第9話 ラウムのダンジョン2

 銀線が走り、青い水玉がパンっと弾ける。

 長槍は大きな金切り音と火花を発し、地面を深くえぐり切った。

 攻撃の反動でスピードが乗った体を静止するべく、強固な足の爪がガガガと深く溝を作る。

 圧倒的なオーバーキルだった。


「やった! 1体倒したよ!」


 下地の一方的な雑魚狩りに対応すべく、末永が考えたのは電光石火の攻撃だ。

 天然のスパイクと化している足の爪が、地面をしっかりと噛みしめることで高速移動と高機動を可能としているようだった。

 例の如く、針の山で倒そうとしていた下地は残念そうな声を出していた。


「いい動きだ。 次の階も期待しているぞ。 如月も1体くらいは倒せ」

「敵を残してくれるんなら俺も喜んで倒すぞ」

「如月君ダメだよ! 早い者勝ちなんだから!」


 今俺たちは第1階層が終了し、第2階層を進んでいる。

 変わったことと言えば末永の圧倒的オーバーキルが追加され、余計にやることが無くなったところだ。そんなこんなで一応攻撃は仕掛けてみるものの瞬殺されるため1体も倒せていない。

 ロイスには怒られそうだが、これは仕方ないのではなかろうか。

 ただ歩いているだけで第2階層は終了した。


 サクサクと探索が終了し、第3階層へと降りていく。

 第2階層ではスライムにしか出会わなかったが、第3層からはゴブリンの出現率が上がるらしい。スライムはただの水玉だったので、倒すには何のためらいもなかった。しかし、ゴブリンとなると女子にとっては少し辛いかもしれない。

 第3層も上の階と変わらず遺跡のような壁が続いている。

 しばらく進むと浅黒い肌の色をしたゴブリンが出現した。

 手に持っているのはこん棒で、殴られたら結構痛そうだった。

 案の定スライムを虐殺していた末永が少しうろたえている。

 チャンスが訪れたのだ。

 重い剣に手を取り、ロイスに教わった構えをとる。

 ゴブリンの動きは遅く、おぼつかない自分の剣でも容易に倒せそうな気がした。

 一気に距離を詰める。地面からの反発力を利用し、大振りだが下段からの強烈の一撃を放つ予定だ。

 ゴブリンがこちらに気づいた。

 相も変わらず動きは鈍い。

 この間合いなら届く。


 と、思っているのも束の間。

 目の前のゴブリンの頭蓋がパァンと弾けた。

 壁にぶつけたトマトのように脳汁が飛散し、辺りを真っ赤な血で染め上げた。


「ゴブリンだとやっぱり弱いわね」


 下地は表情一つ変えずそう言った。

 遥か後方にいた下地は末永と同じくらいのスピードで接敵し、掌底による衝撃破によって見事ゴブリンを粉砕していたのである。


「下地今のはなんだ?」

「ただの掌底よ」

「お前の掌底は恐ろしいな……というか俺の獲物……」

「さっき末永さんも言ってたけど早いもの勝ちらしいわよ」

「ソウデスカ……」


 ダンジョンを進めていく途中で詳しく聞いてみたら縮地という技術を使って接敵し、覇王撃という技で衝撃波を生み出して倒したのだそうだ。魔法みたいなものを具現化するだけでなく、自身への補助効果や体術も描いたとおりに実現できるという。何それチート? スキル名はペイントイマジネーションとか言うそうだ。ただし、本当の意味で万能ではなく自分の体力や魔力によって威力が変わるらしい。また、絵が描けないと宝の持ち腐れのようで、そういう意味では下地に打ってつけの能力のようだった。


