第三十一話 作戦開始の前の話

 立が執拗に良い雰囲気を作ろうとしていたのは、天津風と通話を繋げて俺に恥をかかせてやろうという魂胆からだった――というのが前回の解説。


 そしてその自分勝手な娯楽のせいで天津風が拗ねたわけだった。

 心にも無さそうに「幸せにする」なんて言われて気持ちいいわけがないし、拗ねるのも分かるのだが……問題はそこではなかった。

 が問題だった。


 一時間おきに俺の小説の星四レビュー(星五個が最高)をスクショして送ってくるのだ。


 星四レビューの多くは全体的にいいんだけどここが気に入らない、のような傾向があり、徐々に心を削られるモノがある。上げて落とされるみたいな感じだ。

 こと精神攻撃のセンスに関しては右に出るものがいない天津風である。

 外部の拡張機能を使っているのか、とんでもない執念で徹夜していたのかは知らないが、なんとその嫌がらせは翌日の朝まで続けられた。こえぇよ。


 が、この事件によって得られた収穫もあった。

 天津風の感情が固定されたことである。

 当然小説なら自分のキャラが何を考え、何を思っているのかは精度百パーで分かるが、現実はそうはいかない。

 現実世界の仕様上、目の前の相手のモノローグは読めないのだ。まぁ、読めない方が幸せなのかもしれないけれど……。

 

 ともかく、負の感情であれ天津風夜霧の心理的パラメーターがある程度把握できるようになったことが、予想外の収穫になったのだった。

 

 さて、そうと分かるとシナリオ作りが進み始めた。白紙のページが俺の手によって文字に侵食されていくさまに、随分と懐かしい感覚を覚えたものだ。

 まぁ、書いているのが架空の小説ではなく、後に俺が実行しなきゃならないだということを思うと恥ずかしくて悶えることも少なくなかったけど。

 あいつの青春のためならば――。

 そもそもこの物語はあいつから始まって、あいつが生きられるように、絵を描き続けられるようになるために存在するものだ。そのためなら、邪魔になる理性と多少の恥は捨て置くとしよう。

 

 そして翌日。

 月曜日。


 太陽が眩しい……。


 シナリオ作成で徹夜したせいか、頭がぼーっとする。中学生の頃は二徹くらいなら平気だったのになぁ。高二にして体力の衰えとか洒落にならんぞ。俺はまだ死にたくない。


 息を切らしながらもなんとかいつもの坂を上り切って、教室へと到着。

 倒れたこともあってやっぱり視線は集中したが先週の噂話の時ほどではない。あの告白勇者先輩も反省していたようだし、セーブが効いてきたのかもな。


 っつか、あの時声かけてきておいて今声かけないとか人としてどうなのよ。「大丈夫?」とか聞いてきても良いと思うんだよね。


 ……俺が半島名連呼してボケたりしなければ、そんな未来いまもあったのかもしれない。

 まぁあれは必要悪というか、うん。


 と、俺が木星サイズの後悔に押しつぶされそうになっていたとき、調子の良い声がかかる。


「おっ、大丈夫だったか? 先輩にボコボコにされたって」


 ミーハーが軽薄な笑みを浮かべながらやってきた。週を重ねるごとにウザさが増しているように感じるのは気のせいなのだろうか。


「あぁ、なんとかな。まぁアレに関しては一人で勝手に飛び降りたみたいなところあるけど」


 あれは完全に自滅だった。弱点丸出しで敵陣にツッコんでいったようなものだったからな。


「まぁ先輩は超人聖人だって聞くし。ワタルが勝てる道理はないよね」


「下手な意地は張りません。そのとおりでございます」


 上の階にいる先輩に敬礼! 別に逆恨みとかはしていないよ。


「そういや天津風夜霧が見舞いに来たってほんとか?」


「……ほんとうだな」


 否定しても面倒くさいので素直に認める。


「ま、そのあとで怒らせちゃったがな」


「うわ……お前もしかして幽霊だったりしないよな」


「お前あいつのことなんだと思ってるんだ……」


 ぺたぺたと俺を触るミーハーが、俺の鼻頭を突いたところで――あらぬ方向を向いたまま何故か固まった。それこそ幽霊を見たかのような顔で。


「ん、どうしたんだ」


「ワタルお前、天津風夜霧に告白されたりしたか?」


「は?」


「しかもそれをフったりしたか?」


 あらぬ方向を見たまま、ミーハーは確認するように。


「告白されてもねぇし、当然振ってもない」


「だったら見てみろよ。あれ」


 顎で視線の先を示すミーハー。教室の入り口の方だ。

 俺は首をひねりその方向に目を向けて――


「――!」


 絶句する。

 同じ光景を目にした級友たちも皆歓談を止め、呆気にとられたように扉の前に現れた人物を凝視していた。


 天津風夜霧。

 ――なんと、腰ほどまであった黒髪が、肩口でばっさり切られていたのだ。


 なんというか、深層の令嬢から平凡な女子高生にジョブチェンジしたみたいな。

 相変わらず美の暴力を振るってはいるんだけど、丸くなったというか、可憐さが増したというか。そんな印象を受ける。

 とはいえ劇的な変化に変わりなく、確かにミーハーが失恋を疑うのも分かる。

 ――あれ、もしかしてマジで誰かに告白してフラれたとか?

 待て待て待て。

 流石にそれは――いやでも彼女の行動力を鑑みればあり得ない話でもないのか……?


「なによ、そんなにじろじろ見ないで頂戴。陰気が伝染うつるわ」


 いつの間にか目の前に立っていた天津風が肩を払いながら文句垂れた。


「そんなもの伝染うつってたまるか!?」


伝染うつすまでもなく私が陰キャだって言いたいのかしら」


「そういうわけじゃ――」


「そうよ、私は友達が一人もいない孤独な人間よ。いいわよ、好きに虐めなさいよネタにしなさいよ。あなたはそんなことでしか自己肯定感を得られないんだから」


「お前全然変わってないな!!」


 というか切れ味が増したとさえ感じる毒舌。

 見た目で毒っ気が薄れた分濃度が凝縮されたのだろうか――とも思ったがそういえば俺は彼女を怒らせている真っ最中だったことを思い出す。

 流石に自分で髪を切ったわけじゃないだろうから、当てつけにショートヘアにしたってわけじゃないんだろうけど、まぁ俺のメンタルを刺激するにはベストタイミングと言えるだろう。


 本当にこいつは才能の振り方を間違えている気がする。


 このままでは防戦一方になりそうだったのでミーハーの助け舟を頼ろうと振り向く。しかしそこにはついさっきまでいたはずの男子生徒の影かたちもなかった。どうやら天津風が近づいていた時に逃げ出したらしい。

 そこの勘の良さは流石だな。ほんと。


 さて、髪型の変化の理由は不明だが、どうやら天津風の怒りは継続中なようだ。

 一応通常時と怒っている状態との二パターンの展開を用意していたが、今回は自信のある後者のプランを採用できそうだ。


 彼女の望む青春を届ける。

 そのためにも、そもそも彼女の青春とはなにかを探らねば。

 今回はそれが目的になる。

 いや、にしても何で髪型変えたんだろうな。パーマかけるとかならまだしも、ばっさり切ってしまうというのは何か原因があってのことの違いない。

 まぁ、どちらかというとショート好きの俺からすれば僥倖なんだけど。




 


 

 


 


 


 


 

 

 

 

 



 

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