第28話 勇者の参戦

 液体のように吹き飛んだ城のあとを見上げる。

 遅れて力の余韻が全身に伝わった。

 奴の異常なまでの底知れない力。

 その一端に触れてしまった。

 そんな気がする。

 第五拠点では実際に戦っているところはほとんど見ていない。

 だが、ありえない事実が奴の強さを物語っていた。

 聖騎士隊が全滅させられるという事実。

 それは信じがたい事であったが、その時も全く本気ではなかったのだ。

 周囲の建物は一切壊れておらず死体だけがゴロゴロと転がっている状態。

 つまり、力を振るうほどの相手ではなかったことに他ならない。

 兄上の瞳にも目の前の光景が焼け付いたことだろう。


「あ、兄上……」

「……ロイス、俺たちはやらなきゃならないんだ」

「確かに凄まじいですね。 これほどの力は見たことがありません」


 こんな絶望的な状況でも冷静沈着な師匠。

 私もあの心構えを見習いたい。


「ですが、少々不可解です。 もしや誰かが戦っている?」


 そうだそうなのだ。

 あのような状況を作り出すには相手がいないとおかしい。

 単純に奴は敵の拠点を潰しに来たとも考えられるが、数回攻防を繰り返した様子があった。

 師匠の言うように誰かが応戦してくれている可能性が高いとみるべきだろう。

 絶望的な状況に少しの光が差し込む。

 それでも今起こった現象は常軌を逸している。

 絶望的であることには変わりはない。


「聖騎士の中でアレについていけそうな奴はいない。 まさか勇者たちの誰かか?」

「ありえますね。 まだまだ未知数な者たちです」

「ロイスとそこのチビは勇者たちを呼んで来い。 アリオーシュはブラックナイトを、俺は残りの聖騎士達を呼んでくる」

「勇者たちをですか?」

「多少は役に立つかもしれんからな」

「……わかりました」


 少し間を置き返事をする。

 勇者たちはまだまだ発展途上で見るに堪えない者ばかりだ。

 しかし今の現状、猫の手も借りたい。

 そもそもこの国の危機を救うため、世界を救うため、ヴィネー様が数年かけて召喚した者たちだ。

 だからこそ期待が無いというと嘘になる。

 実際に訓練をしたり手合わせすると、その強さを認識できる。

 成長すればこの世界の上位層に匹敵する程になるだろう。


「ラフタル行きますよ」


 ラフタルからの返事がない

 いつも威勢のいいラフタルが借りてきた猫のようにおとなしい。

 振り向くと顔面蒼白のラフタルがいた。

 手の指を口に咥えガチガチと震えている。


「アワワワ・……」

「大丈夫ですか! ラフタル様!?」

「どう考えても大丈夫じゃないじゃろ!! 城が変なことになっているのだ!! あんなものに巻き込まれたらひとたまりもないのじゃ!」

「大丈夫ですよ。 ラフタル様は私がお守りいたします」

「い、いや、しかしじゃな……」

「私が信じられないのですか?」

「わ、わかったのじゃ」

「遊んでいる時間はない早く行け!」


 しぶしぶラフタルと勇者たちを呼びに行く。

 幸いにも吹き飛んだ部分は今の時間帯だと人はいないはず。

 ラウム王も無事であることだろう。


「う~やばいのじゃやばいのじゃ……」

「さっきからうるさいわね」

「ロイスはこ、怖くないのか?」

「私だって怖いわよ! でも私たちがやるしかないのよ」

「うー、うー、でもやっぱりこわいのじぁ~……。 あ」

「どうしたのよ」

「ちょっとお腹痛いのじゃ」

「仮病は終わってからにして頂戴」

「うぐぐ」


 勇者たちが寝泊まりしている宿舎はそれほど遠くない。

 騒ぎを聞きつけてか何人か外へ出てきている者もいる。

 ラフタルのように泣き言ばかり言ってはいられない。

 聖騎士としてしっかりとした立ち振る舞いをせねば。

 勇者たちもこちらにも気づいたようで私たちの基に駆け寄ってきた。

 こいつは確か飛騨とか言う者だったか。

 若干癖のある黒髪に整った容姿、何度か直接話したことはあるが芯があり正義感にあふれているような男だ。召喚されてきた勇者達のリーダーのような働きもしているようで、話をするには丁度いい。

 飛騨は城の状態を見て鬼気迫る表情に変化する。


「ロイスさん……とついでにラフタルさん一体何があったんですか?」

「ついでとはなんなのだ!」

「お前は飛騨だったな。 敵の襲撃を受けているため、勇者たちにも討伐に参加してもらう」

「襲撃ですか?」

「そうなのだ! やばいのだ!」

「……ラフタル少し落ち着いてくれ。 無論足手まといはいらない。 戦えるものだけでいい」

「桜田、何かわかるか?」

「わかるかって言われたら調べるっきゃないけど、あんなやばそうなとこ行きたくないわよ私」


 何やら四角い物体を取り出し指でつんつんと触っている。

 飛騨と呼ばれる男に対してこの桜田という女は勇者とは程遠いい。

 髪は金髪のストレートで容姿はとてもよく見える。だが、チャラチャラとした印象を受けるため勇者としては向いていないのではないだろうか

 対してもう一人の東雲という女も容姿端麗。黒髪のロングストレートは私の目から見ても美しく思える。訓練の時も常に優秀で手のかからない勇者だった。


「えっこれマジでやばいんだけど」

「そんなに状況が良くないのかしら?」


 飛騨と東雲は四角い物体を覗き込む。

 あれで何がわかるというのだろうか。


「これは確か敵の強さがわかるんだったよな?」

「そうよ。 私たちも点で表示されていると思うんだけど、おそらくこの森にでかでかと表示されてる点がその敵だと思う」

「私にも確認させてくれ」

「はいどーぞ」


 大雑把な性格なのか四角い物体を私に投げて渡す。

 その物体にはここの地形を表した地図のようなものが記載されており、ところどころに赤い点がついている。そして、先ほど言っていた真っ赤で巨大な円が森の方に記載されていた。


「それって敵の強さと位置がわかるんだよねー。 点が大きいほど強いワケなんだけど、いやぁもうそれはやばいっしょ。 点で表示されるはずなのになんなのその巨大な円は? ダンジョンとかこの国の人達と比べてもありえないレベルなんですけど!」

「桜田さんの話が本当なら協力できないわ。 私たちはまだこちらの世界に来て間もないもの。 戦い慣れていないのに死にに行くのはごめんだわ」

「俺も東雲の話に賛成だ。 みんなを連れて行くことはできない」

「私もさんせーこんなもん死にに行くようなもんだもんね」

「……そうか。 元々貴様らには期待はしていない。 好きにするがいい」

「で、では我も……」

「ラフタル貴様は来るんだ」

「ひー」


 勇者には見たこともないスキルを持つ者がいる。

 今桜田が見せたものだってそうだ。

 そもそも敵の強さと位置がわかるスキルは聞いたことがない。

 ある程度敵の位置を把握するレベルであれば感知系のスキルがあるのだが、どのくらいの強さを持っているか、そんなことはわからない。

 アーティファクト等で強さを測定するものはあるのだが広範囲を確認するために使う、そんな用途にはまず使わない。


「ですがロイスさん。 みんなは連れていけませんが、俺はついて行きますよ」


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