第四十九話  あと五話くらいだと思われる章

「――人が足りないなって思ったことない?


 そんな声が背中からして振り向くと、中庭の入り口に2つの人影が見えた。1つは小柄な少女の姿、もうひとつは――


「借りを返しに来たぞ、後輩」


 ガタイのいい大柄な男の影が投げやりな口調で喋る。部活に所属していない俺と関わりのある先輩といえば、考えうる限り1人しか存在しない。


「俺を病院送りにしたことですか? 先輩」


 告白勇者。

 天津風夜霧に告白するも相手にされることなく振られ逆ギレ。その後俺と夜霧が付き合ってるというウワサを広めて一悶着あった野球部エースのイケメン君である。


「お前にはこれっぽっちも思うとこはねえよ。俺の短気でに当たっちまったからな。アイツの右腕は俺の肩より価値があんだろ? だからその借りを返しに来た。さっさと仕事寄越せ」


「おい立。お前いつからこの顔良ければなんでも許されると思ってそうな野郎と知り合ったんだ」


「本人目の前にいるっての忘れてんのか」


「そもそも私は編集さんから話を聞いてここに来たんだけど、そしたらたまたま正門前で会ってさ~」


 確かにあの鬼編集には事情を説明したけど……情報ってのはいくら統制しててもどこからか漏れるもんだなと痛感する。法律に背く行為であるし、あまり妹を巻き込みたくはなかったんだが……。

 まぁ妹の事情は分かった。だったら――。


「そういえば先輩はどうしてこのことを」


「あはは。それはオレが呼んだのさ。どう考えても人手足りなそうだったから」


 ミーハーはあっけらかんと言った。確かに二人の登場で大分状況はよくなるだろう。しかし……。


「本当にいいんですか? これ犯罪ですよ」


 俺よりよっぽど表向きの評判がいい彼がここまでのリスクを負う理由が分からない。夜霧はともかく、多分俺は先輩に嫌われているというのに。

 そんな俺の心情を知ってか知らずか、


「犯罪者は見下すべき存在だろうな。でもな、返すべき借りを、償うべき罪をそのままにする人間の方が底辺だと、俺はそう思ったからここにいる」


 筆や塗料を確認しながらきっぱりそう言い切る先輩は、悔しいが格好良かった。


「そんな余裕ないんでしょ、お兄ちゃん。そんなペンキ塗れになっちゃって――って誰かさんその手やばくない!?」


 誰かさん……あぁ、面識ないよなそりゃ。

 腫れた右手をまじまじと見つめられたミーハーはやはり痛むのか口元だけ笑顔を作って反対の手を振った。


「いやいや、この身に余る光栄に喜んでるだけだよ」


「そんな物理的に体が変化するんだ」


「お兄さんの知り合いだからね。変わり者ばっかだぜ」


「まぁそうかもね。意味わかんない恰好してるおばさんもいることだし」


「おばさんって誰!?」


 ブルマ姿の司書(24歳)はびくっと体を震わせて叫んだ。


「あ? 司書さんじゃねぇか。へぇ、こういう人間だったのか。勉強になったぜ」


 司書の意外な一面を知った先輩はその高い目線からブルマを睥睨する。


「だからその平家が平家以外の非人にんげんを見るような目で見るのやめて……お姉さん死にたくなるというか死ぬここで首吊って死ぬ」


「ま、似合ってると思うぜ」


 純度百パーセントの気遣いであった。


「ほんと!? 結婚してください」


「……なぁ、俺不安になってきたんだが」


「安心してください。ここにいる時点で皆変わり者ですから」


 俺はそう言って辺りを見回す。

 誰もいない夜の校舎に灯る明かり。しんとした空気を塗り替える賑やかな笑い声。

 重傷を負いながらも始終楽しそうなミーハー、面倒見の良すぎる司書、余命を受けた兄を見捨てずに寄り添った妹、恐らく想いを未だ抱いたままそれを隠し罪滅ぼしと参加した野球部エース。自分の経歴に瑕がつきかねない状況に俺と一緒に飛び込んでくれた皆。

 あんな人当たりの悪いわがまま絵描きのため――あるいは力不足の俺のためか――にこれだけの人が集まってくれた。

 ふと視界が滲む。

 俺は咄嗟に皆に背中を向けて桜を見上げる。まだ早いし、それに俺は感動を貰う側ではない。与える側だ。


 だから、一言だけ。


「皆――ありがとう……っ!」


「おうさ」


「ふふっ、青春だね」


「うわ、もしかして泣いてるの?」


「礼はいい。さっさとやるぞ」


「……うし。そうしますか!」


 状況は整った。

 間に合うかはギリギリ、まさに神のみぞ知るところ。

 だがここまで来たからには絶対にやり遂げてみせる。というかやらなければ俺の脚本が腐る。俺がどれだけの命を削って書いたと思っているのか。いやまじで。プロアマ問わず小説家がどれだけ心血そそいで一バイト書いてるのか全人類知るべきだよね。


 そんな愚痴を心中に留め脚立を設置しなおす。

 どうにも手が震えてしょうがないけど、これは恐れからの震えではない。歓喜と感動からくる震えだ。


 夜は更ける。

 期待は高まる。

 青春に相応しい最高の舞台が出来るぞ、夜霧。

 

 

 

 

 

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