第三十八話 待ち合わせにて

 正直眠れなかった。というのが俺の所感である。


 諸事情あるとはいえ異性との本格的なお出かけ(前回はほぼ買い出しのようなものであったし)なんて初めてで、しかも相手が通行人も目を剥く美少女ともなればそりゃ緊張もする。


 土曜きのうなんて丸一日調べもので終わったしな。

 デートコースやコーディネートはもちろんのこと、SNSで『彼氏 最悪』で検索しそれを反面教師に乙女の心理を研究した。まぁ、これに関しては男が見てはいけない部分のような気がしたが。腹黒女子キャラのレパートリーが増えたということで処理しよう。

 下手な女性幻想は持たないようにしよう! お兄さんとの約束だよ!


 さて、俺はそれに加えて今までの夜霧の作品群に目を通した。彼女のことを深く知るためにも。

 むしろ今まで何してたんだって言われるのは分かるけど、なんというか、クリエイターとしての差を感じたくなかったのだ。

 だって絵に対するコメントがスペイン語とかフランス語って、委縮しちゃうだろ? その異国語の絶賛を地方都市の高校に通うクラスメートが貰っているというのだから、こうして開き直る前の俺が見たら絶対に病をこじらせていたに違いない。

 だって同じような状況の俺が日本語で『つまらない』だなんて言われてたんだから、そりゃ凹むに決まってる。


 まぁ、いいのだ。

 今日は明るく楽しく、だ。


 彼女の青春の正体は知らないが、どんなかたちであれ、それはきっと楽しいもののはずだ。


 車窓に映る自分の姿を確認する。わざわざ美容院でセットしてもらった髪、これで女の子もイチコロとイチオシ(ネットで)されたチェスターコート――背広に似た膝上丈の軽めのコートだ――と黒のスキニーパンツ。動きづらくて仕方ないんだが、あいつの隣にいる男がだらしない恰好をしているのは駄目だろうと、値札に目をつむって購入したのであった。

 

 いや、これ絶対ヒロイン側でやるべきだったろ。男が気にしてどうすんだし……なんて女々しい思考で逸る気持ちを抑え、スキップになりつつある歩調で待ち合わせ場所へ向かう。

 今回は学校最寄りの駅ではない。この都市の中心駅の有名スポット、中央改札のステンドグラス前で合流することになっている。


 待ち合わせ十分前。階段を上り、改札を視界に入れる。

 その改札の正面に巨大なステンドグラスがあるのだが――。


 ――見つけた。案内の立て看板が邪魔で見づらいけど、間違いなくあの凛とした立ち姿は天津風夜霧だ。

 明るい色のベージュのコートに淡いラベンダー色のスカート。遠くからでよく見えないが、春らしいお洒落なチョイスだった。流石は芸術家か。あの服、今度作品に出そ。


 さて、遅れては何をされるか分からないので急ぎ足で向かおうとした時、ポケットの中が震えた。スマホのバイブレーションである。

 立ち止まって見てみると一通のメッセージが。送り主は夜霧。


『遅い』


 いや十分前だし……という感想は胸の内にしまい、俺は


『もうすぐつく』


 と返信しておく。いや、まぁ本当にすぐ着くんだけど。

 俺はステンドグラスの方へ向き直り合流しようとして、そこで目撃した。

 スマホを頭上にかざし、唇を尖らせながら細かく前髪を整える夜霧の乙女チック姿を。


 ドクンと心臓が高鳴る。いけない、これはまた俺の女性幻想が再発しそうだ。

 そう、あれはきっと髪の中に虫が入って取り出そうとしている極めて現実的な状況なのだ。そうに違いない。


 俺は気を取り直し改札を出て手を挙げる。


「すまない、待たせた」


 気づいた夜霧はわざとらしく咳払いをすると、安堵したように軽く笑んだ。


「ほんとよ。男子の一日前行動は当たり前じゃない」


「アイフォンの新作発売日じゃないんだから……」


 夜霧を間近にして……見惚れる。勢いよくツッコミが出来ない。

 生憎コートは俺と同じような色合いでお揃いになっているが、春らしいラベンダー色の裾の広がらないスリットスカートに、7センチはあろうかという高めのヒール。上品で、同時に女性らしい《フェミニン》な印象を受ける着こなし。なによりすらりと伸びた四肢、その抜群のスタイルから俺は目が離せない。


 すると俺の熱い眼差しに気が付いたのか、すっと目を細めた。


「見惚れでもしたのかしら」


「いや――うん。見惚れてた」


 逃げの言葉を呑み込んで、思ったことを思ったまま口に出す。

 今日はそういう日だ。


 むちゃくちゃ恥ずかしいけど! 隣のおばさんが『若い子はいいわね』みたいな目でこちらを見ているけど! 気にしないよ俺は!


 さて、いわば予想外の反撃を喰らった夜霧は声にならない呻きをあげて茹蛸のように顔を赤く――するでもなく、ほんのり頬を桜色に染め、心底嬉しそうに頷いた。


「……そう言ってもらえて嬉しいわ」


 あ、あれ。

 なんか反応がガチ――って別におふざけで言ったわけでは無いんだが、こう、ラブコメ的反応というよりかは交際し始めたカップルを描く恋愛小説的な反応で、リアクションに困る。

 

「えぁ? あ、うん」


 結果、しどろもどろになる。顔がやかんみたいに熱くなって、視線を頭上のステンドグラスに移す。

 自然光を取り入れ華やかに輝くそれは、七夕飾りと伊達政宗の騎馬像、日本三景の一つである松島の風景を取り入れたこのみやこらしいものだ。ここまで言えば我が地元は割れるよな。


「ステンドグラスって加工はもちろん、光の入れ方も考えなければならないし、建物の一部になるということもあって建築学も前提として頭にいれておかなければならなくて、大変なのよね」


 俺と同じ方向を見上げて、彼女は愚痴っぽく言った。


「へぇ。ステンドグラスって雰囲気あっていいよなぁ。俺もそういう荘厳な小説を書いてみたいよ」


「あなたなら書けるわよ」


「そうか? あ、ありがとな」


 なんだなんだ。

 今日はやけに素直というか、優しいというか……なんか調子が狂うぞ。ツッコミどころがないではないか。

 と、リズムを崩されていると


「……ところでそのコーデに青色のボーダーシャツはないと思うわよ」


 いつもの彼女らしい物言いだ。なんだか安心する。


「いや、ちょうど黒のボーダーのシャツ洗濯に出しててさ」


 答えると、彼女はガラスを見上げたまま呟く。


「――でも、格好良いわよ。日本で二番目くらいに」


「――ッ!」


 不意打ちに、言葉が詰まる。

 彼女は照れることも何もなく、ただ自然と褒めてくれたのだった。

 

「い、一番じゃないんだな」


「一番は三浦春馬よ」


「そりゃ勝てませんわ……」


 やっぱり、今日の夜霧はいつもと違い過ぎて、調子が狂う。

 


 








 

 


 

 

 


 

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