第三十話 二度目のスタート

 その後。

 天津風から初めてファンアートなるものを貰った。

 俺の処作にして代表作。『藍色の春に歌え』の主人公とヒロインが色紙の上で並んで歩いている。


 ――聞くに、これを完成させるために一週間弱も学校を休んでいたらしい。天津風が枕元の台に飾られた花瓶を見ながらぼやいていた。


 いや、嬉しい。

 凄い嬉しい。誰がくれても嬉しいのだが、貰った相手が世界的な画家なのだ。

 おら家宝にすっべ。


 ちなみに、そんなテンション高めの俺(時制は今)は、額縁に飾った天津風のファンアートを眺めにやけながら、自室のデスクで白紙と睨めっこ中といったところである。


 結局入院生活は二日足らずで終わった。天津風と話した翌日の昼には家にいたことになるか。

 一応その日は休んで今日(日曜日)に至る。


 それと、暫定ではあるものの、俺の余命宣告は取り消された。

 

「青春、したんだね。先程天津風さんと会っていたと聞いたよ。キミも……そっちに行くんだね」


 と悲し気に目を伏せた医者のおっちゃんの顔が妙に頭に残っていた。

 なんというか、友達と同じ公立高校に行くはずだったのに、そいつがダメもとで受けたエリート高に受かって自分だけはぐれてしまったみたいな。相手にとって良いことだからなにも言えないよみたいな。

