第50話 消えない呪縛
ベットに横たわる彼女を見つめる。
城に戻った俺は、すぐに神谷のいる医務室に向かった。
彼はこの世界に来たことで医療系のスキルを得た。
元々病院の跡取りで医師を目指していたらしく知識も十分。
神谷にまかせていれば大丈夫なはずだと思ったのだ。
しかし、彼女のケガの具合も相当ひどかった。
俺も出来る限りのことをしたのだが……。
「神谷こいつはだいじょうぶなのか?」
俺に医療の心得などない。
多少知っていたとしても一般常識レベルの話。
それならば知識のある人に縋るしかない。
人は同意を得られると自然と安心する生き物だ。
だから、神谷からの言葉で俺は安心したいのだと思う。
「容体は安定しているみたいだね。 今すぐ死ぬようなことはないと思う。 ロイスさんも助かりました」
ベットの横には白銀の鎧を着こんだ聖騎士がいた。
黄金色の長い髪をかき上げ、彼女は複雑な表情を浮かべる。
「ふん。 ただの気まぐれだ」
「ロイスありがとう……。 もうダメかと思った」
一言では言い表せない気持ちが溢れてくる。
少女の手を握る。
先ほどまでは体温が冷え切り瀕死の状態であった。
そんな彼女の手からは確かに温もりを感じるようになった。
全身に広がる痣や腫れも完全ではないが回復傾向に見える。
本当に無事でよかった。
「気にするな。 これでも一応聖騎士……だったからな。 回復魔法はお手の物だ」
「正直ロイスさんの魔法がなかったら怪しかったかもしれません。 私も現代医学はそれなりに勉強してきたつもりでしたが、魔法とはすごいものですね」
そう、そうなのだ。
実際のところロイスがいなかったらどうなっていたのかわからなかった。
回復魔法とはどうやら単純に体の傷を癒すものではないらしい。
ステータスと呼ばれるものの中に体力という表示がある。
この体力というものはその人の生命力を数値化したものだそうだ。
これが高ければ元気な状態でいられるし、低ければ生命活動が危機に瀕している状態になる。
回復魔法はこの体力の数字を回復させる効果があるようだ。
単純に言えば体を活性化させ、自己治癒力を底上げする。
元に戻った生命力が働き、体を治す。
そういう類のものだそうだ。
ただ、一般的なゲームとは異なりステータスが0になってもすぐに死ぬことはない。
一種の仮死状態に陥るといったらわかりやすいだろうか。
呼吸や心拍が停止し、意識もない状態となる。
無論その状態が続けばいずれは死んでしまう。
神谷の医療系スキルは病気を治したり、傷を治したりすることはできる。
しかし、それとは別に、治療中に体力が尽きて死んでしまうことだってある。
現代の医学では体力を一瞬で戻したりできるものではない。
だから、ロイスの魔法だけでも、神谷の医療技術だけでもこの子は助からなかっただろうと思う。
「だが奴隷を助けてどうするというのだ」
「……え」
俺にはロイスの言葉の意味が分からなかった。
怪我をして苦しんでいる人を救ってあげる。
それは素晴らしいことじゃないか。
もちろん彼女から助けを求められたわけではない。
切断された足も戻ってこない。
奴隷だった日々のストレスや精神的なダメージも大きいことだろう。
もしかしたら助けないほうが良かったのかも、そういう気持ちもないわけではなかった。
でも、やっぱり生きていればいいことだってきっとある。
空に手を掲げて必死に生きようとしている姿をみた。
そのまま死んでいいはずがない。
俺の左手みたいなアーティファクトがあれば歩けるようにもなる。
もう奴隷でもない。
怪我が治れば自由に暮らせる。
お金も俺が稼げば何も問題はない。
決して助けたことは間違いなんかじゃないんだ。
それをなぜ……。
「お前は聖騎士なんだろ? ……いや元なのか。 それでも、国民を守るために戦ってきたんじゃないのか? 死にそうなやつがいたら助けるんじゃないのか!?」
ロイスは俺の問いかけにも平然とした顔をしている。
あちらも考えを一切変えるつもりはないらしい。
奴隷だから放っておけとでもいうのか?
聖騎士をやめたからもう関係ないと見捨てるのか?
そんなのおかしいに決まっている。
「どうして、どうしてわからないんだ?」
「どうして? と言われてもそういうものなのだから仕方なかろう。 そもそも奴隷を助けるなんて無茶な話だ」
「無茶な話でも何でもないだろ? 現にこの子は助けることができた。 ロイスにも感謝しているしありがたいと思っている。 でも、奴隷だからと言って必死に生きる彼女をそんな風に言うもんじゃない!」
深いため息をつくロイス。
相も変わらず澄ました顔が憎たらしい。
「貴様は何か勘違いしているようだな。 奴隷に未来は無い」
「未来が無い? 未来ならあるだろ!?」
「いいや、いくら元気になろうがそれは変わらないんだ。 主人を離れた、しかも捨てられた奴隷は廃棄処分される。 その意味が分かっているのか?」
「ひどいことをされて捨てられるんだろ? そのくらいわかっている。 でも、この子はもう安心だ。 神谷も容体は安定して来てるって……」
「やはり貴様は何もわかっていない」
俺はあの廃棄場を見た。
無残な姿にされて捨てられる奴隷の末路。
わかっているさ、彼らがゴミのように捨てられることを。
「いいか? 奴隷は廃棄されるときに特別なルールが適用される」
「……特別なルール?」
「そうだ。 これはいくら足掻いても逃れられない、確実に死へ至る呪縛だ」
ロイスは何を言っているんだ?
確実に死へ至る呪縛?
「だからいくら助けようがこの子に未来は無いんだ。 ……せいぜい2~3日の命だろうな」
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