第五十五話 後日譚のようなこれからのはなし

 停学一週間。

 それが数時間にわたる大説教の後、俺に下された罰だった。


 停学処分などという不良ぜんとしたものを喰らうとは俺も随分とビッグになったものだ――なんて感慨にふけりながら、自宅の机上で反省文を書く謹慎三日目の夕暮れ。

 余るほど貰った原稿用紙。不良が更生していく中編小説でも書いてやろうと思ったが、謹慎期間を伸ばされてはいけないと自重することにした。

 ……いや、これでもちゃんと反省してるんだよ? ただそれ以上に達成感が強いだけで。


 さて。

 あれからの皆がどうしたのかについて語るとしよう。


 俺は連行された後に学年主任、校長、担任のおじさんたちに囲まれ大説教を喰らうこととなった。もっとも、俺が事情を(嘘交じりで)話したところ、ある程度は納得してもらえたのだが。元はと言えば夜霧の命と画家人生を取り戻すための計画。そこにやましい理由は無く、この停学も学校体裁を整えるために過ぎない。

 とはいえ病気が完治し、母の精神も落ちつきはじめ俺たちとの同居を考えていた両親にとっては寝耳に水だったろう。妹の説得もあってか、両親からは何も言われることは無かったが少し申し訳ない。

 総じていえば、なんてことなしって感じ。信賞必罰。それが世の理ってことで。


 話に出たので、妹とその他協力してくれたミーハー達について。


 俺が来る直前に塗装を完了した彼らは大急ぎで撤収――逃走というべきか――したそうだ。中庭に俺と夜霧が来る頃にはもぬけの殻であったのがその証拠。

 教師陣への説明の際、一種の芸術作品ともいえるあの光景の製作者として彼らの名を挙げることも考えたが、全員が口を揃えて「面倒は嫌」というので、今回の事件は全て俺がやった、ということで状況が終了した。夜霧も俺が無理やり巻き込んだ、ということでおとがめなしであった。

 大人たちも馬鹿ではないし、俺一人の力じゃ不可能なことは分かっているだろうが、あの超常的な芸術の暴力を前にして真実なんてどうでもよくなったに違いない。


 青い桜を前にした教師たちの呆気にとられた顔、今思い出すだけでも笑いが止まらない。

 くわえて、あれを見た生徒達が画像をSNSに上げたところ相当拡散された、という話をミーハーからラインで聞いた。あれは大衆の評価を必要とするような薄っぺらい作品ではないし、液晶の平面では絶対に伝わらないものではあるのだが、それでも人の心を揺さぶるには十分な魔力を持っていたということだろう。現に桜を一目見に数十人が高校にやってきたというし。芸術とは末恐ろしいと改めて思う。


 本当に、そこまでのことをやってくれた皆には感謝しかない。今度会ったとき、精いっぱいの感謝を告げて焼肉でも奢ってあげよう。


 うん。あと語るべきは例のあの人ただ一人なのだが、それに関しては長々と地の文で説明する必要もなさそうだ。

 

 ほら、ずけずけと階段を上る音が聞こえるだろう――?


「長いわよ。おかげであなたの保険証と印鑑を見つけてしまったわ」


「何する気ですか!?」


 抑揚に乏しい女子の声。

 振り向くと、ベッドに夜霧が飛び込まんと宙に浮いている瞬間だった。

 やがてぽすんとスプリングが音を立て、彼女は布団の上にうつ伏せになる。 


「ほこり舞うからやめろって」


「あら、男って自分のベッドに女の子がいると萌えるのでしょう?」


「その狙ってやりました感がなければな」


「残念。答えは二番の『お前が何をしても萌えるよ』でした。スーパー枕ボッシュート」


 てれってれってーん。

 世界に不思議を発見する感じのBGMが脳内に流れた。

 

 ……ていうか本当に枕を鞄を仕舞い始めた夜霧に、俺はツッコミを入れるべきなのだろうか。

 まぁいいや。


「んで、謹慎中の俺に何か用ですかい」


 今まで一切連絡がなかったのに、急にラインを寄越してきたかと思えばもうその時には家のチャイムが鳴っていた。これが今に至るまでの過程である。

 正直なところ、真に夜霧が創作家としての精神を取り戻してくれたのか、青春欠乏は満たされたのかと気になるところではあった。

 だからこうしていつも通りの調子を取り戻してくれたことに安堵している。よかった、心の底から。


 そんな彼女は


「あぁほへはへそれはね――」


 しばらく布団に埋めていたからか、ほんのり頬を朱くした顔で言う。


「私の家に来なさい。あなたに見せるべきものがあるのよ」


「ん、なんだよ。俺自宅謹慎中なんだけど」


「病院から女の子連れ出して泣かせるような男がそんなのに従うように思えないけれど?」


 椅子に座る俺の前に立つ制服姿の彼女は挑発的に笑う。これで何度目かの感想かは分からないけど、笑う彼女は綺麗だった。


「……その通りだな。立には書置きしておくとしよう」


 俺はペンを置いて立ち上がろうとするが、この三日間寝る間を惜しんで執筆に熱中していたせいか、腰が痛みぎこちなくなってしまう。

 それを見た夜霧は、呆れたような表情で


「私の隣を歩くのならもっとちゃんとしなさいよ」


「……そうだな」


 俺はしゃきりと見栄を張るように背筋を伸ばし、彼女の左手を――。


「違う、こっち」


 差し出されたのは彼女の右手。

 俺はひと呼吸をおいて、その華奢な白い手に指を絡ませた。


「ん――じ、じゃ、行くわよ」


「おう」


 ――創作家の青春は不幸せだといったが。

 まぁ、どんなことにも例外はあるのだ。

 


 

 


 


 


 


 


 

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