「ここまで思い描いたものを具現化できるなんて楽しくて仕方ないわ」


 早く次がこないかしら? と不敵な笑みを浮かべている。

 ロイスも下地の対応力の高さに感心しているようだった。


「ヴィネー様から聞いていた能力とはだいぶ違うようだな。 応用力もあるし、なかなか見どころがある」

「当然よ」


 澄ました顔でパラパラと本のページをめくり、パタンと本を閉じる。

 褒められて少し照れているようで、同じような動作を繰り返している。

 わかりやすいやつだな。


「それに引き換え如月はまだ1体も倒せていないのか? 末永もゴブリンを見たとたん怯みおって……」

「いや俺は魔物を取られて……」

「わ、私はゴブリンが気持ち悪くて……」


 末永はやはりゴブリンが苦手のようだ。

 俺も気持ちはわかる。

 気持ち悪い見た目してるもんな。

 しょうがない。


「まぁ末永はそのうち慣れるだろう。 それより如月にも1体くらいは倒させてやれ」

「むぅ……」


 怪訝な顔をする下地。

 嫌々ながら承諾したようで、次に出てきた魔物を倒させてくれることになった。

 直接敵を倒さないと経験値が入らないらしい。

 経験値が入るとレベルが上がり各種ステータスが上昇するのだそうだ。

 つまり敵を取られていると一向に俺のレベルがあがらない。


 しばらく進むと再びゴブリンが現れた。

 次は2体。

 今度はこちらに気づいている。

 遅いながらも走って襲い掛かってきた。


「末永は左、如月は右を倒せ」


 ロイスから目標を指示される。

 下地は本に手を掛けウズウズしているが、ロイスに静止されて我慢しているようだった。


「うげー気持ち悪いよぉ」


 末永は戦う体制に入るがどこか腰が引けている。

 銀色の長槍をくるくるとバトンのように振り回し、時間稼ぎ。


「いいから早く倒せ!」


 ロイスから再び声がかけられ、しぶしぶ覚悟が決まったようだ。

 地面に長槍打ち付け、カンッ! と乾いた響きがダンジョン内に伝わる。


「ゴ、ゴブリンさんごめんなさい!」


 圧倒的なスピードにゴブリンは反応できるはずもなく、お腹の辺りをざっくり切られ絶命する。

 倒れたゴブリンはピクピクと痙攣し、しばらくすると動かなくなった。

 もう1体のゴブリンはそれを見て、恐怖したのか逃げだした。


「如月も早く倒せ! 逃げるぞ!」

「へいへい」


 幸いなことにゴブリンは逃げ足もそこまで早くない。

 重い剣を右手に持ち、先ほどと同じ方法で間合いを詰める。

 力の乗った下段からの薙ぎ払いはゴブリンの腹部に命中し、真っ赤な血が噴き出した。

 切れ目からは臓物が飛び出している。

 やはりグロいな。


「最初はそんなものだろう。 これから何百、何万という魔物を倒していくのだ。 これくらいで値を上げられては使い物にならないからな」

「でもやっぱり気持ち悪いです……」

「気持ちはわからんでもないが、生きるか死ぬかの世界だ相手に情けを掛けてる暇などない。まぁ最も今回は勇者がいっぱいいる。 戦わないという選択肢も残っているのだ」

「戦わない選択肢ですか……考えておきます」


 正直俺も末永みたいな子は戦わないほうがいいと思う。

 ドラゴンの力は確かに強力ではあるが、ほかにも強いやつはいた。

 飛騨や東雲はやはり言わずもがなといったところだろう。

 この世界のレベルがどの程度かまだはっきりしていないが、下地にしたって相当な手練れにはいることは間違いないはずだ。


「それとだな」


 ロイスが床に倒れているゴブリンの首を刎ねる。


「ゴブリンはしぶとい。 しっかり止めを刺しておけ」


 俺の倒したゴブリンはまだ息があったらしく、ロイスの一撃で完全に沈黙した。

 すると頭の中でファンファーレみたいのが鳴り響いた。

 これは何なのだろうか。


「なぁロイス今頭の中でなんか鳴った気がしたんだがこれはなんだ?」

「あなたしっかり話を聞いていたのかしら?」


 下地は呆れた様子だ。


「本当にお前は使えないやつだな。 座学の時にロッジから伝えてあるはずだが?」

「すまんあまりに面白くなかったから寝ていた」


 一同ため息をついている。


「如月君それはレベルアップしたときの合図みたいだよ? 私もスライム倒してた時になってたもん」

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