第4話 城内散策

 1日の訓練が終わり夜になった。

 夕食のメニューはシチューのようなスープ、焼いた肉にサラダ、主食にパンだった。パンにはびろーんと伸びるチーズが載せられ、どこまで伸びるのか競い合っているやつもいた。前日と比較するとやはりグレードは落ちるもののそこそこおいしかった。

 夕食を済ませたあとは、ソファーなどが置いてある少し大きなリビングに誘導される。奥には2か所、上へと昇る階段があり、左側が男子の寝床、右側が女子の寝床になるらしい。女子からは男子はこっちにこないでね、とかちょっとした修学旅行気分のような掛け合いがされていた。

 その後、ロイスから明日の予定を伝えられる。数日は今日と同じ流れになりそうだ。結構しごかれたのでゲッソリしている生徒もいたが大丈夫だろうか。中には鬼教官とコソコソ言っている人もいたが、気づかれた後ひどい目にあっていた。とりあえず逆らわないようにしようと思った。女子には優しかったけど。


「以上だ、ではこれで1日のスケジュールは終了となる。 ゆっくり休むといい」


 各自、自由時間となる。

 大浴場もあるらしく、自由に使ってくれといわれた。至れり尽くせりとはこのことだ。

 ただ、部屋は二人一部屋で少し居心地が悪い。まぁ、人数が人数なだけに仕方がないか。

 とりあえず消灯まで暇な時間ができたので城の中を散策することにした。ついでに、図書室があれば魔法の本も見てみたい。


 外はすでに暗闇に包まれていたが、燭台に設置してある宝石のような輝く石が煌々と城内を照らしている。比較的大きな通路には等間隔で配置されているらしく、昼間と同じような感覚で散策することができた。

 ときどき位の高そうな高官のような人、ふんぞり返った貴族みたいなひと、鎧をまとった兵士、お世話をしてくれるメイドなど、案外夜遅くになっても働いている人がいた。


 ぐるっと城内を散策したが、図書室は見当たらない。

 ちなみに、王様がいる部屋は24時間体制で厳重に守られており入ることはできなかった。もちろん入るつもりはなかったが。常に見張られている王様も大変だな。あと行けないところといえば、王城内で働いてる女性が寝るところだった。こちらも厳重に門番が見張っていた。なお、門番は女騎士だった。男には任せられないとかそんなとこだろう。

 やはりただ歩き回っているだけでは、図書室は見つからなかったので巡回している兵士に尋ねることにした。すると図書室は城内ではなく離れにあるのだという。よければ案内しようか? と言われたが丁重にお断りした。


 教えられた方角に移動していくと、少し離れた場所に大きめの建物が見えてきた。たぶんあれだろう。見つからなかったのも納得で、周囲には木々が生い茂り、鬱蒼とした森の中に建物が隠れていた。

 ……と、図書室に近づくにつれて怪しい声が聞こえてくる。


「…………は………………ねぇ」


 あちらの茂みからだろう。

 こんな夜遅くにこんな場所で一体何をしているのか。

 少し怖いが、興味をそそられる。

 恐る恐る近づくと、徐々に人影らしきものが見えてきた。

 バレないようにそっと木陰から顔をだす。


「はぁ~~♡ みゃ~たんきょうもかわいいでちゅねー!」

「みゃあみゃあ」

「みゃ~たんのために今日もこっそり持ってきまちたよー!」

「みゃー!」

「じゃっじゃーん! 食堂からぱくった牛乳だー!」

「みゃみゃーー!!」

「これが欲しくば、みゃ~たんのお腹を触らせるのだー! うりうりうりうりーー!」

「みゃ!? みゃーー!?」

「ああ、フカフカ……」


 それは痛々しい姿で、子猫のお腹をもふもふしている少女だった。


「今日はねーなんか勇者とかっていうのが来て大変だったんだよぉー。 怖いひともいて、いきなり殴りかかってくるしー私こわい!」

「みゃみゃあ」

「ああ……でもわたしはみゃ~たんをもふもふできれば大丈夫! ぷにぷに……やっぱり肉球もいいなぁ……。 えい! ぷにぷにぷにぷに……」

「みゃあみゃああ」

「やべ、鼻血でそう」


 ていうかロイスだった。

 鼻血でそうっていうか、鼻血出てますよロイスさん!

