第49話 青い月の下で

 寒々とした青い月が城下の街を照らす。

 まるで俺の心を映しているかのようだった。

 急激に冷めていくようなこの気持ち。

 怒りとも違う葛藤。

 行き場のない思いは俺の体を突き動かす。


 これは家を追い出されたときと同じような感覚だ。

 足掻けども足掻けどもゴールは見えてこない。

 終着点はどこなのかを探る日々。

 辛かったと、そんな一言では言い表せない。


 確かに俺は強くなったし、魔法も使えるようになった。

 如月家の人々を凌駕するほどに。

 だが、それは一つの通り道であり、決して最終目的ではない。

 単純に言えば物理的に強くなっただけなのだ。

 そんな力は決して万能ではない。


 今見てきた奴隷たちを助けるためには金が必要だ。

 幸い、その物理的な強さで表面上は彼らを助けることはできるかもしれない。

 しかし、あの店以外の奴隷はどうなるのだろうか。

 きっと何も変わらないのだろう。

 とてもではないがすべてを救うということは不可能なのだ。


 唇を噛みしめる。

 流れる赤い液体が口に入り、鉄のような味がした。

 だが、何もしないよりはマシなはずだ。

 ただの自己満足かもしれないし、俺のエゴなのかもしれない。

 でも、それで喜んでくれる人がいるなら助けてやりたいし、救ってやりたい。

 地獄のような日々を過ごす奴隷。

 泥水をすすり、罵られ、殴られている人もいるのだろう。

 そんなことを考えると、いても立ってもいられない。


 薄暗い路地を進みダンジョンを目指す。

 お世辞にも治安がいいとは思えない裏の通り。

 俺の知っているダンジョンの入り口へ行くにはこちらを通る方が早い。

 早いのだが、……なんだこの匂いは。

 何かが腐ったようなにおいだ。

 進んでいくごとにその腐臭は増していく。

 そして見てしまった。

 人々が笑いあい営んでいるこの世界の裏側を。


 ……本当に現実というものは残酷なんだな。

 目の前に広がる光景はまさにそう言いたくなるようなものだった。

 腐った腕が、腐った足が、胴体が、頭蓋が無造作に捨てられている。

 虫が湧く死体の山。

 

 これはたぶん奴隷の行きつく先だろう。

 使い潰され捨てられる。

 はたまた、売れ残った商品は在庫処分としてそのまま捨てられたりもするのだろう。


「ひどいことするな……」


 思わず声が漏れる。

 どうしてこんな惨いことをして平気なのだろう。

 曲がりなりにも同じ人間だろうに。


「……」


 耐えがたい腐臭の中、微かに音が聞こえた。

 まさか、生きている人がまだいるのか?


「生きているなら返事をしてくれ!」


 地獄に響く声は周囲の建物に反射し、自分の元へと帰ってくる。

 誰にも聞こえない、聞こえるはずがない。

 だってここには死体しかいない。

 いらないもの、壊れたものは破棄される。

 そんな不良品置き場なのだから。


 でも、だからこそ、生きたまま捨てられているのなら。

 俺はそんな人に手を差し伸べてあげたい。

 理不尽な人生、理不尽な運命を変えてあげたい。

 再び声を上げる。

 しかし、夜の闇に声は溶けて消えていく。


「……」


 まただ、確かに聞こえる小さな音。

 やはり何かがいる。

 人ではないかもしれないし、野犬などの類のものなのかもしれない。

 だが、もしもそうじゃないならば……。

 死体の山をかき分け、必死になって音の発生源を探す。


 そして……。

 ……やっと、みつけた。


 漆黒の闇に身を任せ、最後の時を待っている何か。

 全身に広がる打撲の跡。

 両足が切り落とされ、おびただしい血が流れている。

 それでも自然と救いを求めて天に手を伸ばしている。

 まぎれもなく人と言えるものだった。

 どうしてこんな……。


 少し赤みがかった茶色の長い髪と華奢な体から、かろうじて女だということはわかる。

 しかし、全身を殴打され体はボロボロ。

 元がどんな人間だったのか判別すら不可能。

 生きているのが不思議なくらいのひどい状態だった。


「気をしっかり持て!」

「……」

「大丈夫だ! 俺が助けてやる!」


 どうすれば助けられる?

 残念ながら現代魔法も万能ではない。

 今は一刻の猶予もない状況。

 すぐに人を回復させたり、生き返らせたりすることはできない。

 精々細胞に強化を施すことで自然治癒力を高める程度しか……。


 いやそれよりもまず止血だ。

 この量の出血はすぐに死んでもおかしくない。

 バリアで切断面を覆い血の流れを止める。

 ……よしうまくいった。


 次に魔法陣を描き自然治癒力を向上させる。

 そして昼間に購入したポーションを彼女に浴びせた。

 少し腫れが引いたが、それだけだ。

 ポーションというのもそこまで万能なものではないみたいだな。

 応急処置としてできるのはこれぐらい。

 少なくてもすぐに死ぬことはないだろう。


 あとは医者に診てもらうしかない。

 ……そうだ。

 医療系のスキルを持っている神谷ならなんとかしてくれるかも……。


 横たわる彼女を抱き上げる。

 ひとまず城に戻ろう。

 それが今できる最善策。

 やせ細った彼女の体はとても軽かった。

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