第45話 聖騎士の責任

「聖騎士をやめようかと思っているんだ」


 そうロイスは俺たちに話しかけてくれた。

 自然と口から気持ちが漏れているような口調だった


「聖騎士をやめる人間がいまさらどうこう言っても仕方ないだろう? 先頭に立ってみんなの模範になる必要もないし、他人を厳しく律する必要もない。 私はこういう騎士とかそういうものには程遠いい者だったからな」


 淡々と心境を話しかけてくるロイス。

 恐らく彼女は本心からそう思っているに違いない。


「少しでも戦闘しようという気があれば私はここにいなかっただろう。 カイルのように、聖騎士隊の皆のように、肉塊に変わっていた。 そう思うだけでぞっとする。 一体なんだったのだアレは……。 魔王の軍勢と戦う? 一人だけでラウム王国の軍が壊滅したのだぞ? 馬鹿げていると思わないか?」


 ロイスはにゃーたんを軽く持ち上げる。

 見つめる一人と一匹。

 少し冷めた顔をして彼女は話を続ける。


「……私はカイルを見殺しにしたのだ。 助けようとすらしなかった。 ただ、ただ、怖かった。 そんな私は聖騎士には相応しくないし、きっと同じことが起これば同じような行動をするだろう。 今までは格下の相手にぬるま湯に浸かった戦闘しかしてこなかった。 でも、本当の戦場は違った。 恐怖と絶望しかないんだ」


 何かに必死に打ち込んできた人がこんなふうに諦めるのは少し悲しい気もする。

 だけど、人生には色々なことがある。

 時には挫折することもあるだろう。

 それが悪いとは思わないし、その人の人生の一部なのだ。

 一度きりの人生だし、好きに使えばいいと俺は思う。


 この世界に限らず国を守る兵士や軍隊は、死と隣り合わせの存在に他ならない。

 でも、その人たちは大切な人を守るため、大事な国を守るために戦っている。

 それはすごいことだと思う。

 だって、死んでしまったら人生は終わってしまうのだ。

 生きていればうれしいことや楽しいことがたくさんあるはず。

 それなのに、自分の幸せを願うよりも他人の幸せを願うのだ。

 ロイスは話を続ける。


「如月、貴様も無理はしなくていいのだぞ? 戦場では弱い者から淘汰される。 勇者、勇者と、もてはやされてはいるが、あいつを止める手立てはない。 今のうちに逃げる用意でもしておいたほうがいいのではないか?」


 彼女は後ろを向き、もふもふの生物を撫でる。

 その背中は少し寂し気に見えた。

 もうどうしようもないという絶望。

 時にそれは人を冷静にしてしまうものなのかもしれない。


 しかし、ロイスがいくら諦めようと俺には一つの思いが湧いてきていた。

 それは理不尽な運命が気にくわないということだ。

 街の中で主人にいいように扱われる奴隷や意味もなく殺される人々。

 彼らは自らの意志など関係ない。

 ただ、理不尽な運命に巻き込まれたに過ぎないのだ。


 この異世界に召喚された俺も、その理不尽な運命に巻き込まれたと考えていた。

 しかし、過去に家族から見放された経験に比べれば大したことはない。

 恐らく現代世界よりもこの世界は過酷で、理不尽で、どうしようもないことが起き続けている。

 そう考えると見方が変わってきたのだ。

 俺の過去の経験なんか屁みたいなもの。

 もっと凄惨な人生を送っている人もいるはずだ。

 じゃあその人たちはただ流されるまま人生を閉じてしまっていいのだろうか?


 答えは否だ。

 俺は自力で一つの魔法形態を作り上げた。

 評価はされなかったとしても、現代魔法使いとして一流という位置までこぎつけた。

 これはある意味で幸せだったのだ。

 そしてこの力でなすべきことはただ一つ。

 魔王軍の撃破である。

 だから俺はロイスに向かって堂々と答えよう。


「俺は人が死ぬのが嫌いだ。 理不尽に殺されるのも嫌いだ。 だから勇者の一人としてこの世界の危機を救ってみせるよ」

「何を血迷ったことを言っているのだ……。 筋はいいかもしれないが、そういう次元ではない。 蟻がいくら集ろうと人と戦えば踏みつぶされる。 そう、戦うという概念がおかしいんだ。 害虫を駆除するように一方的な虐殺が始まる。 それをお前は……」

「ロイスの言う通り俺たちは虫けらなのかもしれない。 だけど、蟻だって状況によっちゃあ人を殺せる。 この世界じゃわからないけど、俺たちのいた世界ではそうだった」


 ロイスは鼻で笑う。


「ではお前は魔族の軍勢をどうにかできるというのか?」

「出来るかはわからない」

「そらみろ、私たちの世界は滅ぶのだ。 わざわざ死地に赴くことはない。 逃げていたら生き残る可能性だってあるのだぞ?」

「……出来るかはわからないが、俺たちはそれを止めるために呼ばれたんだろ? だったら勇者の俺たちに賭けてみるのもいいんじゃないか?」

「私にも敵わない勇者達にか?」

「まだ発展途上かもしれないけど、みんなどんどん強くなってる。 1000年前もそうだったんだろ? 勇者が魔族の軍勢を返り討ちにしたって。 じゃあ今度もなんとかなるだろ?」

「……」


 背を向けているロイスが押し黙る。

 過去にも同じことが起きたんだ。

 それに従って今回も勇者が呼ばれた。

 魔王の軍勢を倒すために。

 それなら一方的にやられるっていうことはないはずだ。


「ロイスらしくないのだ! しっかりするのだ!」


 怒られるのを怖がっていたラフタルが口を開ける。

 ラフタルとロイスの関係はよくわからない。

 わからないが、特別仲が悪いというわけでもなさそうだ。

 聖騎士とブラックナイトだからライバルみたいなものなのか?

 もし、そんなライバルのような存在だったとしたら、意気消沈した姿は見ていられないことだろう。


「ラフタル、お前も戦ったのだろう? 怖いと思わないのか?」


 青ざめた表情を浮かび上がらせるラフタル。

 少し震えているが彼女の目は真面目だった。

 病室であったときはビクビク震えて話題に出すなと言っていたのにな。


「こ、怖いのだ……。 怖い……けど我は戦うぞ! アリオーシュが戦うと言っているのだ。 だったら、やめるわけにはいかないのだ!」

「ラフタルは勇敢なのだな。 だがそれは勇敢と無謀をはき違えているにすぎない」

「アリオーシュは誰にも負けない! 我を守ってくれるのだ! 助けてくれるのだ! だからアリオーシュの大好きなこの国を我も守らなければならないのだ!」


 再び沈黙した時間が流れる。


「ラフタル、お前の言うことはきっと正しいんだろうな。 でも、もう決めたことだ。 私一人がいなくなったところで何も変わらないさ」


 ロイスはそう言い残し、去っていった。


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