第三十九話 異変
今日の天津風夜霧はやはりおかしかった。
失礼なことではあるが、彼女らしさというものを『毒舌』や『自分本位』とするならば、今日の彼女は全くもって彼女らしくなかった。
日本で2番目に格好良いと俺を褒めた彼女。上げておいて落とすのが彼女の得意芸であるはずなのだが、あろうことかその後に続いた言葉は
「航君はどこに行きたいのかしら」
などという通常の夜霧では考えられないものだった。
彼女が他人に意見を求めるなんて、それこそニワトリが空を飛ぶくらいにありえない話だ。というわけで目的地に向かう道中に空を見上げて確認するも、ニワトリが青空を駆け回っている様子はなく、鳩が呑気そうな顔で飛んでいるだけであった。
平和の使者だというのなら是非とも
補足すれば。
そんな幼馴染キャラは元から存在しないのだが。
妹の存在の代償に抹消されたと聞くが、まぁ、キャラバランスってあるしね。分かるよ。
さて、
当初はこいつの行きたいところに連れて行こうと考えていたのだが、彼女は前述の通りの様子なので、今回は俺があらかじめ考えておいたデートコースを回ることとなった。
――というわけで。
「どう? 似合っているかしら」
大胆に露出したきめこまかな白い肌。ポーズを変える度にぷるんと揺れる胸、視線下げたところにある女性らしい縦長のおへそにすらりと伸びた美脚。
男の目には毒過ぎる、天津風夜霧の水着姿に心臓や呼吸器、男性――の大切な部分が刺激されて荒ぶっていた。
仕方ないよ。めっちゃ綺麗なんだもん。
お泊り回の時お風呂場で見てしまったバスローブ姿より露出が多いって、もしかして水着ってすごい破廉恥な衣装なのではなかろうか。
規制されないことを願うばかりである。
「――って待て待て。このままでは俺が彼女を水着に着替えさせる変態男になるよな!?」
そう。
俺は別に望んでこの際どさ満点――天井にも幾つか水着が吊るされているのを考慮すると『満天』と当ててもよさそうだが――な水着ショップに来て、さらに夜霧に試着させたわけではない。
服でも一緒に見ようかとパルコに入るまでは俺の想定内だったのだが、ショップリストを見た夜霧が突然駆け出し、ここに入店。俺が追いつくころには試着室のカーテンのなかだった、というのがここまでの経緯である。
「あら、いつから私はあなたの彼女になったのかしら」
「あ……いやそれは言葉のあやといいますか――」
「ま、別にいいけれど」
「っ!? あのそそそれはどういう……?」
「それでこの水着似合っているのかの答えを貰っていないのだけれど」
「ちょっと待って情報過多過ぎて俺死んじゃうから!!」
*
ひとまず落ち着いて。
「なんか今日キャラおかしくないか?」
それにつられて俺も若干テンション高めキャラになってしまっている。
「そんな訳ないじゃない。気のせいよ」
「だったら着替えてから会話シーン入ってくれないですかね」
俺たちは場所を移動することなく、夜霧はカーテンを開け放った試着室の中、俺はその前の椅子に腰かけ水着姿の夜霧と向かい合っている状態だ。
店に迷惑がかかると注意はしたのだが、店員の方から「見てて幸せになるのでこのままで」と逆にお願いされてしまい今に至る。
正直なところ、全然落ち着けていなかった。
女の子の肌とか間近で見たことないし!
妹見たじゃんとかいう指摘にはノーコメントで。あれは忘れたい記憶なのだ。
「いいじゃないの。誰も損してないじゃない」
「それ女側が言ったら駄目な台詞だからな」
「別に航君以外に言わないわよ」
「っ……! お、お前なぁ」
ここで、だらしないリアクションを誤魔化すためにも、彼女がセレクトした水着について描写しよう。
といってもまぁ、水着自体は王道の紺色の三角ビキニで、この際水着は彼女の抜群のスタイルを際立たせるための道具に過ぎないのだが。
きゅっと引き締まったウエスト、十中八九
どうしよう。その恰好と今日の彼女の積極的な態度が合わさったら俺じゃツッコみ切れず押し倒されてしまいそうだ。
今日は夜霧のための日だというのに。
そうだ。今日は夜霧が青春を探すための
いつまでもヘタレていては前に進めない。背中を押してくれた夜霧のためにも、今度は俺が――。
「俺はさ」
言葉を紡ぐ。
咽頭で空気を鳴らす直前に脳内で文字化して、言いたいことをまとめて誤解の内容に、整った言葉で。
何故か
っておいどこから猫耳持ってきたんだ。
「にゃおん」
夜霧が甘ったるい声で鳴いた。
「真面目な話させてくださいお願いします」
そう頭を下げて、俺は重力に従って垂れる液体のような胸から目を逸らした。
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