第四十六話  決戦前夜~当日


 週明けでは桜が散ってしまうということで、は金曜の夜に決定された。

 <決戦>なんて表現をするのは、他人を損ないはしないものの、法律的にはかなりブラックなことをする予定であり、それなりの覚悟が必要だったからである。

 まぁ葛藤はあったものの、流行りのアニメ映画では主人公が警察に追われるなんてかなりショッキングなものだったし、そもそも俺は他者の正義をそのまま背負い込むような正規レーンで製造された人間ではない。

 これは別に犯罪を推奨しているわけではないけど。

 今の俺にとって、ここで俺が捕まるより、彼女を絶望の中で死なせる方がよほど悪に思えるというだけの話だ。


 そして少なくとも、俺と同じことを思う人間がそれなりにいることは、既に証明されている。


 ――木曜日、計画シナリオが書き終わったので手回しと必要な道具揃えをした。

 このシナリオには人手が必要だ。そのために人員確保として数人に声を掛けた。

 ……といっても、このグレーな計画の秘匿のためにも絶対に断らないと思われる奴にしか声を掛けていない。

 弱みを握る時間が無かったのが残念だが仕方あるまい。その時にやれることをやるのが肝要なのだ。

 

 帰宅後。無事人手を確保できたことにほっと胸を撫で下ろす。そしてすぐさま用意した原稿の台詞を確認しながら暗記する。その膨大な量に苦笑いをする。俺が全部考えたのだから覚えやすくはあるんだけど。


 演劇の台本のようにいけばいいのだが、会話の相手は何も知らない観客よぎりであり、台本通りの反応は期待できない。今回はその対策として今までの彼女の会話パターンを検証し、ある程度想される反応を書き出してそれぞれに対応した台詞を全て考えたのだ。


 その量150ペラ――約三万字以上。当然字数稼ぎの出来る地の文は無い。よく三日間で仕上げられたな、と自分でも不思議に思う。

 しかもこれに加え臨機応変に言葉を変えないといけないと思うと、なかなかしんどいものはあるが、まぁ彼女を救うための創作ならば軽いものだ。 

 というか、そのために俺は今まで彼女と一緒にいたのだ。やって当然出来て当然。たった一作とはいえ、十万部を売ったプロなのだから。


 そういえば売り上げを言ったのは始めてだった。ありがたいことに帯に『ベストセラー』と書かせていただいております。どうも、伽藍コウです。



 はっと目が覚める。

 ベッドの上、暗がりの中見るスマホの時刻表示は午後九時。


 ――金曜日の、午後九時である。


 学校が終わり次第そそくさと帰宅しベッドイン。仮眠を取って今に至る。

 やるべきことはやった。やりたいこともやった。

 後悔はない。ならば歩き出すのみ。

 俺は机の上の原稿を破いてゴミ箱に捨てた。

 

 一階におりると、リビングで立が逆立ちをしながらテレビを鑑賞していた。大事な兄の見せ場だというのに、キャラ立てに余念のない奴だ。


「ちょっと友達の家行ってくるから、先寝てろよ」


 言うと、立が倒立したままこちらに歩いて(?)くる。若干ホラーだ。


「家出するならお金置いていってね」


「たった今家出したくなったところだよ……とにかく、戸締りしっかりしろよな」


「分かってるって」


 妹はムスッと口を尖らせて言った。倒立している奴が言っても説得力がないのだが、なんだかんだでしっかりしているし、こいつだって一年後には高校生だもんな。


 ……本当に大丈夫か?


「まぁいいや。じゃあな、行ってくる」


 言葉少なに別れ――予定的には半日もかからないが、話を訊かれることがあれば下手したら一日帰って来られないだろう、ということを踏まえての表現である――を告げ、重いリュックを背負いなおし扉を閉める。

 向かうは丘の上の我が母校。

 玄関を開けると爽やかな夜風が吹き込んでくる。

 身の引き締まる思い。俺は夜の闇に一歩踏み込んで――。


「お兄ちゃん」


 お呼びがかかって後ろを振り向くと、立が玄関前の扉からひょっこり顔を出していた。


「……寒いから……早く帰ってきてね」


 立は優しく呟いた。

 俺はそれにしっかりと頷いて、意気揚々と自宅を後にした。


 

 


 

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