第三十六話 金曜放課後、デート前

「なぁワタ――」「ははっ、なんだいミーハー」


「うぉっ! なんだよその気持ち悪い笑みは」


 帰り際、ミーハーに呼び止められた。

 テンションが有り余って被せ気味に返事をしたら引かれてしまった。スマホの黒い画面をのぞき込むと、そこには防犯ブザーを鳴らされてもおかしくないほどににちゃっと笑う俺がいた。

 

 これでミッ〇ーとか言ったら某オリエンタルなランドに訴えられそうなレベルだった。いや、我ながらひどいな。浮かれ気分の男ほど醜いものはないってことか。


 さて、気持ちを入れ替えて――。


「やぁ、ミーハー。何か用かい?」


 ピピピピピ!!

 けたたましいアラーム音が教室に鳴り響いた。どうやら通りすがりの女子にブザーを鳴らされたらしい。


 いや、そいつ慌ててるから多分わざとじゃないんだろうけど。


「どうしたんだ? そんならしくない顔してよぉ。日曜にデートでも行くのか?」


「……お前アマゾンの購入履歴見せてみろ。絶対に盗聴器あるから」


「たまたま、たまたまだって! それに盗聴器なら自作するから!」


「お前そのうち捕まるからな……」


 さらっととんでもないことを言ったミーハー(犯罪者予備軍)であった。


「――それで、マジでデートすんのか? あの天津風夜霧と?」


 いつもひょうひょうとして掴みどころのないミーハーが目を丸くしている。

 あの後、夜霧は何も言わずにこくりと頷いてくれたのだった。寒そうにぎゅっと握られた手の白さは目に新しい。


 ――今でも心臓が高鳴ってしまう。

 

「……まぁな。でもそれこそ前にウワサされたときも一緒に出掛けてたし、正直そこまで特別感はないけどな」


「いやいや、ワタル。二度目のデートは意味が重いぜ?」


「ん……まあそれなりに勝負かけるつもりだけどさ」


 絵を描き続けきた彼女。評価だって受けている、言うなれば勝ち組である。

 それでも彼女は青春を欠乏させた。ごく一般的に生きていれば罹患することのない病気にかかった。

 彼女自身試行錯誤を繰り返したようだが、それでもなお解消されない青春不足。


 それならば――。

 一人でやって駄目だったことを二人でやってみればいいのだ。単純な話である。

 出来ない奴が一人で何をしたところで出来やしない。それを悟ったからこそ彼女は俺みたいな男に事情を打ち明けたのだろう。

 ならば俺は一人じゃできないことを彼女に体験させてあげればいい。見当が付かないなら思いつくものなんでも全てやればいい。

 

 それが俺が彼女に求められたことであり、そして俺のやるべきこと。

 あの画力をこの世に生かし続けるために。


「密着取材していいか?」


「いいわけないだろ!」


「……犯罪ってバレなきゃ罪にならないと思うんだよオレは」


「ストーキングする気満々か」


 こいつのあだ名がミーハーからマスゴミにならないことを祈るばかりである。


「んでどこ行くつもりなんだ? 少子高齢化の進む地方都市にあるのなんて駄菓子屋かシャッター街くらいだろ」


「お前それ言ったらついてくんだろ」


「いや、さっきの冗談だからな? オレは嫌がられるのは好きだけど、嫌われるのは嫌だし」


 嫌。

 この漢字ってなんか虫みたいだよな、なんて思ったり。


「何が違うんだよ」


「俺のする行為はいくらでも避けてくれて構わないけどさ、俺という一個人自体をどうしようもないだろ? 他人が嫌がる行為をする人が、嫌がられる行為だけをして生きているわけじゃないんだぜ。だからよ、なんだかんだ付き合ってたら収支プラスになるような、そんな人間を目指してるわけさオレは」


 身振り手振りを加えながら饒舌に語るミーハー。ただの面倒な奴かと思ってたけど、きちんと筋の通った人間なようだ。まぁ、そうでなきゃ『のらりくらり』なんて座右の銘にしないか。


 <嫌がる>と<嫌う>。

 彼は前者は、後者をだと定義したらしい。

 

「でも人が嫌がることをする奴はロクでもないだろ」


「――お前はさ」


 いつもの吹けば飛ばされてしまいそうな笑顔をふっと消して、ミーハーは俺を正面から見た。


「他人の嫌がることって何だと思う?」


 問われる。

 

「スカートめくり」


「それは犯罪だろ? やっちゃいけないことと嫌がられることって違うから」


 冷静に流された。

 ここはシリアスいけというのか。せっかくデートが決まってテンションがあがっているというのになんか嫌だなぁ。

 

「そう言われてもなぁ……」


 俺がそんな反応を見せていると、ミーハーは鎧の隙間を突き刺すように――。


「そういうワタルはこの質問を嫌がってる。違うか?」


 そう指摘した。


「っ――! た、確かに……その通りだな」


 普段ちゃらちゃらと浮いたような態度を取っているからこそ、こういったズバリと弱点を突くような言動にハッとさせられる。


「嫌がるってのはさ、自衛手段でさ現状維持のための感情だ。嫌なことばっかりで何も出来ないって最悪だろ? だからさ、オレは他人の嫌がることを突きつけてやるんだ。そして嫌がることも出来なくなって、前に進むしかなくなったらオレの勝ち」


 彼は楽し気に笑う。

 きっとこいつは理解している。

 そんな奴が好かれることは絶対に無いことを。

 そして、彼自身が前に進むことはないことを。彼だけが置いていかれてしまうという残酷な現実を。


「そのためには相手を知る必要がある。何が好きで何が嫌いで、何を嫌がるのか。情報は知るためのものじゃねぇ。それならネットニュースに任せておけばいい。

 情報ってのはさ、相手に突きつけるもんなんだよ。オレはお前のどれそれこういう一面を知っているけど」



 ――さぁ、どう動く? ってね。



 それでも、彼はいやらしく口角を上げる。

 当事者ではなく、媒介メディアにしかなれない彼はなお笑う。


「……かっけーな、お前」

 

 不本意にも、そんな言葉が口を突いて出てしまった。


「そう言ってくれたのはワタルだけだぜ。前に進んでく奴は違うぜ――まったく。ずっと仲良くしたいとは思ってるんだぞ?」


 言って、ミーハーは俺の肩にぽんと手を置く。


「ん、なんだよ」


「お前に対する嫌がらせは十分したつもりなんだけどさ、もう一人の分背負っちまったんだから、これは自業自得ってもんだよな」


「だからどういう意味だって」


 先ほどから要領を得ない台詞を吐くミーハーに語気強めに尋ねると、彼は短めの茶髪をかきあげて、息を吐く。

 何かを諦めるように、そして決意するように。


「そういえば気になってたんだけどさ」


 不穏な空気。

 彼の自嘲めいた笑みに冷気が宿る。

 そして、ミーハーは告げる。


「――天津風夜霧ってさ、ここ数日全く絵を描いてないよな」



「それって、ワタルのせいじゃないのか」

 






 

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