆け足で薄暗い回廊を抜けていく。
足音が反射しトンネル内に木霊する。
ここに来るのは2回目だ。
気ままに進んでいた前回とは違う。
なにせ人の命がかかっているんだ。
もちろんだが、敵の強さも激化してくるはず。
この子を傷つけないためにも、今まで以上に慎重にならなければ。
気を引き締めていこう。
背中に微かな温もりを感じる。
風前の灯であったこの子。
そんな彼女に命の炎が吹き返したのだ。
よく持ってくれたと思う。
意識を戻すのももうすぐだろう。
冷気を含んでいるような冷たい風が通り過ぎる。
煌めく夜空と高い塀。
観客席のようなものが周囲を囲んでいる闘技場。
一度見た風景だが、再び息を飲む。
そして前方には……。
前回と異なる光景があった。
白銀の鎧に身を包み、同じ金属で出来たような白銀の剣を持っている。
ここまでは同じだが、魔物ではない。
本来であればここにいるはずのない人物がそこにいた。
神々しい鎧とその凛々しい姿、長い黄金色の髪にカチューシャをつけた女聖騎士。
ロイスだ。
「……早い到着だな」
ミスリルの剣を地に突き刺し、グリップの先端に両手を載せている。
微動だにしないその姿勢と立ち姿。
それを見るとこの国の最高戦力として戦ってきた風格というものが垣間見えた。
ガラスのように透き通った瞳は、俺の心の内を見透かすようだった。
だが、今は彼女にかまっている暇などない。
「俺は急いでるんだ! どいてくれ!」
「どくわけには行かない。 私は貴様に聞きたいことがあるんだ」
聞きたいことだって?
いまさら何を聞きたいっていうんだこいつは。
「私は……わからないのだ」
「何がわからないっていうんだよ」
ロイスの意図はわからない。
わからないが、今のところただ質問をしたいだけのようだ。
彼女の眼差しは真剣そのものだし、無碍に断るのも悪い気がする。
そしてなによりも彼女の表情が俺の胸を打つ。
曇りない眼がどんどんと淀んでいくのが見て取れる。
不安、焦り、憤り。
いろんな感情が混ざっているような顔。
「貴様もその子が助からないことはわかっているんだろう? この世界にはどうしようもならないことはあるんだ。 だから……」
だから、と言葉を残し押し黙る。
続きの言葉が中々出てこない。
彼女は彼女なりに正しいと言える答えを持っているんだろう。
でも、それは非現実的な話で到底叶えられるものではない。
誰にだって無理なものは無理。
そんなことは彼女だってわかっているんだ。
しかし、わかっているからといって捨てきれないものはたくさんある。
そんな気持ちがぐるぐると渦巻く。
どうしたらいいのか、どこに向かえばいいのか、何をすべきなのか。
自分が、自分自身が、やるべきことがわからない。
わかっていても、それはすべきではないと自然と心にブレーキがかかる。
「どうしようもないから諦めろって言うのか? お前は?」
「……そうだ。 いくら努力しても変わらないものはある。 朝、陽が上るように、夜には陽が落ちる。 それは自然の摂理だ。 変えられようもない現実。 ……いや、違うな。 私がいいたいのは……」
一回肯定しつつも、その言動を否定する。
やはりロイスは混乱しているのだ。
自分がやりたいこと、なりたいことを求めると、誰しもが障害や大きな壁にぶち当たる。
そんなときは壁を乗り越えるか、壁を乗り越えられないまま努力を続けるか、諦めるか、この3つの解決方法があると思う。
だけど、ロイスは先に進みたいのに進めない。
頭ではわかっているのに、どれも選択できずにいるのだ。
「私が聞きたかったのは、どうして貴様はその子を助けるために迷いなく進めるのか……だな。 私にはそれがわからない……。 このダンジョンは貴様が思っているよりも過酷だ。 五十階層まで降りることなんて無理なこと。 多人数ならまだしも、一人で行くことは不可能だ。 ましてや時間制限がある中、敵を倒しつつ、迷路のようなダンジョンを抜けていく必要がある。 敵に遭遇しなかったとしても、迷路に迷わなかったとしても、到底間に合う広さじゃない」
「ロイスの言いたい気持ちもわかる。 わかるけど、そんなことは百も承知だ。 理不尽なこの子の運命を変えてあげたい。 それだけなんだ」
「バカげているぞ……。 荷物を背負いながら、しかも守りながら……そんなもの無理に決まっている!」
「最終的に結果が残せなくてもそれは仕方がない……と俺は思うんだ。 ただ、足掻かなかったと後で後悔するよりも、今できることを全力でやって後悔したい」
「……貴様が死ぬとしてもか?」
「俺が死んだとしてもだ。 まぁ俺は死ぬつもりなんてもうとうないけどな」
「……」
再び沈黙するロイス。
ロイスが何を言おうと俺の行動は変わらない。
ただ、ダンジョンの最下層を目指し降りていくだけ。
エリクシルと言うアイテムを取りに行く。
それだけだ。
「気が済んだんならそこをどいてくれ」
「……」
とても小さな声が聞こえる。
何を言ってるかはわからないが、徐々に顔が赤くなっていくのが見えた。
必死に何かを伝えようとしていることはわかるのだが。
「どうした?」
火が出そうなほどに赤面するロイス。
意を決してという言葉が正しいだろうか、彼女は喉につっかえていた言葉を吐き出した。
「お、お前は私が……わ、私が危なくなっても助けてくれるのか?」
「何を当たり前のことを言ってるんだ? 助けるだろ?」
「私が殺されそうになったら守ってくれるのか?」
「もちろんだろ? ロイスは人が困っていたら助けてやらないのか? ただ見ているだけなのか? 本当は違うんだろ?」
「……」
確信を突かれたのか、いい返せない。
本当なら困ってる人を助けたいし、ただ見てるだけは嫌なんだろう。
もしそうでなければ背中に背負っているこの子を回復魔法で回復したりしない。
「お前が到底かなわない、戦ったら死んでしまうような相手でもか……?」
「……もしそんな敵が現れたとしても、足がガクガクするほどの強敵でも、全力で守ってやるさ」
「私は……」
この国を守るためになったであろう聖騎士。
今まで絶え間ぬ努力をしてきたことだろう。
そう簡単に割り切れるわけがないんだ。
「……わかった。 私の負けだ」
火照った顔が徐々に静まっていく。
迷いは晴れたのか?
少し吹っ切れたような表情だ。
実際、彼女がどんなことを思ってここにいるのかは知る由もない。
何か前向きになるようなことが言えたのならそれでいいと思う。
「なんだか胸につっかえてたものが取れた気分だ」
「それは良かったな。 お前の気持ちはよくわからんが」
「ははっ手厳しいなお前は」
いつも固い印象をしていたロイスだが、少し態度が軟化したように感じる。
「だが、今の話を聞いてなおさらはっきりした」
ゆっくりとミスリルの剣を構えるロイス。
淀んだ瞳は透き通り、迷いのない真っすぐな目に変わっていた。
「お前をこれ以上先に進めるべきではないと。 ここを通りたければ、私を倒して行け」
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