 これは……あれだ。絶対見ちゃいけないやつだ。絶対そうだ。

 ……よし見なかったことにしよう。

 まだ、距離はある。ばれてないはずだ。

 ここは慎重に離脱するべき。

 そう、ゆっくり、ゆっくりと。

 一歩、後ずさると、恨めしいことに木の枝からパキッと弾けた音が響いた。

 ああ……!!

 凄まじい早さだった。

 抜刀のスピード、そして瞬時に距離をつめる接敵能力、どれをとっても超一流の成せる技。

 後方にあった木の幹に深々と長剣が突き刺さり、頬から血がツーーと流れる。

 ロイスと目が合った。


「こ、こんばんわロイスさん」

「見たのか?」

「えぇ? な、なにがですか?」

「貴様、絶対見たな! よしこうしよう、お前の命がここで無くなれば特に問題はない。 そして私も死ぬ」


 むちゃくちゃだこの人!

 でも鼻血が出ているせいで妙に緊迫感がない。


「落ち着いてください! みゃ、みゃーたんもそんなことは望んでいないと思いますよ!」

「……やはり、見ていたのだな」


 キッっと射殺すような視線が突き刺さる。


「俺、絶対いいませんから!」

「貴様の名前は?」

「如月 潤です……」

「名前と顔をおぼえたぞ。 言い振らしたら必ず息の根を止めてやる。 覚悟しておけ」


 つかつかとこの場からロイスは去っていった。

 ふぅとため息を一つつく。

 意外な一面を見てしまった。

 これは心の中にしまっておこう。


  *


 図書室に行く気も無くなってしまったし、夜も遅くなってきたことだし今日のところは寝ることにした。通ってきた道を通り、自分に割り振られた部屋へと戻ると、部屋には飛騨がいた。いわゆるルームメイトというやつだ。


「おつかれ如月」

「あ、ああ」


 爽やかイケメン男子だ。コミュ力も半端ない。

 ああ、しか言えなかったじゃないか。


「なんだか大変なことになってしまったね」

「えっ!? 何が!?」


 思わず先ほどの光景が思い浮かんだ。

 にゃ~たんとロイスが戯れていたあの……。


「なにってもちろん異世界召喚だよ。 元の世界に帰りたいと思っている人は結構いると思う。 だからこそ精一杯僕たちが頑張らないと」


 一瞬焦ってしまった。

 そうだ、そうだよ、先ほどのことは心のうちにとどめておくのが一番だ。

 大丈夫だ。もう忘れろ。

 それよりも、異世界召喚がされてからまだ2日目。

 自分たちが生きて行くこと、今後どうしていくべきか、は重要な案件だ。


「やっぱりお前も元の世界に戻りたいのか?」


 ふかふかのベットに座り外の景色を見上げる飛騨。少し遠いい目をしてふふっと笑った。


「そりゃあ、いきなり何の関係もない世界に連れてこられたわけだからね。ロイスさんやヴィネーさんも色々教えてくれるとはいえ、昨日の今日で慣れるってのがおかしいよ」

「一部、この世界を大歓迎しているやつがいたがな」

「あれは特別だね……。 如月は帰りたいとは思わないのか?」


 正直、俺はどちらでもないという方が正解か。

 あちらの世界に親しい人間はいなかった、かといってこっちの世界でも同じようなもの。

 すこし文明のレベルは下がるかもしれないが、待遇はいいし割と嫌いではない。


「まぁまだ様子見ってとこかな俺は」


 今は優しく、希望に満ちた目で手をかけてくれるヴィネー。いつまでもそのまま接してくれるかどうかはわからない。ロイスは自信のないやつはやめてくれてもかまわないと言っていた。だが、勇者として使えなくなった人はどうするのか。ある程度の生活資金をもらって何不自由なく暮らすというのが理想だが、不良債権をそのままにしておくのだろうか。


「しばらくはそうするしかないだろうね。 この世界のことをまったく知らない僕たちが外に放りだされたらどうなるのかわからない」

「ちがいない」


 ここで、眉をひそめて深刻な顔をする飛騨。

 人差し指を口にあて静かに語りかけてきた。


「ただ、ヴィネーには気を付けたほうがいい。 なんとなくそんな気がするんだ」


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