 そんな複雑で人間らしい表情だった。


 つか、なんで先生が天津風の名前知ってたんだろ。

 面会者名簿でも見て気づいたのかな。趣味が絵画鑑賞なのか、あのメガネ。


「とはいえキミまだ病み上がりだ。気をつけたまえよ」


 と言われて、俺は診察室を出たのであった。

 願わくば、もう二度と入ることのないように――ってあれ、なにかが引っかかったんだけど。まぁいいか。


 ……さらに思い返せば。

 まあ、俺は余命を気にしていない風ではあったけれども、やはり焦りはあったのだろうと思う。そうでなければ天津風との二度目の会話はなかっただろう。


 そう考えると余命宣告も悪いものではなかったように思える。

 もっとも、今もその最中にいる天津風がそんな気持ちでいるとは思えないが。


 ともかく、晴れて俺は青春を送れた――いや、送る準備ができたというわけ。

 次こそが本題にして本番。

 この俺の創作意欲せいしゅんを、彼女の青春に捧げるのだ。


 俺がこれから書くのは小説ではなくシナリオだ。

 主人公は天津風夜霧。

 切れ味抜群の舌鋒を持つ天才画家にして、青春弱者。

 そんな黒髪美少女の青春を取り戻す脚本づくりである。


 なのだが……。


「ねぇ、お兄ちゃん病気治ったんだよね? さっきから全然動いてなくない?」


「お兄ちゃんスランプかもしれない……」


「はやっ」


 二時間。

 アリエールもびっくりなくらいの白。そんな画面を見続けて二時間。

 一文字も書けていなかった……。


 いや、あいつの青春ってなんなんだという最初の命題に未だ答えが出ていない以上、どんづまりというかなんというか……。


 ここ最近俺の話ばかりで――俺の中の天津風夜霧(再現度低)の相手をしていたせいで実物の彼女のことを考えることが出来なかったのだ。


「なあ、妹よ。青春ってなんだと思う?」


 俺のベッドの上で暇そうにしてる妹に問う。

 まったく、ずっと背中取られるって気持ち悪いんだよな。


「ブタ野郎?」


「おい」


 俺は見えない空気と戦う気はねえぞ。


「それって夜霧ちゃんのこと?」


 いつの間にちゃんづけを……。

 あのお嬢様も、ちゃん、がつくとなんか可愛く聞こえるな。


「いや、まあそうだけど」


「ひゅーひゅー」


「殴るぞ」


「撃ち返すよ」


 ――バン。

 射撃音(声)。

 俺は後頭部を撃ち抜かれた。


 輪ゴムで。


「……お前邪魔しに来ただけなら実力行使も辞さないからな」


「今日はだから……いいよ」


「お前のその思考が危険すぎるわ!!」


「つまんないのー」


「その基準で生きるつもりなら永遠に満足出来ねえからな」


 というか他の男にそんなこと言ったらぶん殴るからな。

 男の方を。


 と、そんな無駄極まる会話をしばらく続けた後。

 立はすっと立ち上がって、俺の隣で天津風のファンアートを眺めて言った。


「告白しちゃえばいいじゃん」


 と。

 茶化している風でもなく、ごく自然に、そうするべきだとでも言うように。


「……本気で言ってんのか」


「本気になるのはお兄ちゃんのほうでしょ」


「いや、だからマジであいつのこと恋愛対象として見てないから。創作仲間だよ。かけがえのない仲間」


 異性としては勿論魅力的だと思うけどね。と付け加えておく。


「ふぅーん。お兄ちゃんって一生童貞のつもりなの?」


 スマホで何かを打ちながら、妹。


「いや、それは無いと思うぞ。官能小説とか、まぁ書く気はないけどそういう体験も創作に必要だと思う日が来ると思うし」


「ごめん、気持ち悪い」


「なら話振るなよ!」


「そんな正直に答えるとは思わなくてさー……」


「正直者の兄を持って幸せだな、立」


「ま、今までの死んだ顔した兄ちゃんの妹してる時よりかは幸せなのは認めるけどね」


「……急にいい話っぽいのするのやめろ?」


「ねーねー、兄ちゃんは幸せ?」


 立はふっとこっちを見て問いかける。

 凛々しい瞳は輝かしい生気に満ちている。リア充EYES。


「そうだな……幸せになれそうな気はするよ。まぁ、それを享受できるのは死んだあとだろうけど」

 

 俺の幸せは、青春とは――創作をすることだ。

 その意味を見つけた、その理由を見つけた、動機を見つけた。

 準備は出来ているのだ。

 あとは書くだけ。

 書いて、約束を果たすだけである。


「じゃ、今度は夜霧ちゃんを幸せにするんだね」


「ぶっ――!?」


 思わず吹き出す。

 いや、それ相手の親御さんの台詞だから。お前は赤の他人の友人の妹だから。

 ま、そんな距離なんて気にせず相手を気遣ってやれるのがお前の良さだと思うけど。


「だからな、お前中学生じゃないんだからそんな好き嫌いで騒ぐなって――」


「中学生だけど」


 ちっ、迂闊だった……。

 中学生――過ごしている間は何とも思わないのに思い返してみたらイタイ記憶ばかりというまさに暗黒時代そうそれが中学生!! 

 国語の先生に解釈違いで文句つけたこともありました……。


 こいつにもそのうち兄に平気でおへそ見せていることだとかを猛烈に反省する時期が来るのだ。

 この必殺黒歴史ワードはその時まで取っておくとしよう。


「とにかく、お兄ちゃんは夜霧ちゃんを幸せにするつもりなんだね?」


 ずいずいっと、迫りくる立。いったいこいつは何をさせたいんだ。

 普段なら会話しながら探っていくんだけど、今はそんな暇も余裕もない。

 

「……まぁ、あぁ、そうだな。幸せにしてやりたいとは思うよ」


 ここで「そんな気はねぇ」というわけにもいかないし思ってもいないのでなかば投げやりに答える。


 まぁ、それがまずかった。


「あ……」


 声を漏らし青い顔をしてスマホを覗き込む妹。明らかに良い状況じゃないのが分かる。


「おい、なんだよ。また有名人の薬物問題か」


「……有名人の感情の問題ではあるかな」


 立が「やっちまいました」みたいな顔してこちらにスマホの画面を向けてくる。

 その画面には。



 ――通話中――

 通話相手・☆夜霧ちゃん☆



「…………お前いつから繋いでたんだ」


「まるで聞かれたくないことがあったみたいな言い方ね」


「うっ……」


 答えたのは天津風だった。

 声色はいつも通りの冷たい感じだけど……言葉に棘があるというか。

 投げやりに言ってしまったのを聞かれてしまっていたということだろう。台詞が台詞なだけにその意味は重い。


「ま、幸福だろうが不幸だろうが気にならない女なんておいておいて、妹さんといちゃいちゃしていたら? 近親〇姦なんて需要ありそうじゃない?」


 完全に無いと言い切れないのが悲しい。

 が、そういうことじゃない。作風にも合わない。


「いや、あのな、その言い方が悪かったけどさ――」


 なんとか説得を試みるが。


「まぁ、ファンに手を出す作家なんてロクでもないものね。いいんじゃないの」


「いや見捨てないで天つ――」


 チロリン。


 無情にも通話が切れてしまった。


 とまぁこうして俺は彼女を怒らせてしまったわけだった。

 

 俺、悪くなくない?


 

 

 

 









 

 


 

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